第31錠 呼び出し

「黒崎! どうしたんだよ、それ!?」


 昼食の時間を迎えた星ケ峯高校にて、彩葉の前に現れた樋口ひぐちは、驚きと同時に目を見開いた。


 いつもなら購買部でパンを買う彩葉。


 だが、その彩葉の机の上には、珍しくお弁当がのっていたからだ!


「弁当とか、マジでどうした!? 自分で、作ったのか!?」


「んなわけねーだろ。新しくできた母親が持ってけって、うるさかったんだよ」


 驚く樋口に、彩葉が面倒くさそうに答える。

 昨日の夜、いきなり優子に


『ねぇ、彩葉ちゃんは甘い玉子焼きと、塩っぱい玉子焼き、どっちが好き?』


 なんて聞かれて「弁当なんていらない」と答えた。

 だが、優子は


『遠慮しないで! どうせ誠司の分も作るんだから、2個も3個も変わらないわ!』


 なんて言ってきたわけで。

 今朝方、しっかり彩葉の分を準備した優子は、学校に行く直前、有無を言わさず、それを渡してきたのだ。


「マシか。めっちゃ、いい母ちゃんじゃん。てか、美味そう~」


 彩葉が、弁当を開けると、いつもと変わらず、パンとおにぎりを買ってきた樋口が、羨ましそうに見つめた。


 優子が作ったお弁当は、育ち盛りの男子高校生が好みそうな、色とりどりの具材で満たされていた。


 メインの肉料理はもちろん、野菜もしっかり取れるようバランスよく作られていて、ボリュームもあるからか、食べ応えもありそうだった。


「ウインナー、タコさんじゃん。しかも玉子焼きハートだし!」


「……」


 だが、男子高校生に作るお弁当にしては、可愛すぎる気がしないでもなかった。


 正直、タコさんウインナーとハートの玉子焼きは、クラスメイトの前で食べるには、ちょっと恥ずかしい。


「良かったなー。まさに、愛情弁当って感じ。まぁ、黒崎には、ちょっと似合わねーけど!」


「あぁ、俺もそう思う。(つーか、誠司あいつ、毎日、こんな弁当食べてんのかよ)」


 文字通り愛情たっぷりと言わんばかりのファンシーなお弁当に驚きつつ、彩葉は、ハート型の玉子焼きを一つ箸でとり、そのまま口の中へ持っていく。


 昨日『どっちがいい?』なんて聞かれて『いらない』と答えた。


 だが、彩葉が甘党と知っているからか、優子は、しっかり玉子焼きも、甘くしてくれたようだった。


(……手作りの弁当なんて、何年ぶりだろう)


 そして、甘い玉子焼きを食べながら、ふと思い出したのは、自分の"母親"のことだった。


 まだ小学生だった自分を置き去りにして、自ら命を絶った──あの優しかった母親のことを。


「あ、そう言えば、再婚相手に息子がいるっていってたけど、仲良くやれそうか?」


「……」


 すると昼食を取りながら、また、樋口が話しかけてきて、彩葉は眉をひそめた。


 再婚相手の息子──それが誠司のことを指しているは、一目瞭然だったから。


「……さぁな」


「さぁな、って……っ」


「俺、あーいう熱いタイプ苦手なんだよ」


「お前なー、苦手なタイプでも、これから義兄弟きょうだいになるんだろ? 仲良くしろよー。来月からは、同じ高校に通うとかいってたし」


「まー…そうだけど」


「しっかり、黒崎がこの学校いるのも、あと少しだと思うと、寂しくなるな~。なぁ、あっちの学校いってもさ、たまには星ケ峯に遊びにこいよ! 来るときゃLIMEして! 会って飯でも食おーぜ!」


「会わねーよ、バカ」


 お弁当を食べながら、樋口の言葉をしっかりと拒絶する。


 樋口も、どちらかというと熱いタイプだ。明るくて賑やかで、それでいて頼んでもいないのに、やたらと人の世話をやきたがる。


 正直いって、馴れ合いは嫌いだ。


 それに、を続ける以上、友達なんて作る気にはなれない。


「黒崎くーん!」

「?」


 すると、そんな二人の話をさえぎり、廊下から呼びかける声が聞こえた。


 彩葉と樋口が同時に目をむければ、廊下には、少しだけ頬を赤くし、彩葉を見つめている女の子の姿があった。


若月わかつきさんが、話たいことがあるって~」


 若月──そういった女子生徒の声に、彩葉と樋口は一瞬、動きを止める。


 若月さんとは、少し前に隣のクラスに転校してきた女子だ。親が教会の牧師をしていることから、ついたあだ名がシスター。


 清楚で純粋そうな見た目のせいか、転校してきてから、それなりに評判の良い美少女なのだが………


「え?! シスターじゃん! 黒崎に話って、なんで!?」


「樋口、これやるよ」


「え?」


 すると、いきなりの呼び出しに驚いている樋口に、彩葉を半分ほど食べた弁当を差し出してきた。


「え、もう食べないのかよ。せっかく、新しいかーちゃんが作ってくれたんだろ?」


「もういい。でも、残すのは悪いし、代わりに食って」


 そう言って、席を立った彩葉は、若月のいる廊下へと歩いていく。


 そして、そんな彩葉をみつめて、樋口は…


(やっぱ、告白的なやつかな~。相変わらずモテるなー、黒崎って。羨ましい)


 転校が決まったのだから、こうした呼び出しは、日増しに増えていくのかもしれない。


 そんなことを考えながら、樋口は彩葉のお弁当に入っている唐揚げを一つとると、パクリと口の中に放り込んだのだった。

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