第17錠 契約
「それでは、ありがとうございました」
そして、その中で接客を終えた
「帰りの道は、分かりますか?」
「はい、大丈夫です」
「では、またご利用になる際は、遠慮なくご連絡ください。まぁ、連絡は、全てメールでの対応になりますけが……あと、急な呼び出しには、お答えできない場合もありますので」
「はい。わかりました」
「では、お気を付けて」
そして「お客様」が帰ると、彩葉は扉を閉め、深く息をつく。
(はぁ……やっと、終わった)
気だるい身体を動かし、ベッド横のサイドテーブルの前に移動すると、その上に置いていたタブレットPCを手にとりながらベッドに腰掛け、その後、
一通りの仕事が終わったら、上に報告をすることになっていた。
彩葉は、慣れた手つきでカタカタとキーボードを打ち、客の情報を入力していく。
ヴーヴー…!
「?」
すると、その瞬間、内ポケットに入れていたスマホが、ブルブルと振動しだした。
長めの振動に、電話が来たのだと分かると、彩葉はキーボードを打つ手を止め、変わりにスマホを手に取った。
「はい」
『よぉ、彩葉ー。どうよ、そっちの方は?』
電話口で響いたのは、少し
彩葉は、その声を聞いて、たちまち顔を曇らせると、少しぶっきらぼうな言葉を返す。
「どうって?」
『お客さん、帰った?』
「あー…今、終わったとこ」
『そーか。なら、今から、もう一件頼むわ!』
「は?」
だが、その言葉を聞いて、彩葉は不機嫌そうな言葉を放つ。
「ふざけんなよ、この前も言っただろ。親が再婚して引っ越すから、しばらく忙しいって!」
『あー、
「どこがだよ。放課後も土日も、ひっきりなしに連絡入れてくるくせに」
『仕方ねーじゃん! お前を指名する客が多いんだから』
「つーか、学校行って、客に会って、引っ越しの準備って、俺マジで休む
『あはは。なら、学校なんて、やめちまえよ! 進路なんて気にしなくても、このまま、ずっと、うちで働けばいいし!』
「……っ」
うちで働けば──その言葉に、彩葉はぐっと息をつめた。心に黒いモヤがかかって、先の言葉が、なかなか出てこない。
このまま、ずっと……?
「ねぇ、俺の借金…あと、どのくらい残ってんの?」
『………』
小さく問いかければ、その言葉に、電話先の男が、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
『あれれー? どうしたのー? 今までそんなこと聞いてきたことなかったのにー』
「俺は何度も聞いてるよ。でも、そっちが、はぐらかすんだろ」
『ちゃんと完済したら、教えてやるっていっただろ? とりあえず、今から客データ転送するから、ちゃんと確認しとけよ!』
そういって、逃げるように電話を切られたあと、一分もしないうちに、客のデータが送られてきた。
受信マークの着いたメールボックスをクリックし、送られてきたメールの内容を確認する。
すると、そのメールには、
────────────────────
彩葉、ご指名だってー♪
松田和彦様、33歳。男性。
待ち合わせ時間は、18時希望。
場所は、またメールで確認よろ!
あと、新規のお客様だから
サービスしてあげてね~( ^ω^ )
山根
P.S. 変わった性癖をお持ちとの情報あり。
スタンガン忘れずに持ってけよ!
─────────────────────
不愉快な文字の
(また新規? しかも、男かよ…っ)
先程の近藤もそうだったが、新規の客は何かとめんどくさい。しかも、P.S.の内容が
「はぁ……っ」
瞬間、彩葉はドサッと、ベッドの上に倒れ込むと、その後、タブレットPCをベッド上に放り投げた。
気分が悪い。疲れた。
なのに、また今夜も……?
「このまま、一生、飼い殺されそう…っ」
先が見えない。
いったい、いつまで、こんなことを続ければいいのだろう?
『お前さん、なかなかいい顔してるなー』
すると、その瞬間、幼い日の光景が、脳裏に蘇った。
『これなら沢山、客を取れそうだ』
『ん……客?』
『あぁ、あと数年もすれば──』
『っ、痛い…っ』
『あはは、痛いか。よし、彩葉。お前さんの願い、俺が叶えてやろう』
『……願い?』
『あぁ…俺が、お前の父親を治してやろう』
あの日、交わした、あの男との契約。
それは、終わりの見えない悪魔との契約だった。
いつまで、続ければいい?
どれだけ「色」を売れば
俺は……自由になれる?
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