第22話 教皇領の森の中から
王都から乗合馬車を乗り継いで、一番近くの町まで辿り着き。
我が領土へと帰還しようと道を歩く。
ここからカーライル領、の看板を前にして。
私を何故か待ち構えていたガーベラ嬢と幾人かのダークエルフが、声を挙げた。
「おーい、カーライル殿」
「なんだ、ガーベラ嬢。出迎えは嬉しいが……」
「ちょっと問題が発生してな。私たちの村まで来てくれないか?」
「村まで? 別に構わないが」
私はガーベラ嬢に引き連れられ、新しく作った馬車道を逸れて森の中に入っていく。
「一通り、教皇領の森は見て回ったんだよ。熊から鹿、ミツバチの巣とか色々収穫はあった」
「森の生活をエンジョイしているようで何よりです。ウチの猟師にも鹿狩りくらいはやらせてくださいね」
「もちろんかまわん。お互い誤射しないように気を付けよう。それよりもだな……」
ガーベラ嬢が自分の髪を撫ぜながら、少し間を置く。
問題。
その話か。
「なんか森の中に魔女がいてさ?」
「魔女?」
尖った長い鼻をした、魔法帽を被って何かをぐつぐつ煮ている御婆ちゃんをイメージする。
そんなの森にいたのか。
「殺したのか?」
「殺すか!? ……だが、話が通じなかったのでとりあえず捕らえたのだ。何でも数百年前にここに住む許可は領主から得ていると言っていてな」
「なるほど。だが、知らんぞ」
我が領の記録はちゃんと残っているが、それでも領地を与えられたのが5代前だ。
数百年となると別な家の領地だったころだろう。
「まあ、数百年となるとそうだろうな……」
話しながら、歩く。
ガーベラ嬢達ダークエルフの森の中での足取りは軽く、ついて行くのがやっとだ。
「つまり、その魔女は数百年生きてるって事か?」
「……そうなる。そうなるんだよなあ」
ガーベラ嬢が呻く。
何か引っかかる事があるのだろうか。
「まあいい、会えばわかるよ。一度会ってみてくれよ。領主として」
「まあ、わかった」
それからは互いに黙して、歩くことにした。
おおよそ一時間。
歩い着いたその先には、森の中に開けた草原が広がっており、小屋が幾つか立っている。
こんな短時間で村を築くとは。
疑問点がある。
「木の根っことか、どうやって引っこ抜いたんですか? 木は切っても根っこは残るでしょう」
「枯死させた。その手の植物魔法はダークエルフにとってはお手の物だ」
ガーベラ嬢が掌をひらひらとさせながら呟く。
便利でいいなあ、植物魔法。
「それで、街の中央で木の檻に閉じ込めてるのがあの」
「ここから出すのじゃー」
村の中央。
開けた場所に、即席で作った木の檻の中に人が閉じ込められている。
それはどう見ても――
「女の子?」
「そう見えるよな? 何百年も生きた魔女じゃないよな?」
「魔女なのじゃ!!」
女の子が叫ぶ。
彼女は頭に真新しい真っ赤な魔法帽を被っており、その大雑把に肩で切りそろえた赤い髪とは酷くマッチしていた。
装束は黒のローブ、うん、どこから見ても魔法使いというか魔女ではあるが。
「どう見ても10歳前後ですよね」
「これウチで育ててもいいかな」
ガーベラ嬢はその可愛さにすっかり引き取るつもりでいるようだが。
本人の意思を確認せねばなるまい。
「領主のカーライルと申します。えーと、魔女殿?」
「領主か。300年前の盟約により森に住んでいい事になっているはずだぞ。いつの間に森が教皇領に売り払われているのだ!?」
「その盟約を結んだ相手は私の一族ではありません、違う一族です。私は貴女の存在も今日初めて知りました」
「なんじゃと!?」
驚いた様子で魔女殿が――魔女っ娘が檻を鳴らす。
「それにしたって引継ぎはどーなっとる? 私が盟約を結んだグズタフ家からちゃんとされとらんのか?」
「されてませんね。すくなくとも我が家の記録には残ってません」
「むっかー!」
魔女っ娘が檻に蹴りを入れた。
そんなに頑丈に作ってなかったようで、木の檻は脆くも破壊される。
「とにかく、この森は私の住処だ。すぐ引き払ってもらうぞ」
「そういうわけにも……だいたい、貴女が本当に魔女なのかどうかも」
「疑うのか? ならば渾身の我が力を見るがよい!」
魔女っ娘は小さなワンドを取り出し、魔法を唱え始める。
そして目の前に巨大な――5mほどの熊が現れた。
召喚術。
「わあ凄い」
凄い魔法だ。
だからどうした、という空気が漂うが凄い魔法なのは間違いない。
「なんじゃその驚きの少なさは!?」
「いや、召喚術の難しさは聞いたことがあるが……」
「熊一匹召喚されてもダークエルフ50人に囲まれている状況下ですからね。矢衾を作って一斉に撃たれたら終わりですよ」
うぐ、と魔女っ娘は呻いた後に、もう一度術を唱えて熊をどこかに帰還させる。
「あ、食べたかったのに」
「私のペットを食うなボケが!!」
ペットなのか、あの熊。
とにかく、どーしよう。
召喚術は難しい。動物やモンスターを従属させるスキルと、召喚する魔力両方が必要となるからだ。
昔、召喚術を学ぼうとしたパーティメンバーが匙を投げていた。
そういう意味で、魔女と言うのは本当の様だ。
「貴女が300年間、この森に住んでいたのは本当なんですね」
「だから何度もそう言っとるじゃろうに」
「ならば今後も住むことは認めます。街でも森でも。何とか共存できませんかね」
「森全体が私に与えられたものなのだぞ、本来は……」
ブツクサ言う魔女っ娘に、とりあえず飴玉を差し出す。
「飴玉いります?」
「いる」
口の中に放り込み、甘味を味わい顔をほころばせる魔女っ娘。
やはり300歳を過ぎているようには見えん。
「こうしましょう。月に飴玉30個送るので共存を許してください」
「私はガキか? 舐めるのも大概にしろよ」
魔女っ娘は顔を真っ赤に染めて怒り狂う。
「……じゃが、時代の流れについていけて無いというか、盟約の記録も残っておらず、ダークエルフが50人もとうに住んでるとなれば今更どうしようもあるまい」
闘えば負けるの私じゃし。
そう悲しそうにつぶやいた。
何か悪い気がするが――
「仕方あるまい、飴玉50個で共存を受け入れよう」
結局飴玉欲しいだけみたいなので、どうでもよくなった。
300年も閉じこもってると甘味に弱くなるのだろうか。
何にせよ――ゼスティの飴玉の消費先が出来たので、とりあえずグダグダのまま納得してもらうことにした。
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