第42錠 選択


「誠司。お前、俺の仕事を手伝え」


 その言葉に、誠司は目を見瞠った。


 仕事を手伝う──それは、つまり彩葉が行っている、この怪しすぎる薬を売れ!ということで


「ふざけんな! なんで、俺がお前のわけわかんねー仕事、手伝わなきゃいけねーんだよ!」


 嫌だ!!

 なにが国家機関だ!!


 こんな怪しい組織の、得体の知れない薬を売る仕事なんて、絶対に手伝いたくない!


「ていうか、なんでこんな仕事してんだ!? とっとと辞めちまえ、こんな危ない仕事!」


 彩葉の前で、誠司がこれでもかと吠えまくる。

 すると彩葉は、少しだけ視線を落とすと


「俺は辞められない」


 酷く思い詰めた表情で。

 それも珍しく弱々しい声を放つものだから、誠司は思わず口をとざした。


 なぜ、辞められないのだろう?


 大体、なんで国家機関が、彩葉みたいな学生を巻き込んで、こんな仕事をさせてるんだ?


「なんで、辞められないんだ?」


 神妙な面持ちで問いかける。すると


「借金…」


「は?」


「借金があるから、返すまでは辞められない」


 だが、その想像もしていなかった言葉に、誠司は、沸騰したヤカンのごとく飛びあがる。


「はぁぁ!? 黒崎家に借金があるなんて聞いてねーぞ!! つーか、葉一さん借金あったのかよ!?」


「いや、これは俺が個人的に作った借金だから、親父は関係ない。ていうか、知らない」


「知らないって!? 息子が作った借金、親が知らねーとか有り得るか!! つーか、いくらあるんだよ借金!」


「さぁ」


「は?」


「返し終わったら、教えてくれるって」


「……」


 返し終わったら、教えてくれる??


 なにそれ?

 もしかして、金額がわからないってこと?


「バカなのか!!?」


「ッ……仕方ないだろ! ガキの頃だったし、金額とかちゃんと確認しなかったんだよ!」


「つーか、ガキの頃っていくつだ! 子供に借金作らせるなんて、明らかにおかしいだろ! 絶対騙されてんだろ!! お前、やっぱりバカだろ!!」


 怒りまかせに発した誠司の言葉に、今度は彩葉は眉をひそめた。


 バカと言われるのは、すごく腹立たしい。


 だが、実際に自分でもバカだと思うから、彩葉だってまともに言い返せない。


「……わかってんだよ俺だって、バカなことしたってことは。だけど、あの時は、そうするしか……っ」


 そして、その瞬間、思い出してしたのは、あの日のことだった。


 あの日、母がした時の──


「……彩葉?」


 すると、顔を青くし、急に黙り込んだ彩葉を見て、誠司が困惑し声をかけた。


 何かわけアリなのは分かった。


 借金だって、もしかしたらその怪しい組織にだまされたのかもしれない。


 金額もわからず、いつ返し終わるのかわからない中、彩葉は、嫌々、薬を売る仕事をさせられてるのかもしれない。


 だけど、それと、仕事を手伝うかどうかは、また別の話だ。


「彩葉。お前に、なにか事情があるのは分かった。だけど、それでも、お前の仕事を手伝う気はない」


 誠司はハッキリ言うと、手にした鞄をギュッと握りしめ、彩葉を苦々しく見つめる。


「悪いことは言わねーから、警察に行って、その怪しい組織のことを全部話せ。きっと、なんとかしてくれるはずだ」


 自分が助けられるなら、なんとか助けてやりたい。


 だが、あの『colorfulカラフル』という薬が本当に性格を変える薬なのだとしたら、そんな怪しい薬を作る組織を相手に、自分がどうこうできるはなしではなかった。


 ならば、ここは、警察を頼るのが一番だ。


「そういうわけだから。もう、この話は終わりな。ほら、帰るぞ」


 そう言うと、誠司は、ベッドに腰掛けたままの彩葉を置き去りにし、部屋の出口まで歩き出した。


 今日は帰って、少し頭を整理したら、明日、彩葉を引っ張ってでも警察に連れていこう。


 だが、誠司が、そう思った瞬間──


『俺がエロいことしたいのは、イロハちゃんだ!』


「!?」


 なにやら、聞きなれた声が聞こえた。

 いや、聞き慣れたっていうか


(お、俺の……声?)


 どこかしこからか聞こえた『自分の声』

 そのありえない現象に、誠司は恐る恐る振り返る。


 すると、ベッドの上で、ボイスレコーダーらしきものを手にして、こちらを見つめている彩葉と目が合った。


「な、なんだ、今の…?」


 彩葉が、手にしたそれを見て、ダラダラと嫌な汗をかく。すると、彩葉は


「何って、覚えてないのか? 俺と初めてあった日、お前が俺に言った言葉だろ?」


「……」


 初めてあった日──


 その瞬間、母親にいきなり再婚すると聞かされ、彩葉のことを勝手に女の子だと勘違いしていた時のことを思い出した。


 女の子だと思って、イロハちゃんに会いに行ったら、そこには男の彩葉がいて、しかもその彩葉から、いきなり腹を剥き出しにされ、その際に、咄嗟に出てきた自分の言葉。


 だけど、あれは──


「いや、まて!! その前後にもっと何かあっただろ!なんで、そこだけ、かいつまんで流してんだ!!」


「どこをどう使おうが、俺の勝手だろ」


 その、ふてぶてしい態度に、誠司はさらに顔を真っ赤にする。あろうことか、前後の言葉を全てなかったことにされ、いいように改ざんされつつある!


 いいのか、これ!!

 いや、よくない!!


「お前、それ消せ!! てか、いつの間に、そんなもの」


「いつの間にって。お前、あの時、俺のバックにつまづいただろ?」


「え?」


「その時たまたま、ボイスレコーダーのスイッチが入ってたんだよ」


「……」


 あー、つまり俺のせいなんですね?

 その言葉が、そこに録音されたのは…


「嘘だろ…っ」


「どうやら、バカはお前の方だったな、誠司。俺が、何の弱みもにぎらないまま、安易に国家機密なんて話すわけないだろ」


「……っ」


 一触即発の空気。ていうか、められた。

 こいつ、元からNOなんて言わせるつもりなんて


「さて」


「……っ」


 すると、手にしたボイスレコーダーを、手のひらで遊ばせながら、彩葉が誠司を見つめる。


「この音声、誰に聞かせるのが一番いいかな。彼女? それとも、母親?」


「……ッ」


 そういって、母である優子の顔が浮かんだ瞬間、誠司は一瞬にして青ざめる。


「ショックだろうな、優子ちゃん。再婚して、今すごく幸せなはずなのに、まさか自分の息子が、再婚相手の息子に、こんなこと考えてるなんて知ったら」


 楽しそうな笑みを浮かべて、そう言った彩葉とは対象的に、誠司の脳裏には最悪の事態が過ぎる。


【オレがエロいことしたいのは、イロハちゃんだ!】


 そんな言葉を証拠に、万が一、彩葉が優子に泣きついたら、あの天然の母親なら、絶対、彩葉を信じる!


 そうなったら、彼女がいながら義理の兄弟(しかも男)に、エロいことしようとしていた、無茶苦茶ヤバイ息子ということに!


 ていうか、なんだ、その地獄絵図!?


「さぁ、どうする、誠司」


「く……っ」


 すると、彩葉は、真っ直ぐに誠司をみつめると


「俺の仕事を手伝うのがいいか? これを、母親に聞かれるのがいいか? どっちを選ぶ?」


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