第28錠 赤と白

「じゃぁ、セイラが、食べさせて」


「っ…///」


 食べさせて──そう言われた瞬間。セイラは顔を真っ赤にした。


 まさか、食べさせてあげることになるとは思ってなかったのだろう。セイラは箱を手にしたまま、固まってしまい。


「あ…えと、私が?///」


「うん。嫌ならいいけど」


 首をかしげながら、誠司がセイラの顔を覗き込む。


 だが、嫌なはずがない。セイラはそう思うと、箱のラッピングをほどき、ふたをあける。


 中のクッキーをみつめれば、そこには一口サイズのクッキーがたくさん入っていた。ハート型に星型、クマやウサギなどの形をしたクッキーの数々。


 甘いのが苦手な誠司のために、わざわざ甘さ控えめで作ったものだ。


 セイラは、箱の中からハート型のクッキーを一つ手に取ると、それを誠司の口元に運ぶ。


「ん…っ」


 口を開けて、誠司がそれをパクッと口に含むと、誠司の唇が、セイラの指先に触れた。


 柔らかい唇の感触が、鮮明に伝わってきて、セイラは誠司の口の中でクッキーが、サクッと砕ける音を聞きつつ、慌てて、手を引っ込めた。


「あっ、あの……どうかな!?///」


「うん。スゲー美味い!」


「ほんと? 甘すぎたりしない?」


「うん。丁度いい! 俺、セイラの作ったお菓子ならいくらでも食えそう!」


「よかった~。あ、あとね」


 するとセイラは、今度はデスクの上から紙袋を取り、また誠司の前に戻って来た。


「はい!」


 そして、その袋の中からマフラーを取り出すと、誠司の首にふわりと巻き付ける。


 突然のことに唖然あぜんとしつつも、誠司が、そのマフラーに触れる。メリヤス編みで編まれた赤いマフラーは、毛糸のしつがいいのか、とても肌触りが良かった。


「っ……これ」


「この先、寒くなるし、プレゼントに丁度いいかなと思って。長さ、大丈夫かな?」


「長さ……って、まさか手編み!?」


「ぅ、うん。夏前から、少しずつ編んでたの」


「……っ」


 クッキー以外にもプレゼントがあるのに驚いたが、まさか、自分のために、わざわざマフラーを編んでくれていたなんて!


 それが、あまりにも嬉しくて、誠司はセイラ細い身体を、ぎゅっと抱きしめる。


「ありがとう、セイラ! つーか、こんなの用意してるとか、反則だろッ」


 頬を赤くしつつも、嬉しそうにする誠司。


 それを見て、セイラも誠司の服を掴み、その身体にぎゅっと抱きついた。


 先週、遊園地で、誠司に酷いことをしてしまった。


 誠司が望んでいることに、全く答えてあげられなかった。それなのに、誠司はまた、こうして抱きしめてくれる。


 まだ、私のことを、好きでいてくれる──


「誠司、大好き……っ」


(可愛い…っ///)


 抱き着き、セイラが呟けば、誠司は早まる心臓の音を必死になって押さえ込む。


 誰もいない家に、二人っきり。


 その上、こんなに可愛いらしいことを言われたら、さすがの誠司も落ち着いてはいられなかった。


 ていうか、これ漫画だったら、絶対にキスする流れだ!?


(いやいや、落ち着け。雰囲気に負けるな…だいたい俺、この前、待つって言ったし!)


「ふふ。やっぱり誠司は、赤いマフラーが似合うね?」


「え?」


 すると、今度は、セイラがふわりと笑って、そう言って、その言葉に、高まった熱も少しは落ち着いたらしい。誠司は、気持ちを切り替えながら、いつも通りの返事をかえす。


「そうか?」


「うん。なんか誠司って『赤』って感じ」


「赤かぁ。じゃぁ俺が『赤』なら、セイラは『白』って感じだな?」


「白?」


「うん。セイラは清楚で純粋そうだって、俺の友達みんないってる。なんか、ほんと真っ白って感じ!」


 穏やかで、優しくて、そばにいると、心が浄化されていくような、そんな、真っ白な女の子。


 だからこそ余計に、もう、泣かせたくないと思ってしまう。


「……そんなことないよ。私は、真っ白なんかじゃ…っ」


「え?」


 だが、セイラが、その後、消え入るような声を発して


「なんだ? なんか言ったか?」


「うんん。……そうだ、今日はごめんね、引越し中だったのに」


「何言ってんだよ。まず、誕生日に引越し計画すんのがおかしいだろ! それに、俺が手伝うことなんて、もう、ほとんどなかったよ。彩葉の部屋、手伝ってやろうと思ったけど、やることなかったみたいだし」


(……イロハ? 誠司、イロハさんのこと、呼び捨てで呼んでるの?)


 不意に発せられた言葉に、思わず息がつまった。


 胸の奥に宿った小さな不安。


 なんでも優子の再婚相手には連れ子がいて、その連れ子が、誠司と同い年のらしい。


 なにより、学校でうわさされていた「イロハさん」はとても美人だと評判で、そんな人が、今日から誠司の義妹いもうとになる。


 なら、別に呼び捨てで呼んでいてもおかしくはないし、呼び捨てにできるくらいに、誠司とイロハさんの仲は、良好なのかもしれない。


(そっか……誠司、今日から、女の子と一緒に暮らすんだ…っ)


 こんなこと思ってはいけないのに、嫌だと思ってしまった自分がいて、セイラは、その不安をかき消したいばかりに、誠司のTシャツの裾を、ぎゅっと掴んだ。


 離れていってほしくない。


 でも、美人な女の子と一緒に暮らし始めたら、少しくらい意識してしまうかもしれない。


 今は、自分のことを好きでいてくれても、いつか、変わってしまうかもしれない。


 それに、キス一つさせてあげられない自分には

 言葉でしか愛を伝えられない自分には


 誠司の心を、いつまでも繋ぎ止めておくことなんて……


「セイラ」

「わっ!?」


 だが、考え事をしていたセイラを、誠司は再び抱きよせた。セイラが驚きつつ、その胸に身をゆだねると、誠司はとても穏やかな声で話し始める。


「セイラ。俺、今日セイラに会えてよかった。クッキーもマフラーもありがとう。俺、これからもずっと、セイラと誕生日を祝いたい」


「……」


 誠司の胸に顔をうずめているからか、言葉と同時に、心臓の音がトクトクと響いた。


 その規則正しい音に、すごく安心して、セイラは目を閉じ、誠司に言葉を返す。


「うん……私も誠司と、ずっと一緒にいたい…っ」


 来年も、再来年も。


 どうか、誠司と一緒に、誕生日を祝えますように……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る