第34錠 厄介事


 城ヶ崎の中心街は、いつも人でにぎわっていた。


 特に学校帰りのこの時間は、学生だけでなく仕事帰りのサラリーマンや買い物中の主婦など、すれ違う人々も様々だった。


 そして、車道を挟んだその通りには、数多くの店やビルが立ち並んでいた。


 飲食店や本屋、アイスクリームショップなどの他にも、ビジネスホテルやショッピングプラザまで。だからか、この通りはいつもさわがしい。


「早坂~。なにしてんの、置いてくよ~」


 誠司が雑踏の中を歩いていると、少し前を歩いていた女子生徒に声をかけられた。


 特段用事もなく、放課後、暇だった誠司は、あれから仲の良い男子3人と、そのまた仲の良い女子4人に連れられ、カラオケボックスを目指していた。


「おぃ須田。誠司は、もう早坂じゃねーって」


「あ。そっか。えっと…黒崎くんって言えばいいのかな?」


「どっちでもいいよ。言いやすい方で呼べば」


 先日、母の再婚により変わった名字。


 ずっと「早坂」と呼ばれていたからか「黒崎」と呼ばれるのは、なんだが変な感じだ。


 それに、本人ですらこうなのだ。


 今から呼び方を変えなければならない友人達は、呼びにくいこと、この上ないだろう。


(名字が変わるって、地味に面倒だな………あれ?)


 だが、その瞬間、反対車線の歩道で、見覚えのある人物が目に入った。


 紫がかった黒髪に整った顔立ち。

 ボルドーのブレザーを着た、その制服姿の少年は…


(彩葉……だよな?)


 先日、家族になったばかりの義兄弟。

 その姿を見つけ、誠司は眉をひそめた。


 見れば、ビルの前で、40代くらいの男に腕を掴まれ、何やら殺伐さつばつとした雰囲気の彩葉がいた。


(あの男の人、なんだろう?)


 そんなことをふと思ったが、それとは、また別の違和感に気づくと、誠司は再び彩葉を凝視する。


(あれ?…あいつ朝は、のブレザー着てたような?)


 今朝方、リビングで会った時、彩葉は星ケ峯高校の紺色のブレザーを身につけていた。


 だが、今の彩葉が身につけている制服の色は……ボルドー。


「?」


 なんで朝と違う色の制服を着ているのか?

 それに……


(なんで、この時間に、ここにいるんだ?)


 彩葉が通う星ケ峯高校から、ここ城ヶ崎には、電車で1時間弱はかかる。


 今の時間にここにいるということは、学校が早く終わったか?もしくは、サボったか?


(……てか、あの男の人、マジでなんなんだ?)


 ひたすら思考を巡らせていると、誠司は友人達について行くのも忘れ、再び、最初の疑問に戻る。


 無精髭ぶしょうひげをはやした、恰幅かっぷくのいい男。


 どこにでもいそうなオジサンだが、その顔は、どこか人生に疲れたような、少しやつれ切った顔をしていた。


 そして、そんな男に腕を掴まれている彩葉は、見るからに迷惑そうだった。


 男子高校生とオジサンが二人で会話をする姿は、すこし異質に見える。


 だが、その後、彩葉は、その側にあったホテルの地下駐車場の方へ、男と二人で消えていった。


「??」


 その光景を遠巻きに凝視して、誠司は、再度首を傾げた。


 あのオジサンは、知り合いなのだろうか?

 ホテルの駐車場に、なんの用があるのだろう?


 だいたい彩葉は、何故、朝とは違う色の制服を着ているんだ?


 頭の中でぐるぐると考える。だが……


「誠司~置いてっちまうぞー」


「あ……今行く!」


 友人達に呼ばれ、誠司は、はっと我に返る。


 カラオケボックスは、もうすぐそこだ。


 誠司は巡る思考を中断すると、再び、友人達と共へと歩き出した。


(ま。あいつが放課後、どこでなにしてようが、俺には関係ねーし)


 多少、気にはなることはあるが、もう、昔みたいに厄介事に首を突っ込むようなことは、不思議としなくなった。


 それに、彩葉が、自分から男について行ったわけだ。

 なら、きっと、知り合いなのだろう。


「…………」


 だが、その後、数歩進んで、誠司の足は止まってしまう。


 自分には関係ない。

 そう思いつつも、心の奥で何かが渦巻く。


 本当に、見過ごしていいのだろうか?

 見て見ぬふりしてもいいのだろうか?


 なんか、さっきの彩葉、凄く困ってたような──?


 いやいや、何、考えてんだよ。

 厄介事に、巻き込まれるのはゴメンだ。


「ごめん! 俺、ちょっと用事思い出した!」


 だが、その瞬間、喉をついて出た言葉に、誠司は瞠目する。


 ──あれ?

 俺、今、なんて言った??


「え? 急にどうしたんだよ、誠司」


「え? あ…いや……っ」


 何言ってんだ、俺!?

 用事なんてないし!!


 だが、今、用事があると言った以上、再びないと言う訳にもいかず。


「あーごめん……悪いけど、今日は帰る。また今度な!」


 すると誠司は、少しバツが悪そうに手を振ると、その後、くるりときびすを返し、友人達の元を走り去って行った。


「誠司、どうしたの?」


「なんか、いきなり、用事思い出したって」


「えー、マジかよ。せっかく誕生日、祝ってやろうと思ったのに!」


 そして、その後、パタパタと信号を渡り反対車線にむかう誠司をみつめながら、友人達は、残念そうに呟くのだった。

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