【第3章】同居

第24錠 イロハちゃんとセイラ


「で! どうだったんだよ、誠司!!」


 学校が終わった放課後。友人達と近くのハンバーガーショップに寄った誠司は、セイラとのキスがどうなったのかを、翔真しょうまをはじめとした、山田と安西に問いだたされていた。


「ちゅーしたのか!?」


「もしくは、イくてこまでイった!?」


「お前らなぁ! ストレートすぎんだろ?! つーか、もう少し声落とせ!」


 4人がけのテーブルで、いきなり放たれる卑猥ひわいな内容に、誠司は口元を引きらせた。


 翔真に『次のデートで、響とキスしてこい』と言われていた誠司。だが、その翔真からの課題を、誠司は果たすことができず…


「で、結局、出来なかったわけか?」


「……っ」


 そして、隣の席から放たれた翔真の言葉に、誠司はバツが悪そうに目をそらす。


「俺たちだって、色々あるんだよ」


「はぁ!? 誠司、お前、それでも男かよ?! キスくらい勢いでいけよ!」


「そうだ、そうだ! もう強引にいっちまえばよかったのに!」


 チクチクと発せられる罵詈雑言ばりぞうごんの数々。もはや、男として情けないとまでいわれ、誠司は返す言葉もなかった。


 だが、あのように泣かれてしまったのだ。

 強引になんて出来ないし、なにより、したくもない。


「いいんだよ。俺達はこれで」


 その後、小さく息をつき、誠司はカップに入った炭酸飲料を喉に流し込んだ。


「でも、何も無かったってことは、響は、まだってことかー!」


「ぶっ!?」


 瞬間、予期せぬ言葉が聞こえてきて、誠司はむせ返る。


「~~ッ、お前は、人の彼女捕まえて、なんて話をしてんだ!?」


「だってー、俺ら、とっくに誠司とシちゃってると思ってたからさー。まさかここに来て、キスすらしてないなんて」


「わかるわー。つまりセイラちゃんは、身も心も清楚で純粋なままってわけだな♡」


「その言い方やめろ。つか、彼氏を目の前にしてよく言えるな!」


「いやー、だって誠司だし!」


「どういう意味だ!?」


「いやいや、悪い意味じゃねーよ。あ、キス出来なかったんだから、誠司、飯おごれよ!」


「はぁ!? つーか、俺、あさって誕生日なんだけど!? お前らがおごれよ!?」


 声を荒らげる誠司を前に、向かいに座る山田と安西は『ぎゃはははは』と、豪快ごうかいに高笑いをする。


「てか、お前ら、うるせー」


 すると、騒ぐ友人をたしなめつつ、翔真が声をあげた。


「それより、誠司。誕生日もだけど、あさってだろ。イロハちゃんが、引越してくるの」


「…………」


 すると、翔真のその言葉に、誠司は身を硬くする。


 そうなのだ。実はあさっての誠司の誕生日に、葉一と彩葉が引っ越してくる。


 コレも全て、母の優子が


『引越祝いと、結婚祝いと、誠司の誕生日、みんな、まとめてやりましょ~♪』


 なんて言って、わざわざ誕生日の日に、引越なんて計画したからだ。


 しかも、今、目の前にいる友人達は、その彩葉のことを、男ではなく『同い年の妹』だと思っているわけで…


「マジかよ! ついに一緒に暮らすのか、イロハちゃんと!」


「くっそ! 美人の妹とかうらやましー! なんで誠司ばっか!」


 想像上の『美少女・イロハちゃん』の妄想を繰り広げる山田と安西が、誠司をみて、悔しそうにする。


 だが、こちらから言わせれば、むしろ呪われているようなものだ。


 だって、なんだから。


 しかも、なんか怪しいことしてたし、めちゃくちゃ、犯罪臭ただよってた!!


 だが、このまま彩葉を『女の子』にしておく訳にもいかず、誠司は笑われる覚悟で、打ち明けることにした。


「あ、あのさ、その事なんだけど……」


「あ! 引っ越しするなら、兄としての株あげるチャンスじゃね!」


「あー重い荷物、軽々と持ってあげたりとかして!」


「そうそう! それで『お兄ちゃん、カッコいい♡』みたいな、胸キュン展開が始まると」


「あー! ある! 絶対ある!!」


 だが、ひたすら楽しく妄想を繰り広げる友人達を見て誠司は


(っ……ダメだ。これ、絶対言えない)


 結局、その後も、彩葉が男だと告げることはできなかった。



 *


 *


 *



 誠司が友人達と、楽しんでいる頃、誠司の母である優子ゆうこは一人、墓地へと向かっていた。


 自宅から、15分ほどの距離にある霊園。


 途中、花を買い、近くの駐車場に車を停めると、花と線香を手に、早坂家の墓に向かう。


 10月初旬の夕方は、まだ暖かかった。


 少しずっと紅葉が色づき始める中、夕日に照らされた墓地は、とても静かで、優子の心を、切ない気持ちに導く。


 なにより、今日、優子が、ここに訪れたのは、7年前に亡くなった優子の夫『早坂はやさか 慎司しんじ』の墓参りをするためだった。


 がんで、若くして亡くなった夫。例え、再婚しても、きっと一生、彼のことを忘れることはないだろう。


「……あら?」


 だが、夫が眠る墓が見えてきた瞬間、その墓の前に、男性が一人立っているのに気づいた。


 背の高い、凛々しい顔つきをした40代くらいの男性。そして、薄手のコートをきたその男性が、誰だかわかった瞬間、優子は声をかける。


「あの……もしかして、たちばなさんですか?」


「?」


 名前を呼ばれて、男が顔を向ける。


 もう、何年と会っていないが、その男は、夫である慎司が警視庁にいた頃、共に警察官として働いていた男だった。

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