第32錠 告白


 その後、若月に呼び出された彩葉は、特別棟の校舎裏にある、大きな木の前に立っていた。


 あまり人目につかないこの場所は、この学校の数少ない告白スポットの一つだ。


 そして、そんな場所に呼び出されたとあらば、若月の話の内容も、ある程度は想像がつく。


「いきなりゴメンね」


 昼休みに突然呼び出したことを先に謝ると、若月はその後、恥ずかしそうにうつむいた。


 シスターとあだ名がつくくらい、見るからに清楚で純粋そうな女の子。


 だが、そんな見た目とは裏腹に、こんな場所に堂々と誘い出すくらいだ。意外と積極的なタイプだったらしい。


(そう言えば、この子、だったっけ…)


 そんなことを漠然と思い返しながら、彩葉は若月の言葉を耳を傾けた。


「あ、あの…この前はありがとう。黒崎くんが、保健室まで運んでくれたって、先生から聞いて」


「……」


 申し訳なさそうに話す若月に、彩葉は少し前の放課後、彼女を屋上へ誘い出した時のことを思い出した。


 この学校の屋上は立ち入り禁止のため、正確には、屋上の扉の前の階段で。


 そして、その階段に座り込み、しばらく他愛もない話をした。


 だが、その後、体調が悪くなった若月を抱き抱えて、彩葉は屋上から、一階の保健室まで運んだのだ。


「お、重かったよね、私! ごめんね。本当はもっと早くお礼を言いたかったんだけど、クラスがちがうし、なかなか話すタイミングが見つからなくて…」


「いいよ。気にしなくても…」


 そう言って、笑いかける。

 別に謝る必要は無い。なぜなら、あれは──


(俺が、からだし…)


 その瞬間、ザァーと吹き抜ける秋の風が、彩葉の紫がかった髪を揺らし、その表情を隠す。


「それより、話はそれだけ?」


 だが、余計なことを思い出す前に…と、彩葉が、あっさり話を切り替えると、若月は、少し寂しそうに


「あの、黒崎くん、転校しちゃうって聞いて」


「………」


「私、このまま黒崎くんに会えなくなちゃうのは嫌だなって思って。あの、私……私、黒崎くんのことが、好きです!」


 そして、頬を赤らめ、告げられた言葉。


 恥じらいながら、見つめるその瞳は、あまりにも真っ直ぐで……だが、そんな若月の瞳から、彩葉は逃げるように視線をそらした。


(参ったな…やっぱり軽々しく口説くどくんじゃなかった)


 軽率だったと、深く反省する。


 だが、口説くと言っても、別に愛の言葉を囁いたわけではないし、告白をしたわけでもない。


 あの日は、ただ15分ほど、世間話をしただけだった。


 だが、その間、思いのほか話が弾んでしまったからか、どうやら「本気」にさせてしまったらしい。


 オマケに、自分が近々転校すると聞いて、こうして告白に踏み切ったのだろう。


 しかし、目的を遂行した今、もう、彼女に用はない──


「悪いけど…俺、誰とも付き合う気はないよ」


 瞬間、校舎裏に冷たい声が響いた。


 まっすぐに若月をみつめれば、赤かった顔がサッと色味を引いて、まるで打ちひしがれたように瞳を揺らす姿が見えた。


「な、なんで?」


「なんでって……嫌いなんだよね。誰か"一人"に縛り付けられるの。それに君、俺のタイプではなかったみたいだし、どの道ムリだよ」


「……っ」


 先日話した時の柔らかい雰囲気とは違い、キツイ言葉を浴びせられる。


「なにそれ…じゃぁ、どんな子が好きなの?」


「そうだな。しいて言うなら、かな?」


「真っ白?」


「うん。真っ白な──性格の子」


 まるで興味が無いとでもいうように、彩葉は、容赦なく突き放す。


「わかったら、俺みたいな奴とっとと諦めて、他の男探した方がいいよ?」


 そう言って、くるりときびすを返すと、彩葉はその場から立ち去ろうと歩き出す。だが、その瞬間、グッと腕を掴まれた。


「なんで? なんで、そんなこと言うの!? 私は、こんなに黒崎くんのことが好きなのに…っ」


「……」


 ぎゅっとしがみついて離さない若月に、彩葉は眉をひそめる。


 優しくしたのは、あくまでも、警戒心をといて、油断させるため。


 ただ、それだけだ──…


「きゃ…っ」


 すると、若月の手を強引に引き剥がすと、彩葉は、その手を身体ごと側にあった木に押し付けた。


 掴んだ片手に力を込め、目と鼻の先まで距離が近づいたからか、若月が目を丸くする。


「く…黒崎く…っ」


「そんなに言うなら、遊んであげよっか?」


「え?」


「俺に一切干渉しないで、身体だけの関係でいいって言うなら、遊んであげてもいいよ?」


「……ッ」


 耳元で囁けば、その言葉の意味を悟って、若月は再び真っ赤になった。そして、その表情からは、若月が、酷く動揺しているのが伝わってきて


「なんなら、このままバックれて、ホテルにでもいく?」


「っ……」


 白い首筋に指を這わせると、そのままゆっくりと指先を移動させ、胸元のリボンに手をかけた。


 まるで捕らえた獲物を追いつめるように、彩葉は更に距離をつめ、赤いリボンを、スルリとほどく。


「──ッ!!!」


 だが、瞬間、バチンと頬に鋭い傷みが走った。


 乾いた音と共に若月を見れば、まるで怒りに耐えるように、涙を浮かべて睨んでいる彼女と目があった。


「ッ──最低!!」


 その声に、木に押さえつけていた手を離してやれば、若月はその後、逃げるように彩葉の前から走り去って行った。


 そして彩葉は、ただただ無言のまま、逃げ去る若月を見送ると、痛む自身の頬に手を添える。


「最低…か」


 そんなの、俺が一番よく分かってる。ただ…


「っ…痛って~!!」


 痛かった!!

 予想していたよりも、遥かに痛かった!!


「たく…こんなチャラそうなやつ、好きってんじゃねーよ…っ」


 軽く半泣きになりながらも、深くため息をつくと、ジンジンと響く頬の痛みに耐える。


 その"痛み"は、まるで、彼女の"心の痛み"を現すようだった。


 だけど──




  『痛い──』



           『痛い…いたい…ッ』



 『やめて…っ』




              『やめて──…』





     『お父さん、もう…やめて…っ』






 痛みに連動して、古い記憶を思い出す。


 このくらいの痛み、なんてことない。


 そうだ。あの薄暗い部屋の中で、必死に耐えていた



(あの頃の……痛みに比べたら……っ)


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