第31話 ビンボー貴族と三階層

「肉だ」


指を指しながら、猪のような化物――というよりも猪そのもののモンスターを見つけて声を挙げた。

通称「肉」だ。

冒険者の酒場で出てくる肉と言えばアイツの事なのだ。

だから通称「肉」だ。

ここはダンジョンの三階層。

本来ならば、こんな場所に出てくるモンスターではない。


「フツーは一階層に出てくる敵じゃねえか、アレ。初心者冒険者向けのモンスターだろ。ゴブリンより多少手こずるとはいえ」

「ゴブリンもゴブリンで頭のいい個体だと苦戦しますよ。油断しないでください。「肉」の牙に刺されると死にます」


マーガレットが不満そうな声を挙げる。

それにゼスティが反論した。

金銭的には美味しいのだがクリーピングコインほどではない。

なにせ初心者向けのモンスターだ。

まして三階層から、引きずって持ち帰るのは面倒だ。

血抜きもしなければならない。

結論――三階層は美味しくない。


「まあ、モンゾ隊の情報通りなんじゃがの」


ロックが手の紙を読み上げながら、嘆息づく。

そこには『三階層には肉が居る』とだけ書かれていた。

まあアレ、通称「肉」だからわかるけどよ。

もっとちゃんと書けよ。

モンスター名とか……いや、あのモンスター名ってなんだっけ。

私も知らんわ。

ゼスティなら知ってるかもしれない。


「ゼスティ、あれの名前何よ」

「知らないんですか」


やれやれ、とゼスティは気取ったエルフのようにため息をつきながら――実際にエルフではあるが。

仕方ない、とばかりに丸眼鏡の蝶番を撫ぜながら呟いた。


「『肉』です」

「知っとるわい。正式名は何だ」

「いや、だから『肉』ですよ」


――沈黙が二人の間に落ちる。

正式なモンスター名が『肉』。

あまりに酷すぎる。


「……鯨偶蹄目イノシシ科の一種だろ、あれ」

「違いますよ。アカデミーではイノシシ科として認められてません。ただの『肉』です」

「もういい」


何か考えると頭痛くなってくる。

一番の知恵者のゼスティがただの肉と呼べと言ってるのだ、それでいい。


「一匹殺して持ち帰って宴会といくか……」


私はスラリとロングソード+1を抜き、「肉」の横側を回る。

そして一足跳ねた後に「肉」の首を跳ね飛ばした。


「おー」


マーガレットが一瞬、ぽかんとした顔をした後に――拍手をしてくれる。


「すごいねロングソード+1」

「剣じゃなくて私の腕前を褒めてくれ」

「だって相手肉だし」


そりゃそうだが。

確かに剣の鋭さを褒めるべきか。

私の落ちた技量だと、剣の力無しでは一発で首を刎ねる事はできまい。


「血が抜ける――放血を待って。あとは今日はこれ担いで帰って終わりだな。クリーピングコインも倒したし」

「四階層までは行かないんですか?」

「本来ギルド開業までは訪れる気も無かった。あくまで様子見だ。今日は何か頭痛いし。お前のせいだぞゼスティ」

「いや、理由は何となくわかりますがアカデミーに文句言ってくださいよ」


コレの名前が『肉』なのは間違いないんですからね。

そうゼスティがぶつくさ言いながら放血の手伝い――頭を下にして持ち上げる行為を行う。


「ロック、4階は何が居るんでしたっけ」


ルリがその低い背で、ロックの背中からモンゾのダンジョン調査票を覗き込む。


「アイアンタートル」


ロックは端的に答えた。


「甲羅が鉄の塊の亀ですか。持ち帰るのしんどい敵ばっかじゃないですか」

「もっと近い階層で出ろよボケェ」


思わず愚痴を吐く。

鉄集めにどれだけ苦労したと思ってるんだ。

私は愚痴を呟きながら、アイアンタートルの情報を頭の中で考える。


「肉は精力剤になるんだっけ」

「そうです。甲羅の鉄の塊と合わせて、かなりの値段になりますね」


アイアンタートルの甲羅の鉄はかなり良質ですから。

ゼスティが肉の足を持ち上げたまま呟く。


「アイアンタートルの肉で精力つけて、ロクサーヌ嬢も一撃ですよ」

「何故そこでロクサーヌが出てくる」

「青年団団長としての意見です」


もう嫁が来る当ても――いえ、来たとしてもですよ。

ゼスティが丸眼鏡の蝶番を撫ぜながら、呟く。


「ロクサーヌ嬢はどうするんですか」

「だから、しかるべき良縁を探して」

「それが可哀そうだと言ってるんです!!」


ゼスティが叫ぶ。

動いた反動で、だばーと、肉の血がゼスティの靴に飛び散った。


「ロクサーヌ嬢の気持ちぐらいはお判りでしょう。そこまで愚鈍じゃあるまいし」

「……」


黙して答えず。


「カーライル、ここでの沈黙は肯定とみなしますよ」

「わかってるさ。ロクサーヌの気持ちぐらいは」

「ならば何故? 身分の違いなど、こんな辺境では誰も気にしないでしょうに」

「犯罪臭がするから」


村で両親を失い、孤児になったあの子を16歳まで育て上げた。

そこで”頂いてしまっては”完全に犯罪者である。


「いいじゃないですか、貴族なんですから」

「貴族=性的犯罪者とか一致づけるのは止めようよ」

「王都のギルドマスターなんか33でロクサーヌと同い年である王国の御姫様と婚約してるんですよ。もういいじゃないですか、半分犯罪者でも」


やっぱり犯罪者扱いじゃねえか。

寝付けない夜に添い寝をしたこともあれば、熱を出した幼い彼女を看病したこともある。

そんな子供同然の彼女をやはり妻として迎え入れる気にはならない。


「ま、いいでしょう。私が青年団団長となったからには、今まで通り逃げ切れるとは思わないでくださいね」


漫然とした表情の私を見据えながら、ゼスティは空いた片手の指を私に指して呟いた。


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