第13話 神に呪われた一族

聖堂の奥の一室。

そこで、弓づくりに勤しんでいるダークエルフ達の一人に声を掛ける。


「お喜びください。貴女方の行く場所が決まりました」

「私たちは、いつまでもここで働いていたい気分ですけどね」


声を掛けたが、答えは芳しくない。

私は――それでも構わない。


「それでも構いませんよ? 別に追い出そうとするつもりもありません。死ぬまで居て頂いて結構です」

「いや、いつまでもお世話になっているわけにもいくまい」


手を振り、彼女が断りを入れる。


「自立できる場所があるならば。どこだっていくさ」

「構いませんか?」

「ああ、我らダークエルフ50名、新たに拠点を作れるのならば、何処へでも行く」


彼女、ガーベラは決意を秘めた声で答えた。

そのダークエルフの頭目の、美麗な顔面の半分はマスクで隠されている。


「だが、自他ともに認める、呪われた我が一族を行く場所。その御領主殿が許すかな?」

「教皇領の分配を確約していただきました。話はすでに確定します。貴女方は教皇領の森に村を築き、住んでもよろしいし。逆に、領主殿の街に住んでもいい」

「この呪われた一族が街にか?」


ガーベラ殿が笑う。

そしてゆっくりと顔のマスクを剥がし、その顔を露わにする。

その極端に美麗な顔面の半分は、疱瘡に覆われていた。


「全員が、こうだ。誰がこの一族を受け入れる。神に呪われた一族を」

「神は決して貴女方を呪ってなどいません」

「ならば、何故、このように我々種族を創った!?」


その問いには答えられない。

神が何故そのような事をされたのか、この私には判らないからだ。


「……神の試練、とはとても言えませんな。しかし、何か意味がある事と思います」

「何の意味がある!? このどの種族にも差別され、神の呪いと忌避されるこの顔に!?」


悲鳴のようなガーベラ殿の言葉が、教会の聖堂にまで響く。


「貴女方に問います。教会の活動を手伝っていただいていますが、一人でも貴女方に忌避を抱いた神父やシスターがおりましたか?」

「いなかったさ」

「ならば、その顔の疱瘡自体が、人を問うておるのです」

「人を?」

「それを目の当たりにした者が”人かどうかを問うておるのです”」


ぎゅっ、とガーベラ殿が握り拳を作る。


「子供が目の当たりにしたら? その子供は嫌がるであろう」

「ウチの孤児院の子供は嫌がりませんよ。痛くない? そう聞くばかりで」

「痛いさ」


心が痛い。

ガーベラ殿がそう呟いて、背を向けた。


「そういった優しさは不要なものだ。私はただ」

「普通に扱われたい、ですか。その気持ちは人として当然なものです」


口の中で妙な困惑が巻き起こる。

何と慰めていいか判らない。

だが、ふと――思いだした、伝えておくべきことがある。


「生物魔法学を極めた。王都のギルドマスターのスズナリ殿に、ダークエルフの疱瘡は何故発生するかを伺った事があります」

「……答えは何と?」


シーンと、幾人ものダークエルフがいる室内が静まり返る。

私は少し時を置いて、口を開いた。


「種族の先天的な病気によるものと。口唇口蓋裂という病気をご存知でしょうか? アレと同じで手術により治るものだから、神に呪われた等と実に下らぬものと一笑のもと蹴散らしておられました」

「……いや、ちょっと待て。治るのか? 治せるのか? この顔が!?」


ガーベラ殿が、顔の疱瘡を撫ぜながら叫ぶ。


「何故それを早く言ってくださらない! どこの治癒魔術師からも無理だと、今まで我が種族は回答されてきたんだぞ!!」

「ギルマスであるスズナリ殿のようなレベルになると違う、ということですね。実際にダークエルフの冒険者を治療されたこともあるそうですが。何分、治療費用が高額で。今まで言うのを忘れておりました」

「……いくらだ?」

「金貨200枚」


ガーベラ殿が、チッ、と舌打ちを打つ。

そう、なにせ大人一人が20年何もしなくても食べていける額だ。


「ちなみに、使う薬代だけでそれで、ギルマスによる手術はタダでとの事です」

「ギルマス殿の好意に甘えなければ、それ以上の額を出す必要があるとの事か……」


ガーベラ殿が悩んだように頭を抱える。

そして、決意したように言う。


「それでも安い。われらの生涯の長さに比べるとな。だが」

「金銭の獲得手段が無いと」

「ああ、ダークエルフの働ける場所など限られてるからな」


いや、この国、アポロニア王国では普通に雇ってくれるみたいだがな。

ガーベラ殿はそう呟き、今まで味わった苦境が馬鹿らしくなったかのように笑う。

救えて、本当によかった。

戦奴であった彼女たちの苦境を噛みしめながら、彼女たちを救ってきた枢機卿に感謝の念を送る。


「それでも、金貨200枚は遠いな。普通に働けば稼ぐのに何十年かかるか」

「これは……あくまで提案なのですが、ダンジョンで稼ぐというのはどうでしょう?」

「ダンジョン?」

「はい、冒険者としてです。命がけとなってしまいますが」

「ふむ。ああ、なんとなく話が読めてきたぞ」


ガーベラ殿が、コクリと頷く。


「シスター達が世間話で言っていた、ダンジョンの湧いた寂れた田舎町というのが教皇領か?」

「そうです。私の魔法による冒険者ギルドの建築と交換に、教皇領を頂きました。今はダンジョンの間引きで四苦八苦されているところだそうで」

「なるほど。なるほど」


ガーベラ殿が、もう一度コクリと頷く。


「私たちダークエルフの中から冒険者のパーティーを組み、冒険者としてダンジョンで稼げば、領主殿から私達への覚えも、紹介した教会に対しての覚えもよくなるということか」

「本音を言ってしまえばそうですな」


悪い話ではないと思う。

ダークエルフの50名、村を新しく作る人員も必要だろうが、冒険者を1パーティー抽出するのはわけないだろう。

それに、元戦奴だ。

闘いには慣れているはず。

彼女たちを、もう一度ダンジョンという戦場に駆り出すのは気が引けるが――

生きるとは闘うという事だ。

我ら教会は命がけで亜人のために闘っている。

それは当然であるが、彼ら亜人もまた自らを救うべく全力で闘うべきなのだ。

何の問題もあるまい。


「まずは、その旨を領主殿に通す必要があるかな?」

「そうですね。きっと喜ぶと思います」

「領主殿の名前は?」

「カーライル」


モロゾフ・クロレットは短直に、先ほど交渉した領主の名を挙げた。

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