第24話 ビンボー貴族とクリーピングコイン

「はい、8枚目ぇ!!」


マーガレットの元気の良い声とともに、その手にしたロングソードがクリーピングコインに突き刺さる。

『這いずり回る金貨』はその呪い――息の根を止め、アポロニア王国の金貨として地面に転がった。

立派に貨幣として通用するものだ。

何故クリーピングコインがアポロニア王国の通貨として――世界中の各地にあるダンジョンでは、各地ごとに通用する通貨で湧き出てくるのは永遠の謎だが。

その謎の探求は、ダンジョン研究家にでも任せることにしてだ。


「大量、大量♡」


語尾にハートマークを付けながら、喜んでポケットにコインをねじ込む、マーガレットを見ながら思う。


「クリーピングコインが出てくるダンジョンって、アポロニア王国に他にあったっけ」

「確か……ありませんね」


ゼスティが顎に手をやりながら答える。

一匹倒すごとに金貨1枚。

とても金銭的に美味しいモンスター。


「居るってだけで、冒険者が寄って来るんじゃないのか?」

「……」


それも出現するのは二階層だ。

初心者冒険者パーティーでも到達できる階層。

この話を広めれば――


「絶対止めてください!!」


突如、ゼスティが顎から手を離し、叫ぶ。

なんだ、突然。


「まず冒険者ギルドの儲けに一切繋がらないというのが一点」


……そりゃそうだ。

倒したら金貨になって、そのまま冒険者のポケットに入っちまうからな。


「なるほど、他には」

「間引きの必要がある段階でしたらその噂を流すのも悪手ではあるものの、手段としてとりえましたが。その必要もなくなる、今では絶対に話してはいけません」


ゼスティが焦った表情で話を続ける。


「常識も礼儀もロクに理解していない、初級冒険者パーティーが一斉に押し寄せてきます。それこそ野営してでも。荒くれ者の冒険者パーティーがダンジョン前を占拠することになりますよ」

「うわあ」


その光景は見たくない。

人口200人の領地に何百人という荒くれ者が訪れるのか。

何かしらの問題が発生するのは想像に難くない。


「幸い、今はその事態になってもダークエルフの集団がいますから鎮圧できますけどね」

「持っててよかった教皇領」


私は領地を売り渡すのと引き換えに、強力な戦力を得た気がする。

……まあ、本来は教皇領として独立している彼等にあんまり借りを作るのはアレなんだが。

そんな事態になったら、躊躇わず手を借りよう。


「それじゃ何か、むしろ存在を隠すべきだと」

「上級者どころか中級者クラスになれば、クリーピングコインなんかに眼もくれないんですけどね」


ゼスティはもう一度、顎に手をやった後。

少し長考――というやや矛盾した微妙な時間を考えこんだ後に。

解説者のような風情で口を開いた。


「冒険者の治安なんですが、私は上級者、中級者の冒険者がいてこそ治安が保たれているものと考えています。なにせ余裕が違いますから」


ゼスティは話を続ける。

王都では、上級者による初心者冒険者パーティーへの研修まで行われているらしい。

もちろん、善意だけで行われている物ではない。

それは上下関係の明確化でもある。


「要するに初心者のストッパーたりえる上級者・中級者がいない、現在のカーライル領では絶対に漏らしてはいけない話、と判断します」


ゼスティの話に少し考え込むが、反論材料が見当たらない。

ならば逆に――


「逆に漏らして良い段階はいつかな」

「単純です。ストッパーたりえる上級者・中級者のパーティーが誕生したらですよ。ただ、先ほども言いましたように、クリーピングコインは初級冒険者にとって美味しいモンスターでも、冒険者ギルドにとっては全く美味しくないモンスターです。この話、漏らすことでのメリットが現在のカーライル領にあると思いますか?」


無い。

一切無い。

ここは辺境、黙ってさえいれば誰にも分らない。

全員、口封じといこう。


「この話、クリーピングコインが湧くことを知っている人間は?」

「ダンジョンに潜っている人間だけ。私達とモンゾ一党と、ダークエルフ一党ですね」


ダークエルフ一党は口止めさえしておけばいいだろう。

基本、教皇領から出ないし。

だがモンゾ?

あのバカだと、どうなる。


「モンゾ一党も大丈夫ですよ。アレでも上級者パーティーです。こちらの事情も汲んで、黙っていてくれますよ」

「本当か? 酒に酔っぱらってクリーピングコインがどうたらの話を王都でされると真剣に困るぞ」


何せ月イチで来る彼らの口封じ等、こちらにはしようもないし。

モンゾは真剣に馬鹿だから信用できない。


「モンゾが愛する、あのガーベラ嬢に迷惑をかけると思いますか」

「……思わんな」


私だけなら不安だったが、ガーベラ嬢に迷惑をかけるようなことをするとはとても思えん。

マジで本気らしいからな、モンゾ。

この間、ガーベラの鉢植えを、わざわざ他国から輸入して持ってきたときは真剣に笑った。

ガーベラ嬢は困惑しながらも、モンゾが跪いて差し出したそれを受け取っていたが。


「だから、この稼ぎ場所はとりあえず我らで独占といきましょう」


ニヤリ、とゼスティがニヒルに笑う。

まあ、それがいいか。


「12枚目。大人しくロッドの新調代になるのです」


ルリのロッドで叩かれて、大人しく金貨に身を変えるクリーピングコイン。

私はそれを優しい目で見つめながら、ある昔話を思い出した。

『クリーピングコインが棲むダンジョンには、凶悪な闇の魔法使いが住んでいる』

私はそれを一笑に付して、森に住む魔女に今月分の飴玉50個をまだ支払っていない事を思い出した。


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