第21錠 あの頃
陽が
入場前に言ったセイラのワガママは、全て叶えた。
そして、誠司は、オレンジ色に変わり始めた空を見つめながら、このあとどうするかを考える。
帰りの電車などの時刻を考えると、もう、そろそろ帰らなくてはならない時間なのだが……
「ねぇ、誠司」
「ん?」
すると、誠司の横を歩いていたセイラが、たち止まり誠司を呼び止めた。
一歩後ろで、なにやら不安そうな顔をしたセイラを見て、誠司は、無言のままセイラを見つめる。
「あの……もうすぐ、帰らなきゃいけないけど……その、誠司のワガママって……っ」
「………」
そして、そう聞かれた瞬間、また、
『次のデートでキスしてこい』
それは、ずっと言わずに来た、ワガママ。
ただ一言『キスをしていいか?』と問うだけなのに、その一言が、なかなか出てこない。
「誠司?」
すると、何も言わない誠司に、セイラが、戸惑いの表情を浮かべた。
内緒にしてしまったことで、不安にさせてしまったのか、せっかく遊園地に来たのに、好きな子を困らせてばかりいる自分に、誠司は苦笑する。
「──セイラ」
すると、誠司は、再び恋人の名を呼び、向き直る。
視線が合わさると、セイラ長い
触れたい気持ち。
先に進みたい気持ち。
そんな気持ちは、確かにある。
だけど、その気持ちを、何もかも押さえ込み、
「セイラ。俺……お前と、観覧車に乗りたい」
「え? 観覧車?」
すると、その言葉をきいて、セイラが瞳を見開いた。
『キス』のことを問わなかったのは、逃げ道を塞ぎたくなかったから。
セイラを、困らせたくないとおもったから。
「初めて、デートした時のこと覚えてるか?」
「……え?」
すると誠司が、またいつものように笑って、セイラは、その言葉に、二人が付き合い始めた頃のことことをおもいだした。
中学3年の秋。
まだ手を繋くことすらできなかったころ、始めてデートしたこの場所が、このラビットランドだった。
「あの時、セイラ、観覧車に乗りたいっていってたけど、工事中で、乗れなかっただろ。だから、二年ごしのリベンジ!」
そう言えば、そんなことがあった。
それに、こうして二人きりで遊園地に来たのは、まだ二回目なのだと、セイラは驚いた。
「そんな昔のこと、まだ覚えてたんだ?」
「……わりーかよ。で? 俺のワガママ聞いてくれんの?」
「……」
それは、本当に誠司が望んでいるワガママなのか、疑わしいところだった。
誠司が望んでいることを、セイラは何となく理解していた。
誠司は、今の二人の関係を変えようとしてる。
この先の、もっと『深い関係』をもとめてる。
なのに、観覧車だなんて言って、本心を隠したのは、誠司の優しさによるものだ。
私が困らないように、私が、叶えられるワガママを言ってくれた。
(……あの頃と、変わらないね)
すると、セイラは、そっと誠司の手を取った。
あの頃よりも、大きくなった手。
声も少し低くなって
あまり変わらなかったはずの身長は
いつしか、見上げるくらいの差がついていた。
だけど、それでも
それでと誠司は、変わらずに、優しい──…
「セイラ?」
「──っ」
瞬間、触れた手を、ぎゅっと握り返されて、微かに心臓が高鳴った。
大丈夫、あの頃と変わらない。
「誠司」は「誠司」のまま。
だから──
「ぅん……私も、誠司と二人で、観覧車に乗りたい」
だから、ここから先にすすんでも
きっと、大丈夫だよね?
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