第44錠 正義
「その白を見つけたら、お前は、どうするんだ?」
疑心に充ちた眼差しをむけた誠司に、彩葉は一瞬、躊躇する。
これを話したら、この馬鹿みたいに正義感が強いこの男は、酷く怒り狂うかもしれない。
だが、それでも、話さなければ納得はしないだろう。
「どうって、そりゃDNAをもらうよ。本人にバレないように、こっそりと」
「ッ──!?」
案の定、誠司の沸点は一気に跳ね上がり、彩葉に掴みかかった。
「はぁ!? こっそりって!内緒でやってんのかよ!?」
「そりゃそうだろ、国家機密なんだから。それにDNAを貰うって言っても、たかだか数敵の血を貰うだけだ」
「だけって! 自分の血を勝手に取られて、そんなワケ分かんねー研究に使われてるとか、誰が納得できるか!? しかも、それを俺に手伝えっていうのかよ!?」
「はぁ…少し落ちつけ!」
深い溜息をつき、その後、彩葉が誠司の腕を引き剥がす。
気持ちはわからなくない。
確かに、これは道理に反してはいるから。
でも──…
「お前、彼女がいるんだろ」
「は?」
「まあ、親でもいいけど……もし、お前の大切な人が犯罪に巻き込まれたら、お前は、その犯罪者を許せるか?」
「え?」
「だから、殺されたり、乱暴されたり、心にトラウマが残るほど傷つけられたとして、お前は、その犯罪者を許せるのかって聞いてるんだ」
「……っ」
重苦しい話に、誠司は言葉を噤んだ。
そんなの許せるわけがない。
だが…
「それと、さっきの話となんの関係が」
「あるさ。言っただろ、人には8種類の性格があるって…今、俺が販売している『colorful』は5色。でも、その5種類の性格とは別にあと3色、特殊な性格がある。そのうちの1つが『白』だ。そして、この白は『黒』の性格を変えるために使う」
「黒?」
「あぁ…うちの組織が、刑務所に収容されていた犯罪者の血液を独自に調査した結果、サイコパス傾向にある人間の性格が『黒』であることがわかった」
「……サイコ…パス?」
それは、誠司も聞いたことがある言葉だった。
サイコパスとは、いわゆる『反社会性人格障害』と呼ばれる、極めて特殊な人格を持つ人々を指す言葉。
簡単にいうと、善意や良心を持たず、人を物のように扱う傾向が強い人のことだ。
「……そ、そのサイコパスが、黒だからなんだっていうんだ。黒の性格を持ってる人は、みんな犯罪者にでもなるとでもいいたいのか?」
「いや、別に先天的に持って産まれ気質(性格)が『黒』だったとしても、必ずしも犯罪者になるわけじゃない。むしろ、生まれてからの経験や人との関わりを経て、後天的に青や緑といったプラスの性格を身につけてることで、医者や政治家、弁護士と言った社会的に地位の高い人間に成長していく場合がほとんどだ。だけど、既に罪を犯した『黒』は別だ。罪を犯すほどに色濃く染まった黒の性格は、そう簡単には変わらない。だけど、その黒の性格も『白』のcolorfulを服薬させることで、中和させられることがわかった」
「……」
次々と繰り出される難解な話に頭がパンクしそうだった。だが、誠司とて、そんな難解な彩葉の話を、少しは理解できた。
「つまり、その犯罪者の性格を変えるために、白のカラフルが必要ってことか?」
「まぁ、そういうこと。だから、そのために、俺たちは『白の遺伝子』を持つ人を探してる」
彩葉の話を誠司は再度、じっくりと飲み込んだ。
理屈は、何とかわかった。
だが、どうにも納得がいかないことがある。
「っ…でも、いくら犯罪者だからって、性格まで変えるなんて…! 性格が変わるって、もう、その人じゃなくなるってことだろ! それよりは、ちゃんと更生させてやった方が…っ」
「更生ね。お前の頭ん中、まるでお花畑だな」
呆れ返るような彩葉の態度に、誠司は更に苛立ちをおぼえる。
だが、彩葉はその後、手にしたパソコンに何らかのデータ映し出すと、それを誠司に見せ、また話し続ける。
「これは"重大事犯"で受刑し、その後、出所した1,021人を対象に追跡調査した時のデータ」
「え?」
彩葉の見せた画面には、難しい文字の羅列と、表やグラフの書かれた論文のようなものが映し出されていた。
だが、誠司には、さっぱりわからない。
「……じゅ、重大??」
「『重大事犯』ってのは、殺人、強盗、傷害致死、強姦、放火、略取誘拐などの犯罪のこと。そしてこれが、その再犯率を調べたデータ。重大事犯を犯し、調査対象となった1021人のうち、殺人で再犯をおかした割合が17.2%、強盗39.1%、傷害致死32.9%、強姦38.5%、放火26.1%…」
「……っ」
次々に羅列された再犯率の割合。
そして、その罪状の重さに誠司は息を飲んだ。
「更生させた方がいいと、お前は言ったけど、これは、更生したはずの人間が、その後、再犯をおかした割合だ。で、話を戻すけど。もし、お前の彼女が誰かに強姦されて、その犯人が刑務所からでてくると聞いたら…お前は、その犯人のことをどう思う?『更生したから、大丈夫』だなんて、本気で言えるのか?」
「っ……」
それは、あくまでも架空の話だった。
だが、彩葉の言葉と同時に、誠司の頭の中には、ある光景が鮮明に過ぎった。
『誠司、やめて! おねがぃ……もぅ、やめ…て…ッ』
セイラが、泣いてる。
震えた声で、必死に叫びなら──
(あれ? なんだ、今の…?)
ほんの一瞬。記憶にない光景が飛び込んできて、誠司は額に手を当て、困惑する。
「言葉も出ないって感じか?」
「え?……ぁ、」
「誠司、お前の言うことは『正しい』よ。確かに、犯罪者にも人権はあるし、更生出来るならさせるべきだ。実際に刑務所でも、犯罪者の更生や、その後の支援には力を入れてる。だけど、それでも再犯を犯す人間はいなくならないし、言ってわかる人間ばかりでもない」
「……」
「日本は死刑が確定しない限り、大半の犯罪者が、刑務所の外にでてくる。自分を傷付けた人間が外に出てくると聞いて、その後、被害者がどんな気持ちで生きていくのか考えたことがあるか?」
「……」
「いつどこで、出くわすか分からない。逮捕された逆恨みで報復されるかもしれない。次は殺されるかもしれない。そんな漠然とした不安を、心のどこかにずっと抱えたまま生きていくんだ。その犯罪者が──死ぬまでずっと…」
「……」
「だから、俺たちの組織は、少しでも再犯者、いや…罪を犯す人間を減らすために、今『colorful』の研究をしてる。黒の割合が濃く、再犯のリスクが高い犯罪者は、白のカラフルを使って、性格そのものを変えてから、外に出す。そうすれば、今よりは少しだけ、被害者も安心して暮らせるかもしれないし、何より、これ以上の犠牲者を出さなくてすむ。そして『白』には、それが可能だ。むしろ、白でしか黒の性格は変えられなかった」
彩葉の表情はとても真剣で、その言葉にどれだけの思いが含まれているのかが、重く、深く伝わってくる。
再犯率の低下。
被害者の心の平穏。
そして、更なる犠牲者を作らないため。
もし、本当に、それが叶うのなら…
「俺たちは、この研究を正義のためにやってる。例え、無断で人から血を採取していたとしても、colorfulの研究は、この先の未来で、きっと誰かの役にたつ。だから、お前がもし、この世界を平和にしたいなら、傷つけられる人を、少しでも減らしたいと思うなら、俺たちに協力しろ、誠司」
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