第32話 ビンボー貴族と森の魔女 その②
「そんな訳で困ってます」
「恋愛相談されてものう」
魔女っ娘はカップにハーブティーを注ぎながら、私の言葉に苦み走った顔をする。
そういわれても相談相手が他におらん。
というか味方が誰もおらん。
「今、お主はこの国の王とつながりがあるんじゃろ。テキトーなところの貴族にロクサーヌ嬢を、形ばかりの養女としてやって、妻として迎え入れる。どうじゃ」
「いえ、体面の問題だけじゃないんですけど」
私の気持ちが嫌だと言っているのだ。
何度も繰り返すが、娘としてしか見れない。
「そう言われてものう……。誰しもが言うように、ロクサーヌ嬢を嫁として迎え入れるのがベストと言うか、責任取ってやれと言いたい」
「畜生、貴女もその意見か」
本当に味方が誰もいない。
私はカップに注がれたハーブティーを口に含む。
熱い。
ほんのりと顔が朱色に染まる。
「ロクサーヌ嬢の恋心がお主に向かっていると判っている以上、当たり前の結論じゃろうが」
「そりゃ私も好意を向けられているのが判らんほど、鈍くはないですけどね」
だからと言って、娘に性欲は湧かない。
無理があるという物だから、理解して欲しい。
「まあいいわい。今月分の飴玉よこせ」
「はい」
私はゼスティからせしめた飴玉50個を魔女っ娘に渡す。
……魔女っ娘。
「そういえば、お名前何なんですか」
「今更かい。名前、えーと」
まさか自分の名前忘れたとか言いださんよな、このボケ魔女っ娘。
というか、本当に何で森の中に300年も居たんだか。
「メアリー、じゃな、確か。うん、メアリーでよい」
「何で自信無さげ何です。実は名前の綴りは同じでもマリーだったとかのオチじゃないでしょうね」
「煩いのう……名乗りを上げるのも300年ぶりだから思いだすのに時間がかかった」
やっぱり、忘れかけてたんじゃねえかこのボケ魔女っ娘。
「今後はそうお呼びしますよ。で、メアリー。何故ここに――この森に居るのか思いだせましたか」
「思いだすもなにもそんな努力しとらん。ワシはこのままでよい」
ズ、と音を軽く立ててハーブティーを啜るメアリー。
その姿はどう見ても10歳児だ。
「気になったりはしないものなんですか?」
「気にならないと言えば嘘になるが、わざわざ人との接触を避けてこの森に引きこもったんじゃぞ。よほどの覚悟があっての事じゃと思う」
まあ、それはそうだろうが。
だからこそ気になる。
森を与えるという盟約を結んだというグズタフ家について調べたが、既に家系が絶えていた。
一度、アルバート王の耳にも入れておくか。
何か変な魔女がいる(害無し)という、よくわからん報告になるが。
「お前、急に黙って何考えとるんじゃ」
「貴女の事を王に報告するかどうかです」
「別に報告しても構わん、というか報告義務があるだろうからそれはよいがの」
メアリーが、ハーブティーの最期の一啜りを終えて呟く。
「それで何か問題が起こってもワシは関知せんからの。いや、関知というか無視するからの」
「問題?」
「森から出て行けとかアカデミーに出頭しろとかそういう指示が出ても知らんと言うことじゃ」
まあ、ここに好きで300年も住んでるんだ。
今更世俗に関与したくないということか。
「判りました。そうなるように取り計らいますよ」
「そうしろ」
私はメアリーの意見を受け入れながら、ドアの方にふと気配を感じた。
コンコン、とノックの音。
「入ってよいぞ」
「お邪魔します」
どこかで見た顔――というか、ギルドマスターのスズナリ殿だった。
「あれ、なんでこんな森の中にスズナリ殿が?」
「何で、はこっちの台詞なのだが」
何故カーライル殿がこんなところに?
そんな表情で、メアリーを見るスズナリ殿。
「何じゃ、お前ら知り合いか」
「知り合いと言うか、将来の主従関係にあると言いますか」
将来の王様である。
「勝手に人を主に見立てるな」
スズナリ殿がそれに反論しながら、メアリーに深々と礼をする。
「本日は面会に応じて頂き、有難うございます。『名もなき魔女』殿」
「かまわん。どうせ暇じゃしな」
うん?
スズナリ殿がメアリーに礼儀正しく挨拶をしている。
何でまたこんなボケ魔女っ娘相手に。
それに『名もなき魔女』って何だ。
「……300年前の件について相談に上がりました」
「良いぞ。カーライルはもう帰れ。ここから先は秘密の話じゃ」
そのままボケ魔女っ娘に帰るように促される。
まあ300年も前の知識が貴重なのは判るが。
ボケてて忘れてるんじゃないかなあ、コイツ。
そう思うが、スズナリ殿の顔は真剣だ。
とりあえず邪魔しないでおこう。
「それでは、私はこの場で失礼いたします」
メアリーとスズナリ殿に頭を下げ、森の中央部にポツンと立っているボロボロの一軒家を後にした。
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