第7話 間引きとビンボー貴族
私の剣撃がホブゴブリンの頭蓋を叩き割った。
「次!!」
「もう終わった!」
マーガレットの言葉。
闘争はすでに終わっていた。
マーガレットが、自らの倒したホブゴブリンの喉からショートソードを引き抜く。
手首の返しで血を払い、呟いた。
「ホブゴブリンが多くね?」
「まだ階層が浅いからな。いや、浅くていいんだが」
要はダンジョンの表面層のドブさらい――それがダンジョンの間引きだ。
深いところは、月イチで来るモンゾ達がやってくれる。
「ホブゴブリンの装備、置いてかねばならんのが惜しいのう」
ロックが血塗られた斧を手にしながら、残念そうにつぶやく。
「回収できる分は回収していいが、嵩張る上に今は買い取ってもらえないし……単価的には壁から湧き出てる鉱石の方が高いだろう」
はっきり言って、戦利品の回収にも限界があるんだ。
ゼスティが顎で、壁から湧き出ていた鉱石を示唆した。
さすがに目がいい。
「それもそうじゃな」
いそいそと、ロックが雑嚢に鉱石をしまう。
その顔は嬉しそうだ。
「間引きを続けるぞ。第二層に降りる段階まで行ったら、後は帰る」
「わかってるよ」
マーガレットが頷いた。
歩みを続ける。
連携は今のところ悪くない。
後衛たるルリとゼスティのところまで、一匹の敵も抜けさせていないし。
マーガレットやロックの息は――少し弾んでいる。
新人なのだ、無理もない。
自分も同じだ。
若かりし頃の自分の息は、こんな時も澄んでいた。
乱れなどどこにもなかった。
今は違う。
ロートルで、技量も衰えた下級騎士がただ一人あるのみだ。
よし、全員の認識がすんだ。
再度確認する。
悪くない。
このまま一階層の奥まで進むことができる。
「行くぞ」
声を挙げ、足を進める。
急に空間が広がった。
モンゾから聞いていた、1階層の奥の間だ。
十匹、いや、二十匹を超えるのか。
ゴブリンどもが見えた。
多分、弓などの用意もあるだろう。
全員に停止する合図を手で伝える。
そうして、小声で伝えた。
「ゼスティ、弓兵を仕留めてくれ。私は先に突貫する。ロックとマーガレットはその後から来い」
「了解。アンタ一人で大丈夫か」
「何の問題も無い」
答えて、ゼスティに合図を出す。
弦を引く音。
弓を手にしたゴブリンの二匹が、一矢で同時に倒れた。
流石にエルフ。
――突貫。
私は松明を広い天井に向かって投げつけた。
「GYAOU!?」
知性に乏しいゴブリンどもが、そろって天井を仰ぎ見る。
私はその松明の下で舞いを始めた。
ロングソードの先端で、ゴブリンの首を叩き斬る。
一匹倒れ、二匹倒れしている。
さすがにゴブリンたちもその様子に気づいて私を取り囲むが。
鈍い音とともに一匹のゴブリンに楯を叩き込み、その包囲から脱出する。
私は包囲から逃れ、こちらへ駆けてこようとするマーガレットとロックの動きに眼をやった。
悲鳴。
ゴブリンの悲鳴だ。
首にマーガレットのショートソードを叩きこまれたゴブリンと、ロックの手斧に頭をかち割られたゴブリンの悲鳴。
これで6つ。
口元が、かすかに綻びるのを感じた。
私は壁を背にしながら、再びゴブリンどもに闘いを挑む。
走った。
それから、跳躍した。
こちらに向かってきたゴブリンの上、頭上だった。
斬り降ろす。
地に降り立った時、そのゴブリンの首はすでに無かった。
マーガレットとロックの方には、6、7匹が殺到していた。
早く助けに行く――その必要はなさそうだ。
楯を手に、一匹一匹確実に仕留めてようとしている。
冷静だ。
私は正対したゴブリンの汚れた短剣を楯で払いのけ、そのまま胸をロングソードで突き刺す。
――瞬間、背後から違和感がした。
背後にゴブリンがいる。
私のチェーンメイルの音が鳴り響いた。
私は振り向きざまに、ゴブリンの頭蓋を斜めに叩き割った。
これで9つ。
ゴブリンは、こちらを組し難しと見たのかロックとマーガレットに全員が殺到する。
「守りを固めろ! 背後から仕留めてやる」
「了解」
私の言葉に、ロックとマーガレットが守り中心の闘い方に切り替える。
私はまた駆け、ゴブリンたちを背後から斬り刻み始めた。
気づけば、闘いは終わっていた。
◇
「カーライル、思ってたより強いね」
「相手が雑魚にすぎないゴブリンだからだ。装備さえ整っていれば怖くはない」
全員の傷の様子。
それを確かめながら、ルリに回復魔法を頼む。
私は背中が痛い。
チェーンメイル越しに短剣をぶち込まれた。
まあ、刺さってはいないから痛いだけなんだが。
「とりあえず、仕事は終わりだ。さっさと戻るぞ」
「めぼしいものは――何もなさそうだのう」
ゴブリンから奪えるのはその装備している短剣や弓等だけだ。
鉱石一つにも値しない。
「ロック、そこです。その右手の所に鉱石が浮き出てます」
相変わらず目がいいゼスティが、また鉱石を見つける。
「おお。なんじゃ、エルフと組むのはメリットでかいのう」
お前ら仲悪い種族じゃなかったか。
この二人にそれを言うのは野暮なようだが。
「それ取ったらさっさと帰るよ。間引きは終わったんだ」
そう、今回は終わった。
だが、これを毎週やるとなると頭が痛くなる。
どうしてダンジョンなんかが我が領地に。
私の優しい生活、その何もかもが破綻してしまった。
「カーライル、物思いにふけってないで帰るよ」
「ああ、判ってる。帰りも慎重にだな」
「そうそう」
マーガレットの呼びかけに言葉を返しながら、歩き始める。
念のため、感覚を研ぎ澄ますが、とくにいやなものは感じなかった。
もうすぐ出口だ。
「今日の報酬は、鉱石二つか。これ、カーライルにもちゃんと分け前するからのう」
「私に分け前はいらんが」
「とっときなよ。十分にパーティーメンバーとして働いてるんだからさ」
断ろうとするが、マーガレットに止められる。
「ついでに、武器防具の補修もロックに頼んでくださいね」
ゼスティの声。
それは頼むつもりだったが、タダで良いのだろうか。
私は少し、16年ぶりに組むことになったパーティーメンバーに気兼ねしながら、今日の間引きが終わった事に安心のため息をついた。
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