第41錠 colorful
コレ──と言って、彩葉が取り出したのは、厚さ5cmほどのアルミケースだった。
ノートサイズの銀色のケース。そして、それを開ければ、中には【5色のカプセル】が入っていて、誠司は目を見開く。
赤、青、黄、緑、そして、紫。
よく見る形状の
だが、何よりも驚いたのが、彩葉が売っているものが薬だということ。
「……っ」
そして、それを目にした瞬間、場の空気がガラリと変わる。
困惑と疑惑の目で彩葉を見れば、彩葉は、瞬きひとつせず、誠司を見つめていた。
まるでこちらの様子を伺うように、寸分たりとも視線をそらさない彩葉に、誠司はゴクリと息を呑む。
つまり、身体は売っていないが、薬は売っているということ。
しかし、問題は、この薬が、"何の薬"かということ──
「ッ…お前! これヤベー薬じゃねーだろーな!!」
瞬間、考える間もなく叫んだ。
世の中には、裏で危ない薬が出回ってるらしい。もしこれが、そう言った
「まぁ、ある意味、ヤバい薬かもな」
「──ッ」
すると、慌てる誠司とは打って変わって、彩葉は至って平然とした様子で
「この薬は、
それは、あまりよく分からない話で、誠司は聞き間違いかとすら思った。
だって、人の性格を薬で変えるなんて……
「なに、言ってんだ?」
「お前は、自分の性格に満足してる?」
「え?」
「これは、自分のことが嫌いで、自分を変えたいって思ってる人たちが、喉から手が出るほど欲しがってる薬」
赤いカプセルの束を1つ手にし、彩葉がそれを見せ付けるように差し出す。
「なりたい自分になれる薬。まるで、魔法の薬みたいだろ」
「っ……ふざけんな! 人の性格なんて、そんな簡単に変えられるわけが」
「そうかな? 病院から処方される薬でも、たまにいるだろ。強い薬の副作用で人格が変わったようにイライラしたり、暴力的になったりする人。この薬も似たようなものだよ。でも、そういった薬と違うのは、この薬は、全てプラスに働く性格だってこと」
「プラス?」
「そう……『赤』は正義感が強くて行動力があって『青』は冷静で分析能力が高い。『黄色』は明るくユーモア。『緑』はサービス精神旺盛な平和主義。『紫』は感性に優れていて人並外れた洞察力がある。人の性格ってのは、先天的に持って生まれるものと、生きていく中で得る後天的なものがある。先天的な性格ってのは、元々遺伝子に組み込まれた一生変わることのない"気質"ってやつだよ。そして、俺たちの組織は、人の遺伝子から性格のデータだけを抜き取って、人には8種類の先天的な性格があるのをつきとめた」
「8種類?」
「そう。そして、そのデータを元に作り出した薬が、この
「……」
たんたんと語られる意味のわからない話。
遺伝子?
データ?
ダメだ、専門的な話はよく分からない。
「さっきの…人は?」
「え?」
「さっきのオジサンも、その性格を変える薬がほしかったってことか?」
「そうだよ。安西さんは、職場での人間関係が上手くいかなくて、人生終わらせようとしてた人。根暗で陰険な性格のせいだっていうから、黄色のcolorfulを処方してあげたんだ。そしたら、性格も明るく前向きになって、人間関係も上手くいくようになった。おかげで営業成績もみるみるあがったみたいでね。人生、激変してたよ」
「え? じゃぁ、なんで、あんな」
「薬はあくまでも薬だよ。依存すると大変なことになる。特に、その薬のおかげで人生が劇的に変わると、それを飲んでいる時の自分以外、認めなくなるんだ。常に薬に頼るようになって、いつしかcolorfulなしじゃ生きられなくなる。だけど薬も無限じゃない。買う金がなければ、どうしたって薬は手に入らない」
「……」
「そうそう、この前、このホテルで話したキャリアウーマンのお姉さんは大変だったよ。『もう終わりにした方がいい』って何度も忠告してあげたのに食い下がってきて、買う金が底をつけば諦めるかとも思ったけど、なかなかそうもいかなくてさ。最終的に、婚約者がいるくせに、俺に『身体で払うから』っていってきた」
「なっ……身体って!」
「別に珍しい話じゃない。こっちが若い男となると、手っ取り早い交渉手段だから」
「ッ、まさか、お前、受けたのか!?」
「まさか。こっちにも選ぶ権利はある。まぁ、昔一人だけいたけどね。身体で払ってもらった女の子」
「く……っ」
瞬間、カッとなった誠司は、彩葉の胸ぐらを掴んだ。
「何が、プラスに働く薬だ! 金がなくなるまで依存させて、その人の人生つぶしてるじゃねーか!」
「仕方ないだろ。これはあくまでもビジネスだ。それに、依存するのはごく一部、ほとんどの場合、この薬を上手く利用して社会復帰する人ばかりだよ。うつ病だった人は、黄色のcolorfulで社会復帰できた。いじめられていた子は、赤のcolorfulのおかげで、やり返せる強さを持てて、学校に行けるようになった。あがり症で面接におちまくってた大学生のお姉さんは、青のcolorfulを使って上がり症を克服できた。この薬はあくまでも、自分の性格をかえるための"きっかけ作り"として処方してる。なりたい性格を一時的に取り入れることで、そこから後天的にその性格を自分のものにしていく。それを理解した上で飲む薬だ。依存するのは、その人の心が弱かっただけだ」
「だからって! だいたい、なんだ、その組織って!? わけわかんねー薬なんて作って、明らかに危ねー組織じゃねーか!!」
「……ッ」
胸ぐらを掴む手に更に力がこもると、彩葉は苦々しく表情を歪めた。だが、次の瞬間、彩葉は容赦なく誠司を突き飛ばすと
「──痛ッ!」
「熱くなるな。これだから、赤は」
「は?」
「それと、俺たちの組織は、別に危ない組織じゃない」
突き飛ばされて座り込んだ誠司。彩葉はその前に立つと
「俺たちの組織は、あくまでも国の指示のもと、活動してる」
「く……国?」
「あぁ、いわゆる国家機関てやつ」
「国家機関って……それって、国が、そのカラフルって薬を作れって指示してるってことか?」
「そういうこと。それに、今や日本だけじゃない。アメリカを中心にして世界各国がcolorfulの研究を進めてる。でも、俺が、今持ってるこのcolorfulは、まだ試作段階。俺たちの目的は、半永久的に効果が切れない"colorful"を作り出すこと」
「……」
半永久的に?
そんな薬を、国が?
情報量の多さに、軽くめまいを起こしそうになる。
なにより、なんで、性格を変える薬を、わざわざ作らせてるんだ?
「あれ? でも、それって、国家機密ってやつじゃないのか?」
だが、ふと気づいて、誠司が彩葉をみあげる。
「そうだけど」
「そうって……なら、なんで、そんな重要な話を俺なんかに……っ」
サーと血の気が引くのを感じた。
国の重要機密を、一般人の自分に話す意図が分からない。
だが、青ざめた誠司を見て、彩葉はクスリと微笑むと
「誠司。お前、俺の仕事を手伝え」
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