最終話 二人は一つに
次期皇帝になるはずだった『貨の王』ガシェールムは死んだ。
情報は意図的にエルナール軍へリークされた。
帝位を承認するのと引き替えに地峡地帯の割譲を受ける密約を結んでいたエルナール軍は、罠にはまって大損害を被ったこともあってか、ここに留まる理由もないと波が引くように撤退していった。国王を失ったが、先方も魔皇帝暗殺など企てていたのだから、おあいこだろう。
ロクサーナに対する排除の危機は除かれた。
彼女が帰還したことにより、帝国はロクサーナが新たな皇帝として体制作りをしていくという方向でまとまりそうだ。
彼女を補弼する四人の『王』については、様々な生産業を担う『棍の王』はアルドが留任、『剣の王』にはなんとメフルが内定した。『貨の王』と『杯の王』はゴタゴタが落ち着くまで空位となるそうだ。
ガシェールム討伐から一夜明けて。
「カイ!」
バルコニーから前庭の復旧作業をぼうっと見ていると、ロクサーナがやってきた。ピンクの髪にミントグリーンの膝丈ドレスが甘やかで涼しげだ。若干疲れた様子を見せていたロクサーナだったが、近付いてくるにつれてその影は消えていった。
「ロクサーナ、後始末の方はどうだい?」
「ええ。色々難しいです」
後始末といっても、ガシェールムとモルサルの配下に対する処分についてが当面の課題だ。その後はエルナールとの戦後処理、東の地峡地帯の向こうにある国々に対する対応と、難題が山積みだ。これから国のトップに立とうというロクサーナには、大変な苦労がのし掛かるに違いない。
「でも、メフルやアルドや……色々な人が助けてくれるので、何とかやれそうな気がします」
ロクサーナが俺の隣に立ち、俺の真似をしてバルコニーに頬杖を突く。
「カイは……これからどうするのです?」
「俺? 俺かぁ……」
いざ自分は、と問われると、とくにヴィジョンは浮かんでこないことに気づいた。ロクサーナを救うことはできた。さて、俺はこれからどうしようか……
「元の世界に帰れなくなっちゃったからなぁ……エルナールに戻るわけにもいかないし」
「じゃ、じゃあ……」
「ん?」
ロクサーナが捲し立ててくる。急なハイテンションに視線を向けると、彼女は急に耳まで赤くなってそっぽを向いてしまった。
「何?」
「あ……あの……」
ロクサーナはしばらくごにょごにょ言っていたが、深呼吸を一つすると今度は俺のことをじっと見つめてきた。
「わたくしと一緒に、この国の行く末を見守ってくれませんか?」
「え? それって……」
「あっ……あわわ……きゃっ」
焦ってバックするロクサーナの踵が床に引っ掛かる。
「危ない!」
すんでのところでロクサーナの手を握り、転ぶのを食い止めた。
「あはは……また助けられちゃいましたね」
「いいんだ……よ……」
俺を見上げる金色の瞳があまりにも澄んでいて、言葉が詰まる。
掴んだ手はとても細くて、白い――
「あ、そう言えば」
ずっと首に掛けていた指輪を外し、ロクサーナの左手の薬指に填める。
「これ……本当にロクサーナのだったんだ」
「だから言ったではありませんか……え、ゆ……指輪を……⁉」
言い掛けたロクサーナの顔が、またバラのように真っ赤になった。
「ど……どうしたロクサーナ⁉ 俺、何かガファス的に失礼なことでもしたか?」
ロクサーナは暫く俯いてふるふると震えていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「ガファスでは……渡した指輪を相手が持ち主に填めてあげるということは、け……結婚の約束でして……」
「ええっ⁉」
彼女の言葉は、俺の顔の血液を沸騰させた。
「その……知らなくて! いっそなし崩しで実現してほしいけどごめん!」
「いえ! わたくしこそ、大切なことをお教えしていなくて! そうなったら嬉しいですけど何かごめんなさい!」
「え?」
「え?」
互いにはっとして息を飲む。
台詞は被っていたが、相手の言ったことだけははっきりと耳に届いていた。
いたずらっ子のような表情だったロクサーナの瞳が、いつになく真剣な色を湛えている。いや、いままでずっとロクサーナは真剣だった。真剣に生きてきた人だ。
「ロクサーナ……」
「わたくしがこれから取り組まねばならないことは、今まで以上に大変になっていくと思うのです。だから、これからも……わたくしのことを近くで見守ってくれると嬉しいな、と……」
その言葉はか弱くても、その声は波乱の未来に立ち向かう強さが感じられた。もう
「……もしかしたら、わたくしもあなたを支えられるときがあるかも知れません」
見上げるロクサーナの瞳が、俺の心を貫く。
その言葉だけで、俺の喪失感が洗い流されていくのを感じた。
「俺……こっちの世界に来て、『勇者としての戦力』じゃなくて、人として俺のことを必要としてくれたのって、ロクサーナが初めてだったんだ。だから、君の願いには人として全力で応えたい」
「カイ……」
「俺でよければ……これからもよろしく頼むよ」
「あなたでなくてはだめです」
繋いだ手を引き寄せ、ロクサーナを立たせる。
一瞬だけ見開くロクサーナ。彼女は慣性のまま俺に胸を寄せた。見上げたロクサーナの表情はとても満ち足りていて、希望に溢れていた。
彼女の瞳が閉じられる。
何のサインかは直感で理解した。その儀式で何を覚悟すべきかもわかっている。
俺は自分の思いと決意を伝えるべく、ロクサーナと唇を重ねた。
俺は……過去を心の奥底にある宝箱にしまい込み、未来への脚本を綴っていくことにした。
この世界で、この人と、もう一度舞台の幕が開く――
(了)
脱獄! リビルド勇者 ~地位も名誉もヒロインも敵地で見つけることにした~ 近藤銀竹 @-459fahrenheit
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