第45錠 誠司の色


「俺たちに協力しろ、誠司」


「…………」


 協力しろ──その言葉に誠司は、暫く考え込む。


 どの道、こんな秘密を知った以上、逃げることは出来ないし、家族として一緒に暮らしていく以上、下手に敵対するのは、あまり良い考えとは言えない。


 それに──正義のため。

 その言葉に、心做しか共感してしまったのも確かで…


「はぁ…」


 誠司は、深く息をつくと、その後、彩葉の隣にドサッと腰かけた。


 どこか腑に落ちない顔を浮かべながら、それでも、覚悟を決めた表情で、誠司は彩葉を見つめかえす。


「言っとくけど! お前らの事をみとめるわけじゃないからな! それが、いい事なのか、悪いことなのかも、まだよくわかんねえし。でも、犯罪の犠牲になる人を、少しでも減らしたいっていうのには、同感だ」


「……」


 それは、ということなのだろう。


 彩葉は、それを確信したからか、心做しか表情を弛めたあと、開いていたパソコンを閉じる。


「あ! でも、人の血を勝手にとるってのには、まだ納得いかねー!」


「手伝う気になったんじゃないのかよ。まぁ『白』を探す手伝いをしろとは言ったけど、心配しなくても、お前に一番協力してほしいのは、俺のアリバイづくりだよ」


「アリバイ作り?」


「あぁ、クライアントに夜呼び出されることもあるし、ましてや、こんな仕事してるってバレたら、なにかと厄介だし。お互いの親にバレないように口裏を合わせてくれたらいい。その延長で、学校で白っぽい性格の子がいたら、教えてくれって話。あとは、俺がやるから」


「やるからって…それで、俺を巻き込んだのかよ!?」


「そりゃ、そうだろ。あの家で、3人も欺くのはさすがに限界があったし、一人味方につけとこうと思って」


「くっ、てめ……っ」


 淡々と話す彩葉に、誠司はギリリと奥歯を噛み締めた。


 なんか、完全に嵌められたような気がする!


 だが、こちらも弱み(ボイスレコーダーの音声)を握られた以上、迂闊に拒否はできない。


(あんなん、母さんやセイラに聞かれでもしたら、もう人生終わる)


「それより、他に聞いておきたいことはあるか?」


「え? 他に?」


「あぁ、基本的に、家で組織な話はしたくない。今のうちに話せることは、話しておいた方がいいだろ」


「……」


 そう言われ、誠司は考え込む。


 まだ、まともに整理できてないが、こうなったら、根掘り葉掘り聞き出しておこう。


「血を採取するって、どうやんの?」


「あぁ、そこ気になるのか?」


「当たり前だろ! 俺が白だと思ってお前に報告したら、血とられちまうんだろ!」


 ヤバい組織だというイメージが先行するからか、やり方とか色々、頭に入れておかないと不安で仕方ない。


 もし、これでセイラが白かも?なんて報告したら、確実にセイラが彩葉の餌食になるわけで。


 もし、そんなことにでもなったら…


「まぁ、そうだよな。じゃぁ、実践してみるか?」


「へ?」


「お前の体で、試してやるよ」


「!?」


 だが、その彩葉の言葉に誠司は目をみはった。


 目の前には、自分のバッグの中をガサゴソと漁り始めた彩葉がいた。だが、その試すと言われた言葉に誠司の思考は持っていかれたままだった。


 え? なんだって?

 俺の体で……ためす??


「ぎゃぁぁぁぁ、ふざけんな!」


「何ビビってんだ。血を採るだけだ。お前、献血したことないのか?」


「献血!? それは、あるけど!」


「献血より楽だよ。痛みもないし、採取する量も少ないし、20秒程度で終わるし」


「そんなこといわれても……つーか、国の機関なら、それこそ献血で採取した血を研究に回せばいいじゃねーか!わざわざ無断で血を取らなくても」


「バカいうな。お前、献血がどうのように使われてるのか、ちゃんとわかってるのか?」


「え? それは、輸血とか…」


「医療の現場では、常に輸血が不足してる。そんな貴重な血液を、俺たちが研究に使う訳ないだろ。人々が、病に苦しむ人たちのために差し出してくれた血液は、一滴残らず、医療の現場に届けるべきだ」


「……」


 真っ当な意見に、二の句が告げなくなる。


 彩葉の話は、しっかりと筋が通っているように聞こえた。世の中の平和のために行っているような


 確固たる信念すらも──


「まぁ、とりあえず試してみろ。自分で経験するのが一番」


「……っ」


 そう言うと、彩葉は、バックから棒のようなものを取り出した。


 色はシルバーで、2~3センチほどの太さの筒状の棒だ。長さは20センチくらい。一見すれば、スマホの携帯充電器モバイルバッテリーみたいな、そんな形状。


 そして、その筒の中央には、小さな液晶が着いていた。体温計の体温が表示されるくらいの長方形の液晶だ。


 だが、誠司はそれを目にし、頭をひねる。


「これで、血を採るのか?」


「あぁ、一見注射器にはみえないけどな。でも、このキャップを外せば、目には見えないほどの極細の針が何本もついている。これを肌につき立てれば、研究に必要な分の血を自動で採取できる。ついでに、その人の"性格の色"も判別できる」


「性格の色?」


「さっき、8種類あると言っただろ」


「え? じゃぁ、俺の性格が何色かも、今わかるの?」


「あぁ……まぁ、お前の場合、完全に『赤』だろうけど」


「え?」


「首に当てるから、じっとしとけよ」


「は!? ちょ、もう!?」


 瞬間、肩を掴まれたと同時に、その注射器を首に後ろに押し付けられた。


 思わず腰が引けた。


 だが、思っていたような痛みはなく、感覚としては、消しゴムをおしつけられたくらいの些細なものだった。


「え……全然痛くない!?」


「だろ。うちの医療チームが、独自にあみ出した注射器。痛みもほとんどないし、跡もさして残らない。残ったとしても、少し赤くなる程度で虫刺されと判別つかない。まぁ、刺す時に背後は取るし、何かしら触れる感覚はあるから、俺は眠らせてから採取してるけど」


「眠らせる!?」


「あぁ、眠くなる香りのキャンディーとか、スプレーとか持ち歩いてるからな」


「なんだそれ!? めちゃくちゃ、犯罪っぽいじゃねーか!?」


「だから、俺は"危険機密道具"の資格者だっていっただろ。組織の一員でも誰でも使えるわけじゃねーよ」


「あ、そう言う感じ…」


 つまり、その資格を持ってるやつだけが、その注射器で血液を採取できたりするのだろう。


 決して犯罪に悪用しないと認められた人格者のみ。


(彩葉って…案外凄いやつなのか?)


 同い年で国の仕事してて、この世の平和のために働いてる。


(いや、でも…借金返すためにやってるって言ってたし…)


「ほら、終わったぞ……あれ?」


「?」


 

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