第46錠 約束


「ほら、終わったぞ……あれ?」


「?」


 その瞬間、彩葉が戸惑うような声を上げた。


 注射器の液晶部分を見つめたまま、黙り込んだ彩葉。それを見て、誠司も首を傾げる。


「どうした?」


「……悪い。ERRORエラーが出た」


「はぁ!?」


 エラー!?

 その言葉を聞いて、誠司は思わず声を上げた。


「なんだ、それ!? つまり、色が分からなかったってこと!? 不良品かよ!?」


「違う。ただ、たまにこういうこともあるんだよ」


(やっぱ、コイツら、うさんくせー)


 なんとも言い難い表情で、誠司が彩葉を見つめる。


 だが、その後、彩葉はそそくさと注射器をかたづけると、再度、誠司にといかけた。


「で? 他に聞きたいことは?」


「え? あー、えーと…」


 再び、誠司は考え出す。

 だが、そんな誠司を見つめ、彩葉は眉を顰める。


(なんで、コイツ…)


 エラーが出たなんて言ったが、実はエラーは出ていない。


 だが、おかしい。

 見るからに誠司の色は『赤』だとおもったのに、なぜか『赤』ではなかった。


「あ、そうだ」


「?」


 すると、また誠司が声を発して、彩葉は横に座る誠司をみつめた。そして、指折り、何かを数えた誠司は


「さっき、色は全部で8種類って言ったよな?」


「あぁ、言ったけど」


「じゃぁ、ひとつ足りなくね?」


 誠司が、疑問符を浮かべながら問いかける。


 彩葉が言っていた『colorful』と言う薬は、人の『遺伝子』をもとに作られた『人の性格を変える薬』らしい。


 だが、彩葉が始めに言った、赤、青、緑、黄、紫の5色の他に、白と黒があるのはわかった。


 だが、色が8種類あるというなら、あと一つ足りない。


「あぁ、もう一つはコレだよ」


 すると、彩葉は、バッグの中から5色のcolorfulが入ったアルミケースとは違う、小さめのケースを取りだした。


 パカッと蓋を開けて、中を見せられる。

 すると、そこに入っていた錠剤の色は


「ピンク?」


「あぁ。でも、これは非売品」


「非売品? 売り物じゃないってことか? なんで?」


「さっきと言っただろ。colorfulは、プラスになる性格のものしか販売しないって。ピンクの性格は、尽くし上手で、奉仕上手。表向きは『白』と混同されやすい性格なんだけど、それとは別に、異常に性欲が強い」


「へ?」


 予期せぬ言葉が飛び出してきて、誠司はあっけに取られる。


「せ、性!?」


「まぁ、簡単に言えばエロい性格ってこと。で、このピンクのcolorfulは、その部分が色濃く出てしまって、服薬したら一種の媚薬みたいな効果がでる」


「媚薬!?」


「そう。だから、飲んだら、相手に性的に尽くしたくなって……まぁ、別に悪い性格ではないよ。ただ、自分で飲む分にはいいけど、誰かに飲ませたり、悪用される可能性があるから、特別な事情がある人以外には、売らないようにしてる」


 確かに、そんなもの悪用されたら大変だ!


 だが、媚薬みたいな効果がある薬だなんて、ますます怪しい組織だ!


「つーか、特別な事情って、どんな事情?」


 だが、しかし、時には、売る場合もあるらしい!


 すると、ますます怪しい!と、誠司はその内情を聞き出そうとした。


 だが、その後、彩葉からは、またもや予想外な言葉が出てきた!


「……そうだな。この前は、不妊治療中の夫婦に処方したかな?」


「ふ、不妊治療中? なんで!?」


「不妊治療って、結構大変なんだよ。お金もかかるし、痛い注射は打たないといけないし、その上、排卵日に必ずシなきゃいけないとか。でも、それも数ヶ月ならともかく、長く続けば続くほど、子供を授かる行為そのものが苦痛になってくるみたいで『もう、義務的にするのが辛くて仕方ない』って、旦那さんの方が泣きついてきて『行為中だけでも性格変えたい』っていうから、奥さんの了承を得て、ピンクのcolorfulを処方してあげたら」


「ちょ、ちょっとまて! そんな怪しい薬飲んでまで、子供ほしいものか!?」


「それは、人それぞれだろ。なにより、子供が欲しくても不妊治療が辛くて、辞める人だっている。でも、その中の苦痛を一つでも減らしてあげられたら、続ける意志を保てるかもしれない。それに、colorfulは怪しい薬じゃない。人体に害がないのは立証されてるし、闇ルートで手に入れる本物の媚薬より、よっぽど安全だよ。それに、その夫婦だって、colorful服用後は、気持ち的にも楽になったみたいだし、先日、子供も無事に生まれたらしいよ」


「……そ、そうなのか」


 以外にもピンクのcolorfulが、役に立っていた。


 たしかに、義務で毎月、辛い気持ちでするよりは、ピンクの尽くし上手な性格を利用して、お互いに愛し合った上で、子供をつくったほうが幸せかもしれない。


 でも……


(うーん……まだ、怪しい。でも、彩葉の話は、真っ当な気もする)


 ちゃんと、世のため人のためになる販売の仕方をしてる。だけど、中には依存する人もいる。


 薬が、いいか悪いかは、紙一重だ。


「納得したか?」


「ん……まぁ、それなりに。でも、そのcolorfulって飲んだら、どのくらい効くんだ?」


「ひとつの錠剤につき、だいたい4時間。二錠飲めば8時間は性格が変わる。まぁ、この辺りは、人により必要な時間が変わってくるから、クライアントと話しあった上で、その人に必要な時間に合わせたcolorfulをオーダーメイドでつくる感じかな。2時間だけ変わりたいって人もいれば、1日変わっていたいって人もいるし。なかには、その性格から変わりたくないって人もいるけど、半永久的に効果が切れないcolorfulは、まだ開発されてないから、そんな人には、錠剤じゃなくて、半年とか、年単位で効くcolorfulを注射器で投与するようにしてるよ。まぁ、値段もそれなりにするけど」


「 へー…」


 ちゃんと、飲む相手に合わせて、薬を作ってるのか。ちょっとだけだけど、胡散臭いと思う気持ちも薄れてきた。


 ピコン──!


「「?」」


 すると、誠司と彩葉のスマホが同時に音を立てた。


 どうやら、黒崎家のグループLIMEに、母親の優子がメッセージを送って来たらしい。


《誠司、彩葉ちゃん。今日は何時に帰ってくる?》


 息子達に、帰宅の時間を聞きたいらしい。

 可愛らしいネコのスタンプつきだ。


 それを、見た誠司と彩葉は、スマホをみつめたまま、話し続ける。


「他に聞いておきたいことは?」


「あー、じゃぁ、最後にひとつだけ」


 そう言って、誠司はまた彩葉を見つめた。


「借金があるって言ってたけど、お前、その金で何を買ったんだ?」


「…………」


 真面目な表情で問う誠司に、彩葉は一瞬、言葉を噤んだ後


「──愛情」


「は?」


 愛情…?

 だが、それは、全く想像していない言葉だった。


 なにより、愛情なんて、お金で買えるはずが……


「……て、俺の話はいいだろ。特に何もないなら『もう帰る』って返事するけど」


「ッ…分かったよ! でも、これだけは約束しろ!」


「なに?」


「お前たちの組織が犯罪を減らすために動いてるのは分かった。だから、言われたとおり、お前に協力もする。だけど、巻き込むのは、俺だけだ! それだけは約束しろ!」


「………」


 真剣な誠司の言葉に、彩葉は再び言葉を噤む。


 ──巻き込むな。


 それは、母親や彼女、友達など、誠司の大切な人達のことを言っているのだろう。


 もちろん、こっちだって、誠司以外に知られるわけにはいかない。


「あぁ、約束する」


 そう言って彩葉が頷いた頃には、外は、もうすっかり暗くなっていた。



 *


 *


 *



 ──ピロリン!


 そして、新しく名を変えた黒崎家にて、キッチンで料理をする優子の傍でスマホがなった。


 誠司か、彩葉ちゃんから返事だろう。優子は、料理の手を止めると、そそくさとスマホを手に取った。


《30分くらいで帰る。彩葉も一緒に》


 するとそこには、誠司から返事が来ていた。


 一緒に……ということは、彩葉と一緒にいるのかもしれない。


 優子はそれを見て、嬉しそうに顔をほころばせる。


「ふふ、彩葉ちゃんと誠司、なんだかんだ気が合う気がしてたのよね」


 どうやら、仲良くなれたのかもしれない。


 優子は、その後また気合を入れると、家族のために夕飯を作り始めた。


 可愛い我が子たちに

 愛情いっぱいの手料理を──…









(第1部・完)

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