【第4章】colorful

第30錠 新生活


「誠司! 起きてー」


 朝──優子の声で目を覚ました誠司は、布団の中で大きく欠伸あくびをした。


 もう朝か……と微睡む意識のまま、枕元のスマホを手に取ると、目に飛び込んできた時刻をみて、誠司は、ピクリと眉をよせる。


(は? まだ、5時じゃん)


 なぜか、いつもより一時間も早い。


 なんで、こんなに早く、起こされなくてはならないのか!?


「こら、誠司! 二度寝しない!」


「えー。まだ早ぇーじゃん! なんでこんなに早く」


「だって、彩葉ちゃんは、もう学校いくんだもの! だから、早く起きて!」


「……」


 その話を聞いて、誠司は、ふと思い出した。


 一昨日、この家に引っ越してきた彩葉は、元いた隣町の高校まで、バスで通うことになるそうだ。


 そして、その通学時間は、約一時間。


「はぁ!? なんで、彩葉のために、俺まで起こされるんだよ!?」


「だって、せっかく家族になったんだから、一緒にご飯食べなきゃ! とにかく、部屋着のままでもいいから下りてきて!」


「……っ」


 不貞腐れながらも抗議するが、優子は、そんな誠司を軽くあしらい、また一階に戻っていった。


 つまりなにか?


 これから毎日、彩葉のために一時間も早く、起きなくてはならないと!?


「マジかよ……っ」


 誠司は、渋々起き上がるが、予想していなかった新生活の始まりに、深く深くため息をついたのだった。



 *


 *


 *



 その後、リビングに来ると、ダイニングテーブルの上には、すでに4人分の朝食が並んでいて、制服に着替えた彩葉が一人で座っていた。


 紺色のジャケットと赤いチェックのズボンは、隣町にある星ケほしがみね高校の制服だ。


 彩葉の制服姿を見たのは初めてだが、スラリとスタイルがいいせいか、その制服を見事に着こなしていて


(……きっと、女子にモテるんだろうな?)


 などと思いつつ、誠司は朝の挨拶をする。


「おはよー」


 すると、彩葉の隣に腰掛けた誠司に、彩葉もまた「おはよ」と、一言だけ挨拶をした。


 いつもと違う時間。

 そして、いつもと違うメンバーでの食卓。


(落ち着かねぇ……っ)


 そして、これが毎日!?

 今更ながらに、母が再婚を許したことを後悔する。


 正直、数週間前、彩葉のことを女の子だと勘違いしていた自分をなぐりたくなる!


 だが、誠司が、再び彩葉をみやれば、彩葉は、別の場所に目を向けていた。


 視線の先が気になり、一緒にその先に目を向ける。

 すると、彩葉の視線は、チェストの上に飾られた誠司の父『慎司しんじ』の写真にそそがれていた。


「あ……ごめん。気になるよな?」


「別に。親父が、置いてていいって言ったんだろ?」


 再婚したのに、前の夫の写真があるのは良くないような気がして、誠司は申し訳なく謝るが、どうやら彩葉もそれは納得の上らしい。特に気にする素振りもなく、そう言って、誠司は安堵あんどする。


「そ、そっか。ありがとう……うちの親父、7年前にガンで亡くなって。葉一さん、心広いよな」


 父の写真を見つめながら、誠司が、葉一を賞賛しょうさんする。


 前夫の写真を飾ることを許してくれるのだから、本当に葉一さんは、よく出来た人だと思う。


「あ、そういえば、彩葉の母ちゃんは、死別? それとも離別?」


「……」


 不意に気になって問いかけたのは、黒崎家のことは、母からは何も聞かされていないから。


 だが、彩葉も片親ということは、母親とらなんらかの理由で別れているということ。


 すると、彩葉は──


「死別」


 と、一際小さい声で言って、良くはないが、不思議と親近感を覚えた誠司は、更には問いかける。


「そうか、うちと一緒なんだな。じゃぁ、お前のところも病気か、なにかで」


「いや、自殺」


「え?」


「病気じゃなくて──自殺」


「……っ」


 じ──自殺?


「そ、そうなのか……あの……ゴメン」


 一気に重たくなった空気を前に、誠司はシュルシュルと縮こまった。


 ヤバい!!

 これ、絶対聞いちゃいけないやつだった!!


 打ち解けるどころか、むしろみぞが深まるようなこと聞いてしまった!!


(でも、まさか、母親が自殺していたなんて……っ)


 なんで、自殺なんかしたんだろう?


 無言のまま、彩葉を盗み見るが、それ以上のことを聞けるわけがなく……


 なにより、こんな話をしても、顔色を一つ変えない彩葉に、誠司は、釈然しゃくぜんとしない気持ちになった。


 まるで感情が欠落しているように、喜怒哀楽を、あまりあらわにしない彩葉。


 同じ片親で、同じように親を亡くしているのに、そこには、なんとも言えない溝があるように感じた。


(彩葉も、母親が亡くなった時は、泣いたりしたのかな?)


 そんなことを漠然ばくぜんと考えながら、いつもと違う食卓は、ぎこちない空気のまま静かに過ぎていった。

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