第10話 道ができたビンボー領


獣道。

それとは違う、なんとかやっと一人が通れそうな道が舗装されているのを眺める。

そうして、大きく息を吐いた。


「ついに道が出来たな」


全てが感慨深い。


「舗装もロクにされていないガタガタ道ですけどね」

「道が崩れないように土留も忘れんようにな。もうワンシーズンかかるが……」

「しかし、感慨深いな。アタシも手伝ったとなると」

「私も土運び手伝いました。膝ガクガクですよ」


以上、ゼスティ、ロック、マーガレット、ルリのパーティー一同の言葉である。

何だかんだ言って、休息日以外は道づくりも手伝ってくれた。

我がパーティーは人格者であふれている。


「お前、儲かる土地になったら恩返ししろよな」


マーガレットが無謀な事を言う。

この土地が儲かる土地になるものかよ。

そう思って安請け合いをする。


「ああ、手で抱えきれないくらいの金貨をくれてやるよ」

「精々期待してるよ」


マーガレットが道に唾を吐いた。

道づくりの際に、土が口に入ったのだろう。

唾に土が混じっている。


「そういうわけで、王都に行ってくる。オズーフ商会に連絡しなくては」

「アタシらも行きたい」

「そうですね、貰った金で新装備を整えたい」

「鉱石で作った装飾品が幾らになるか確かめたいのう」

「オズーフ商会で美味しい飴玉を買うのです」


一斉に喋るな。

ごちゃごちゃして誰が誰だかわからなくなる。


「その前に、だ」

「その前に?」


ゼスティが訝し気な顔を浮かべる。


「道完成のパーティーを村でやるから、お前ら参加しろ」

「わーい、と言ってもいいんですか。ちゃんとお酒も出るんでしょうね」


ルリが、その背丈に似合わず酒豪ぶりを口からあふれ出る涎で見せつける。

初めて会った王都の酒場で飲み会をやったときは、一番酒を飲んでいた。


「我が村でも酒造ぐらいやっとる。エールくらい出るさ」

「割と美味いぞ。差し入れで飲んだんじゃけど」


ほら、ドワーフのロックも保証してくれている。

ドワーフも保証?

これは売り文句になるかもしれない。


「道もできたんだ。いつかエールの輸出で大儲けしてやる」

「こんな辺境のエールなんかわざわざ欲しがる奴いないよ。飲んだくれで有名な王都のギルドマスターじゃあるまいし」


確か、スズナリ様だったか。

一度お会いしたことがあるが、アルバート王と違ってオーラをあまり感じない方だったな。

……後のレッサードラゴン殺しだし、今じゃ違うだろうが。

私が出会った際は、まだ未成熟なマジックキャスターでしかなかったからな。


「何か考え込んでるけど、カーライルは会った事あるのか?」

「一度、未開拓のダンジョン探索を共にしたことがあってな」


スズナリ様がギルドマスターになってない、9年も前の話。

私がこの領地を受け継ぐ前の話だ。

今じゃ次代の王様候補だ。

下級貴族では御会いすることもないだろう。私が死んで、息子への代替わりの時でもなければ。

そうだ、スズナリ様だよ。


「仮に私が冒険者ギルドマスターのスズナリ様と出会って、冒険者ギルドの設立を願い出れば叶ったと思うか?」

「妙な事を聞きますね、私は早くエールが飲みたいんですが」


ゼスティに声をかけるが、その声色は冷たい。

だが、一応考えてくれるらしく、うーんと一言悩んだ後に。


「誠実で優しい事で有名な方です。なんだかんだ受けてくれたと思いますが、カーライルへのアルバート王の評価は最悪になったと思いますよ」

「そうだよなあ、最悪で死刑だよなあ」


自分の独立した領土を、自分では治めきれないと市井のギルドに投げ出したのだ。

死刑も致し方あるまい結果だ。


「貴族の生き方って案外辛いですね」


ルリが腰元から声を挙げる。

辛いのはビンボー貴族だけだ。

金さえもってりゃ、懇願ではなく依頼と言う形で済むのだ。


「ああ、それにしても金が欲しい」

「魂の叫びですね」


ルリが嘆息づいた。

そして村の中央――開けた広場へと「エールっ」と叫びながら走っていく。

私はそれを優しい目で見送った。












「ここに来て、もう4か月ですか」


私が感慨深くつぶやきながら、エールを飲み込む。


「そうじゃのう、すっかり村の鍛冶屋と化してしまった」


ロックは完全に鍛冶屋の主と化している。

今では猟師の矢じりや、趣味の釣り人の釣り針まで生産している。

カーライルが喜んでいた。

これで他の街から買わなくて済むと。


「私も、村の青年団の副団長やってますよ。何で? 私エルフ……言い方悪いと亜人なんですけど」


そりゃ道作ってる間に、腰いわした村のおばあちゃんのための薬草の技法を村の薬師もどきに教えるわ、道つくりで精いっぱいの中で各家の穀物の面倒を植物魔法で見て回ってたからだ。

そりゃ副団長に押されるわ。

というか本来なら団長なのだ。

村民で無いから副団長扱いなだけで。


「そういえば、ルリも村の治療院扱いうけてなかったっけ?」

「はなはだ不本意ですが、回復魔法が使えますので」


やれ道つくりの最中にナタで肌を斬っただの、怪我をしただのの連中は皆私を頼ってくるのだ。結局、村の治療所と化している。


「そういうマーガレットも村一番の力持ちとして名高くなりましたね」

「なんでアタシだけそういう役柄なんだ!?」


実際、力持ちだからだろう。

道つくりで一番働いてたの、実はマーガレットではなかろうか。

次点でカーライルだ。

指揮者の癖に自分でも働いてたからな。

時々疑問に思うが、本当に貴族なのかあの人。


「なーんか、村から離れがたくなっちゃいましたよねえ」

「冗談じゃねえぞ。アタシはもっと冒険がしたいんだ」


マーガレットが私の言葉に反感をもって呟く。


「まあまあ、道も出来た事ですし、2,3年は付き合いましょうよ」


ゼスティが呟く。

エルフの感覚は人間とは違うから仕方ない。

エルフにとっての1か月が、人間にとっては2,3年だ。


「そうじゃのう。せめて鍛冶屋の後継者を見つけるまでは居たいのう」


ドワーフが居た。

コイツも長命種だった。


「アタシはそんなに長くなるとは思ってもみなかったんだよ……金は儲かるけどさ」


マーガレットが机に突っ伏しながら呟く。

まあ、私も今回がそんなに長いクエスト―-依頼になるとは思ってもいなかったのだが。

だが、まあいいではないか。

それも人生だ。


「うっぷし」


ルリは飲み過ぎたエールにゲップを吐きながら、そんな事を考えた。



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