第19錠 ラビリオ君
「やぁ、こんにちは~!」
その後、誠司に連れられてやってきたのは、関係者以外立ち入ることが出来ない倉庫のような事務所だった。
休憩室として使うその部屋には、事務の女性が1人と、ショーを終えてスポーツドリングを飲みながらくつろいでいる20代から30代くらいの男女が数名。
そして、そのうちの一人。首にタオルをかけた、少し
「こ、こんにちは」
「ほらな。オッサンだろ?」
握手をする二人の横で、誠司が平然と言葉を放つ。
「え? どういうこと?」
「今は着ぐるみ来てねーけど、着たら、ラビリオくんになる」
「どーも。中の人でーす! もう少し早ければなぁ。悪いな、脱いだ後で」
いきなり目の前に現れた、ラビリオ君の中の人!
もちろん、セイラは、中の人に会いたかったわけではない。
「え? 誠司の知り合いなの?」
「知り合いっていうか……隼人兄ちゃんは、俺の
「え!?」
叔父と告げられ、セイラは、改めて男性に目を向ける。すると、その男性は、爽やかな笑顔をむけて、セイラに自己紹介をしてきた。
「はじめまして。誠司の叔父の
「あぁ、隼人兄ちゃん、またハゲげた?」
「ハゲてねーよ」
茶色がかった明るい髪をオールバックにした隼人は、現在35歳。身長は168cm。
男性にしては少し背が低くく、小柄な体格をした隼人は、誠司の母・優子の弟で、誠司の叔父だった。
するとセイラは、叔父だとわかるや否や、慌てて頭を下げる。
「は、初めまして!
「あはは! いいよーいいよー。そんなに改まった挨拶なんてしなくても! 今日は、来てくれてありがとう~」
「隼人兄ちゃん、ここ10年くらいスーツアクターの仕事してるんだよ。ショーとかパレードとかがあるから、大抵はラビリオ君の中にいるけど、ほかにも、デパートのヒーローショーとかにもでてる」
「へー、そうなんだ」
誠司の話を聞いて、セイラは感心する。
「すごいですねー。私、中の人にあったの初めてです」
「褒められることなんてないから、なんか照れるなー」
「でも、ずっと着ぐるみの中にいるなら、未だに独身なんだぜ」
「おい、別に着ぐるみの中にいたから独身なわけじゃねーよ。まだ、運命の子にあえてないだけだから!」
誠司がズバリ暴露すると、隼人が、すぐさまつっこんだ。
そして、その後は、事務所の端にある革製のソファーに腰掛けると、程なくして事務のお姉さんが、お茶をいれてきてくれた。
「澤口君の甥っ子って、こんなに大きいのねー」
「そうっすよ、もう高2」
「へー。でも、澤口くんにはあまりにてないねー。あ。今、休憩時間だから、ゆっくりしていってね」
「「は、はい、ありがとうございます…!」」
セイラと誠司が、声を合わせてお礼を言うと、それから三人は、何気ない雑談を暫く繰り返した。
「やっぱり、着ぐるみの中って暑いですか?」
「あー暑いよー。夏とか、地獄!!」
「へー、そんなにきつい仕事なのに、よく続けられるなー」
「当たり前だろ! なんせこの仕事は、ヒーローになれるんだからな!!」
ぐっと拳を握り目を輝かせる隼人は、年に似合わず、まるで少年のようだった。すると、誠司が呆れ気味に話しかける。
「まだ、そんなこと言ってんの?」
「そんなことはなんだ! 男はいくつになっても、ヒーローに憧れるもんだろ?」
「いや、もう少し現実見ろよ」
「みてたよ、ちゃんと! これでも昔は、警察官になるのが夢だったんだからな!」
「え?」
明るく笑い飛ばしながら発した言葉。誠司はそれを聞いて、はたと目を丸くする。
「警察官?」
「そうそう! セイラちゃんはさ、誠司のお父さんのとこ知ってる?」
「え?」
少しばかり声のトーンを落とし、隼人は、そう問いかけてきた。
誠司の父親──
あまり詳しくは知らないが、7年前に病気で亡くなったと聞いていた。
「誠司の父親の慎司さんはね。警察官だったんだけど」
「そうなの?」
「……あぁ、俺の親父、昔は警視庁に勤務してたんだ。だから、小さい時は桜聖市で暮らしてた」
桜聖市とは、誠司たちが暮らす城星市から、電車で3時間ほど離れたところにある街だ。
もともと、両親の実家は城星市だが、誠司が生まれて、あの家を建ててから暫くたったころ、警視庁への移動が決まり、誠司たちは一家三人で、警視庁に近い桜聖市に数年ほど移り住んでいたことがあった。
「そうだったんだ」
「慎司さん、すごく正義感が強くて優しくて、本当にカッコイイ人だったんだよ」
すると、また隼人が口を挟み
「俺、子供のころめちゃくちゃチビでさ。まー今もチビなんだけど。それで、よくいじめられてたんだ。でもそんな時、よく慎司さんが助けてくれて、俺にとっては本当にヒーローみたいな人だったんだよ」
隼人は昔のことを思い返して、懐かしそうに微笑む。
姉である優子と同級生だった慎司は、正義感にあふれた熱い人だった。
曲がったことが嫌いで、弱い者いじめをする奴は、相手がどんな不良だろうが大男だろうが、臆することなく立ち向かえる男気溢れる人。
そして隼人は、そんな慎司にひどく憧れたものだった。
「だから、慎司さんが警察官になったって聞いて、俺も慎司さんに憧れて、警察官を目指してたんだけど……やっぱ、現実は厳しくてさ!! なれなかったんだよね!? やっぱ一生モブの人生歩む俺に、夢をかなえる力はなくってね!! 夢かなってる人ってマジスゲーよ!! なんで俺モブなんだろ!? できれば、慎司さんみたいなカッコいい男として生まれてきたかった!」
どうやら、見事玉砕し、酷く現実を叩きつけられたらしい。
(なれなかったんだ…)
(試験、落ちたんだな…)
頭を抱える勢いで嘆き悲しむ隼人を見て、セイラと誠司は憐れむような視線を向ける。
今は学生だが、これから誠司たちは、この世界の荒波に飲まれて行かなくてはならないわけで、隼人を見ていると、夢に破れた人はどのくらいいるのだろうか?
ちょっと先が不安になってくる。
「正直、すごくショックでさー。チビで弱かったから余計にヒーローに憧れて、慎司さんのあとばっかり追っかけてたのに、やっぱり俺は、慎司さんみたいなヒーローにはなれないんだって思った。だけど、警官の試験落ちて落ち込んでた時に、慎司さんに言われたんだ。ヒーローは、警察官じゃなくてもなれるだろ…って」
「……」
「その時は、よく意味が分からなかったけど。ニートするわけにもいかなかったし、バイト探してたら、遊園地の仕事があってさ。着ぐるみの中に入って、子供たちの笑顔を見てたら、働いてる人って、みんな何かしらのヒーローなのかなって思えるようになってきて、その時、やっと慎司さんの言葉の意味がわかったんだ。だから、慎司さんが街を守るヒーローなら、俺はみんなを笑顔を振りまく明るいヒーローになろう!っておもったら、だんだんこの仕事が楽しくてなってきて、気が付けばもう10年も続けてた」
がははと豪快に笑う隼人。
その話を聞いて、誠司は父のことを思い出した。
警察官だった父は、急に仕事に行くこともあって、家にはあまりいなかった。
でも、時々時間を見つけては、母と三人で遊園地に連れてきてくれたり、公園でサッカーを教えてくれたりしてくれた。
優しくて頼りがいのある逞しい父。
そんな父は、誠司から見ても自慢の父だった。
でも……
「だけど、そんな慎司さんが、まさか、あんなに早く亡くなるなんてな」
「……」
隼人がボソリと呟いた言葉に、誠司は目を細めた。
父のガンが見つかったのは、今から9年前。
抗がん剤の治療を受けて、何度と手術もしたけど、若いゆえに進行も早く、結局ガンだとわかってから2年後、32歳という若さでなくなった。
生きていたら、今ごろ40歳。
母も再婚なんてすることも、なかっただろう。
「しかし誠司は、また慎司さんに似てきたな~」
「え? そうか?」
「あー、ちっちゃい慎司さん見てる見てー! あ、でも性格は、どうたんだろ? お前、最近丸くなった? 昔は結構ヤンチャしてたよな?」
「うるせー、俺も大人になったんだよ! それより、隼人兄ちゃんこそ、そろそろ彼女作んないとヤバいんじゃねーの? もう35だろ?」
「まだ、35だから! 男はいつでも結婚できるから!」
「相手さえいれば、だろ? 毎年聞いてる」
「あーなんで俺の人生こんなハードモードなんだよ!?しかも、なんで甥っ子にまで先越されてんの!!」
「……」
そして、そんな誠司と隼人の会話に、セイラは静かに耳を傾けていた。
(そっか、誠司は……お父さん似なんだ)
「セイラ?」
「え?」
「どうした? ボーっとして…」
「あ。うんん…仲いいんだね! 叔父さんなのに、なんか兄弟みたい」
「まー…昔よく遊んでくれたし。てか、もう警察官は目指してねーの?」
「あーさすかになー。でも、今はラビリオ君に扮して、日々、人助けに勤しんでる!」
「人助け?」
「そうとも! なんせ、ラビットくんは、ラビットランドのメインキャラクターだぞ! イメージアップのかねて、地味に活動してる。パーク内の平和は俺(ラビリオ君)が守る!!」
「いや、ラビリオ君、クールなんだろ? そんな熱くねーし、イメージ大事にしてやれよ」
「人助けって、何してるんですか?」
「セイラちゃん、いい子だなー。まー荷物持ってあげたり、道案内してあげたりって感じの小さな親切かな~。でも、ショーは吹き替えあるけど、着ぐるみのラビリオ君はしゃべっちゃダメだからさー、なかなかうまくいかない時もあって……」
「なにか、あったんですか?」
セイラが、首をかしげながら隼人を見つめると、隼人はふむっと唸った後。
「実は、数年前に、うちに、金髪碧眼の王子様が紛れ込んだことがあったんだ」
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