第21錠 あの頃


 陽がかたむき始めた、夕方4時頃。隼人と別れた誠司とセイラは、またパーク内をブラブラと歩いていた。


 入場前に言ったセイラのワガママは、全て叶えた。


 そして、誠司は、オレンジ色に変わり始めた空を見つめながら、このあとどうするかを考える。


 帰りの電車などの時刻を考えると、もう、そろそろ帰らなくてはならない時間なのだが……


「ねぇ、誠司」

「ん?」


 すると、誠司の横を歩いていたセイラが、たち止まり誠司を呼び止めた。


 一歩後ろで、なにやら不安そうな顔をしたセイラを見て、誠司は、無言のままセイラを見つめる。


「あの……もうすぐ、帰らなきゃいけないけど……その、誠司のワガママって……っ」


「………」


 そして、そう聞かれた瞬間、また、翔真しょうまの言葉が過ぎった。


 『次のデートでキスしてこい』


 それは、ずっと言わずに来た、ワガママ。


 ただ一言『キスをしていいか?』と問うだけなのに、その一言が、なかなか出てこない。


「誠司?」


 すると、何も言わない誠司に、セイラが、戸惑いの表情を浮かべた。


 内緒にしてしまったことで、不安にさせてしまったのか、せっかく遊園地に来たのに、好きな子を困らせてばかりいる自分に、誠司は苦笑する。


「──セイラ」


 すると、誠司は、再び恋人の名を呼び、向き直る。


 視線が合わさると、セイラ長い睫毛まつげが揺れて、秋の風が髪をさらった。


 触れたい気持ち。

 先に進みたい気持ち。


 そんな気持ちは、確かにある。


 だけど、その気持ちを、何もかも押さえ込み、つむいだ言葉は


「セイラ。俺……お前と、に乗りたい」


「え? 観覧車?」


 すると、その言葉をきいて、セイラが瞳を見開いた。


 『キス』のことを問わなかったのは、逃げ道を塞ぎたくなかったから。


 セイラを、困らせたくないとおもったから。


「初めて、デートした時のこと覚えてるか?」


「……え?」


 すると誠司が、またいつものように笑って、セイラは、その言葉に、二人が付き合い始めた頃のことことをおもいだした。


 中学3年の秋。


 まだ手を繋くことすらできなかったころ、始めてデートしたこの場所が、このラビットランドだった。


「あの時、セイラ、観覧車に乗りたいっていってたけど、工事中で、乗れなかっただろ。だから、二年ごしのリベンジ!」


 そう言えば、そんなことがあった。


 それに、こうして二人きりで遊園地に来たのは、まだ二回目なのだと、セイラは驚いた。


「そんな昔のこと、まだ覚えてたんだ?」


「……わりーかよ。で? 俺のワガママ聞いてくれんの?」


「……」


 それは、本当に誠司が望んでいるワガママなのか、疑わしいところだった。


 誠司が望んでいることを、セイラは何となく理解していた。


 誠司は、今の二人の関係を変えようとしてる。

 この先の、もっと『深い関係』をもとめてる。


 なのに、観覧車だなんて言って、本心を隠したのは、誠司の優しさによるものだ。


 私が困らないように、私が、叶えられるワガママを言ってくれた。


(……あの頃と、変わらないね)


 すると、セイラは、そっと誠司の手を取った。


 あの頃よりも、大きくなった手。


 声も少し低くなって


 あまり変わらなかったはずの身長は


 いつしか、見上げるくらいの差がついていた。




 だけど、それでも



 それでと誠司は、変わらずに、優しい──…



「セイラ?」

「──っ」


 瞬間、触れた手を、ぎゅっと握り返されて、微かに心臓が高鳴った。


 大丈夫、あの頃と変わらない。


 「誠司」は「誠司」のまま。


 だから──



「ぅん……私も、誠司と二人で、観覧車に乗りたい」



 だから、ここから先にすすんでも




 きっと、大丈夫だよね?

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