第26錠 秘密


 10月6日、土曜日──


 その日、誠司の家では、朝から引越し作業が行われていた。


 引越し業者のトラックから一通りの荷物を運び出すと、葉一よういち彩葉いろはの荷物を、それぞれの部屋へと運ぶ。


「誠司、これが最後だって。彩葉ちゃんの部屋に持っていって~」


 すると、玄関先に積まれた数箱のダンボールを指差し、優子が声をかけてきた。


 どうやら、やっと終わりが見えてきたらしい。


 誠司は、その中のダンボールを一箱かかえると、彩葉の部屋まで歩き出した。


 『衣類』と整った字で書かれたダンボールは、特段、重くもなく、誠司は、軽々と階段を上り、彩葉の部屋までやってくる。


「彩葉ー。これで最後だって」

「あー、そこ置いといて」


 すると、中では、彩葉が荷解にほどきをしていた。


 こちらに振り向くことなく、床に座り、ダンボールから荷物を取り出す彩葉。

 

 そして、無愛想ぶあいそうに返事をした彩葉の背を見つめたあと、誠司は、部屋の中をぐるりと見回す。


 そこは、誠司の部屋と同じ、6帖の洋室だった。一般的な子供部屋と変わらず、窓とクローゼットが付いているだけの簡素かんそな部屋。


 だが、ずっとき部屋だったこの部屋に、デスクやベッドなどが運び込まれたからか、大分、部屋らしくなっていた。


(そっか……俺、義兄弟きょうだいできたのか)


 そして、しみじみと思う。


 一人っ子だったからか、誠司は、兄弟にあこがれたことがあった。


 ずっと空いている隣の部屋に、もし兄弟がいたら?


 そんなことを想像し、物思いにふけることもあった。


 だが、その夢が、まさか親の再婚という形で叶うなんて──


「おい。あんまり人の部屋をジロジロ見るなよ。気持ち悪い」


「………」


 だが、感慨深かんがいぶかくなりつつも、またもや彩葉から辛辣しんらつな言葉が飛び出して、誠司は眉をひそめた。


 確かに兄弟には憧れていた。


 だが、まさか、その兄弟が、こんなに憎たらしいやつだったとは?!


「お前、やっぱ俺と仲良くする気ねーだろ! 手伝ってやってんだから、もっと愛想よくできねーのかよ!?」


「手伝いはいらない。それに、前にもいったけど、俺の部屋には入るなよ」


 するどにらみつけられたかと思えば、再度忠告された。


 それは、初めてあった時にも言われた言葉だ。

 まぁ、あの時は『入ったら殺す』とまで言われたけど!


(そんなに嫌なのかよ?)


 だが、不意に、何故そこまでこばむのかと、誠司は疑問を抱く。


 別に人の部屋だし、入ろうとは思わないが、入るなと言われると、ちょっと気になるのも確かで。


「なんで、そんなに入られたくねーんだよ。見られたくないものでもあるのか?」


「…………」


 すると、その誠司の言葉に、彩葉は作業していた手をピタリと止めた。


 そして、二人の間には、しばらく無言の時間が過ぎ去る。


 なにより、それは、まるで肯定こうていしているようにも見えて──


「え?! マジであるのか!?」


「つーか、お前はないの? 見られちゃ困るもの?」


「え?」


 だが、逆に問われ、誠司は、はたと気づく。


 ──見られちゃ困るもの?


 確かに、ない訳では無いし、部屋に勝手に入って欲しくないのは、自分だって同じだ。


 そう思うも、誠司は二の句がつげなくなり


「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ? 親しくないけど」


「じゃぁ、親しくなる努力をしろよ!? つーか、お前は一言、余計なんだよ!?」


「うるさい。とにかく、手伝いはいらない。もうすぐ終わるし。手伝いたいなら、父さんの方、手伝ってやって」


「あーあー! そうするよ!」


 すると、誠司は扉をバタンと閉め、彩葉の部屋から出ていった。


「…………」


 そして、一人になった彩葉は、荷解きを再開しながら、一人物思いにふける。


 葉一とマンションに2人で暮らしていた時は、父だけ気をつけていたらよかった。


 だが、新しく家族が増えた今、注意しなくてならない相手は3人に増えた。


 ハッキリいって、再婚なんてして欲しくなかった。


 彩葉にとって、それは、ただ厄介事が増えただけだった。


(……気をつけないとな。を売ってるなんて知られたら、厄介やっかいだし)


 部屋に入るなと言ったのも、誠司に素っ気ない態度を取るのも、全ては、そのリスクを減らすためだった。


 なんとしても、バレるわけにはいかない。


 ──ピコン!


「?」


 だが、その瞬間、デスクの上に置いていた、スマホが小さく通知音を鳴らした。


 今度はなんだと、スマホをとれば、どうやらまたのメールらしい。


──────────────────


 彩葉~!引越し、ご苦労さん!


 20代の女性客1名。

 今夜少しだけ、時間あけられない?


 山根


──────────────────



「……っ」


 そして『またか…』と、彩葉は眉をひそめる。


 引越しがあるし、お祝いだってある。今日は無理だとあれだけ言ったのにも関わらず、この有様。


 彩葉は苛立ちつつも、そのメールに返事を返す。



───────────────────


 あんた、アホだろ

 ねーよ、時間なんて。他のやつに頼め


 彩葉


───────────────────


 すると、その後、またすぐに


───────────────────


 分かったから、怒らないで~(TдT)


 あと、家族にバレないように

 気をつけろよ~


  山根


───────────────────


 と、年甲斐もなく、顔文字まで付けて返信が返ってきた。このオッサンのメールは、いちいちイラつく。


「……はぁ」


 すると、彩葉は、スマホを握りしめたまま、深くため息をついた。


 そして、メールに書かれていた『バレないように』の文字。


「なら、仕事減らせよ……っ」


 バレないようにするには、仕事をセーブした方がいい。それに、家族が増えた手前、あまり夜遅くまで出歩くのも考えものだった。


 のちのち、あの誠司と同じ高校に通うことになるし、それなら、今後は、土日を中心に客を取るようにして、遅くとも、夜8時までには帰宅しないと、余計な詮索せんさくをされかねない。


 だが、実際は、そう簡単なものでもなかった。

 基本的に社会人の相手をするなら、夜の呼び出しも多い。


 仕事が終わった5時以降。

 それに、今まで掴んできた顧客こきゃくもいるわけで……


(……バレないように、か)


 その言葉が、重くのしかかると、彩葉は再度、ため息をついた。


「彩葉ちゃーん!!」

「!?」


 だが、その直後、突然、部屋の扉が開いたか思えば、優子が満面の笑みで顔を出した。


「ねぇ、彩葉ちゃん! 今夜は、お寿司とろうと思うんだけど、彩葉ちゃんはワサビ大丈夫?」


「…………」


 年頃の男子の部屋に、ノックもせず入ってきた母親の姿。それを見て、彩葉は呆気あっけに取られた。


「ぁ…えと……大丈夫」


 だが、ワサビが、どうこういう問いに、答えないわけにもいかず、彩葉が困惑しながも応えれば、優子は、またにっこりと笑って


「じゃぁ、ワサビ入りでも大丈夫ね! 彩葉ちゃん、甘党だって聞いたから、辛いのダメだったらどうしよーと思って!」


「……そ、そう。それより、俺の部屋には勝手に入らないでって、朝いったよね? あと、せめてノックくらいして」


「あ!そうだった!ごめんなさい! いつも、誠司の部屋には勝手にはいっちゃうから、つい」


「………」


 そう言って謝る優子をみつめ、彩葉は思う。


 はっきりいって、この天然の母親が、一番厄介かもしれない──と。


 そして、この家で、あの仕事をバレないように続けていくことに関して、彩葉は、不安を抱かずにはいられなかったとか?

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