第26話 ビンボー貴族とアルバート王
王の間。
赤い絨毯が敷き詰められているそこで跪いて、恐怖に身を震わす。
先日の魔女っ娘との会話から、一応王様には報告しておこうと門番にだけ「領土の一部が教皇領になった」旨を伝えたところ。
帰る寸前、有無を言わさずアルバート王自ら出てきて、王の間に引きずり込まれたのだ。
「何勝手に領内に教皇領なんぞ与えてんだテメエは。坊主の手下と化したか」
アルバート王、予想に反して滅茶苦茶キレてる。
尋常な殺気ではない。
死の様々な断片を振り撒き、細胞のひとつひとつまでもを委縮させる、屠殺場の豚になったようなイメージを私に与えてくる。
だが、言い返すぞ。
「りょ、領内はあくまで私の先祖代々受け継ぐ領土。使い道のない森を教皇領としたのはダンジョンの運営上、仕方ない事でありまして」
ここで言い返さない方が拙いのだ。
アルバート王の性格からすれば、黙りこくった方が更に怒りを増す。
いきなり首チョンパは御免である。
「ほう、運営上、どんなメリットがあった」
「冒険者ギルドの建築に、建築魔術のマジックキャスターである大司教殿の力を借り、また教会に友好的なダークエルフとコボルトのパーティーの誘致に成功しました!」
「ふむ……」
顎をなぞるアルバート王。
先ほどから王の間を蹂躙していた殺気が、収まっていく。
「金貨10000枚では足りんかったか? 教会に頼むにしても、金さえ積めば大司教は建築の協力に同意したはずだが」
質問。
正直に答える。
「いえ、金銭的には足りております。金貨5000枚ほどは残っておりますが。正直、今後の予算にどこまでの額が必要になるか不安でしたので教皇領を与える形で料金を安くして頂きまして……」
「ふむ」
少し考え込むアルバート王。
私もその間に、考えを巡らせる。
アルバート王は何を考えている?
正直、ここまで怒るとは考えてなかったぞ。
「坊主に屈したわけではないのだな」
「そういうわけではありません」
そこについて怒っているのか?
いや、それも違う気がするが。
「先にだ。俺に相談に来ようとは思わなかったのか?」
また質問。
アルバート王に相談する?
それは……
「一介の下級貴族が王様に相談に何度も上がるなど、不敬でありましょう」
「……」
アルバート王は頭を押さえて呻く。
これは回答に失敗したのか?
わからない。
「そうだ、そうだな。俺が悪い部分もある。お前と俺とでは視点が違うのは当たり前だな。というか、その辺わかってる癖に、俺も遊び過ぎた。俺が悪い」
アルバート王が自分に言い聞かせるようにして呟く。
そうして、頭を押さえていた手を下ろし、ちょいちょい、とこちらに来るよう手招きをする。
「失礼します」
まさか、おびき寄せたところで首チョンパはねえだろうなあ。
私はまだ少し恐怖を残しながら、10歩ほど近づく。
「もっと、もっとだ。俺の眼の前まで来て、立て。跪く必要もないぞ」
「……」
やはり首チョンパか?
私は静かに何かを諦めながら、王の目の前に立つ。
そしてアルバート王は立ち上がり、私の耳元で呟いた。
「これは国家事業だ」
「は?」
突然、妙な事を呟く。
突然すぎて何を言っているのかよくわからない。
王はまた呟く。
「これは国家事業だと言ったんだ。ダンジョン運営は、新規の国家事業だ」
「ダンジョンの運営はダンジョンギルドに――」
「今回は任せてないだろう」
言い返すが、さらに言い返される。
確かに。
ギルドの受付嬢、アリーナ・ルル嬢には、けんもほろろに「お前はのけものだ」とハッキリ言われた。
「お前の所のダンジョンは、いわば試金石だ」
「はあ」
イマイチ、王様の言いたいことが分からない。
ダンジョンギルドと王様は今まで上手い事やってきた。
いや、しかし、やってきただけだ。
それは未来とは何の関係も無い。
「それはスズナリ殿――いえ、スズナリ様が王様になるのと関係がありますか」
「そうだ。俺はそこまで冒険者ギルドを信用していない。権限の全てを可能なら取り上げたいくらいだ。今は出来ないだけでな」
「スズナリ様は」
「我が娘婿にしたいほど気に入っている。だが、次は? 更にその次は?」
王は椅子に再度座り込み、また質問を投げかけるように私に問う。
「信頼できないのですか?」
「ふむ……次のギルド長はアルデールという男と決まっていて、そいつ自身は信頼がおけるが……はっきり言おう。もう冒険者ギルド自体を俺はあまり好きではない」
「元冒険者なのにですか」
「元冒険者だからだ」
アルバート王は、冒険者ギルドにあまり、いい思い出が無いのだろうか。
確かに、あのギルドは怪しい噂もある。
アカデミーから飛び出した生物学者を囲って、キメラを製造しているという良くないホラ話の類もあるし。
そもそもが、スズナリ様自身が何か改造をされているだなんて変な噂まである。
「昔っから気にくわねえんだよ。あのスズナリの先代――モルディベートより更に昔の現役時代からな」
「はあ」
私も王様と同じ冒険者であったが、金目的で組んだパーティーの頭目であったに過ぎない。
あまり深いところ――かつてギルド員として冒険者ギルド内に深く関わっていたアルバート王ほどではない。
だから、王様の不信感がどこに根付いたものなのかはわからないが。
「とにかく、話はわかりました」
私にとっては、そこら辺はどうでもいい事だ。
要は、これは王命なのだ。
私は国家事業として、無事あのダンジョンの運営を全う――ちょっと待て。
「アルバート王、これが国家事業だというならもっと支援してくださいよ」
「手探り状態だから、お前が困っていることまで含めてノウハウになるんだよ馬鹿。貴族としてちゃんと運営日記書いてるよな?ちゃんと王宮に提出しろよ」
何と言う無茶苦茶な。
大体、本当に困ったときは。
「本当に困ったときは、相談に来ると思ってたんですか?」
「思ってた。むしろ月イチぐらいで報告に来ると思ってたぞ俺。いきなり森が教皇領になったと言われたから驚いたぞ」
行くわけないだろ。
まともな方法で行ったら御会いする事すら叶わんと思うのに。
「まあ、双方誤解があったという事で良いだろ」
「良くありませんよ。まあ、分かりました。本当に困ったときは相談に来ますね」
「おう、気軽に来い」
だから下級貴族に気軽に来いとか言うな。
足が重いわ。
私はため息をつきながら、王の間を後にした。
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