第5話 貧乏貴族領への道のり

さっそく、エルフのゼスティを頭目とした一党――新人パーティーと連れ立って。

王都から乗合馬車を乗り継いで、一番近くの町まで辿り着き。

我が領土へと帰還しようと道を歩く。

ここからカーライル領、の看板を前にして。


「道ねえじゃん!」


マーガレットが繁茂する大自然を前にして叫んだ。

道は高い木々の影に覆われ、ぽつりぽつりと一部分が暗闇と化している。

だからわからんのだ。


「あるだろう、ここに!」

「すいません、エルフで辛うじてわかる獣道は道とは普通いいません」


ゼスティが、私の指さす方向を見て苦笑いする。


「まあ、言いたいことはわかる。モンゾ達も『道ねえじゃん!』、と最初に叫んだよ」

「誰だって同じこと言うわ! なんでこんな大自然にあふれてるんだよ! 本当にこの中にアンタの村があるの!?」

「あるんだよ! 畜生!」


マーガレットに怒鳴り返す。

モンゾ達も、『迷ったら絶対死ぬな……誰一人としてカーライル様から離れるなよ』と呟いていた。

黙って獣道を歩き出す。


「全員、離れないようにしてください。道から外れると熊が出ますので」

「なんで村に辿り着く前に生命の危機感じなきゃなんないのよ。もうここがダンジョンだよ!?」


うるさい、マーガレット。

人の領地をそこまで貶すな。


「人と人との行き来が無いのかのう? 人間の踏み跡が見当たらんぞ。鹿の足跡とかはあるが……」

「何分、旅商人すら訪れない土地ですから」


ロックの疑問に言葉を返す。

私はナタを取り出し、せめて少しは獣道が通りやすくなるように伐採していくことにした。


「薬とか必需品買いに行くのはどうしてるんですか?」


ルリ嬢の疑問。


「一応薬師もどきぐらいはいますが。近くの町まで穀物背負って行って、換金して購入ですね」

「殆ど物々交換の世界ですね」


ルリ嬢が何かを諦めたかのように、ゆっくりとかぶりをふった。

ええい、どいつもこいつも。


「ここまで来たんだ、帰ることは許さんぞ」

「ここまで連れてこられて帰れと言われても困るよ。ナタもう一本ある?」


どうやら、マーガレットが手伝ってくれるようだ。

丁度ナタは二本あった。

一本を黙って差し出す。


「これ、道作るの無理じゃね? 馬車通すんだろ」


バサバサと木の枝を落としながら、マーガレットが呟く。


「無税」

「?」


端的な言葉に、マーガレットの頭にハテナマークが浮かぶ。


「今年は税金を無税とし、代わりに道づくり他の様々な労役を課します。領民200人が全力で道をつくれば、舗装した道路はできなくとも馬車一台通る道ぐらいはなんとかすぐにできます」

「税収無しで大丈夫なのか? アタシらやモンゾ達雇う金は?」

「そもそも私自身、畑を耕しているので自分で食べていく分ぐらいは。あなた方とモンゾを雇う金は、アルバート王からお借りした金がありますから」

「なるほど――って、畑を耕してる!?」


マーガレットが驚いたような表情をする。

続いて、ロックがあきれたような声を挙げた。


「なんじゃ。その手に出来たタコは、剣ダコじゃなくてクワで出来たタコか」

「畑耕すのも剣をふるうのも、似たようなものです」


私はロックの言葉に、胸を張って返事をした。

剣術の修練も一応怠っていないぞ。

ただ、金が無いから自分でも畑を耕さないといかん。


「一応、住民200人いるんですよね、何でそんな貧乏なんですか。税収はいかほど?」


ひょいひょい、と切り落とした小枝を乗り越えながらゼスティが呟く。


「平然と聞きにくい事を聞くな、ゼスティ君。だが答えよう。金貨200枚ほどだ」

「……少ないです。安すぎます。人頭税だと一人頭金貨一枚? もっと税を取っても」

「重税を課せば村民が逃散する。ホントーに何もない土地なんだぞ。それに子供や老人も多い」


青年のように誰しもが働けるというわけではないのだ。

それに、アルバート王がなんだかんだいって善政を敷いているのが拙い。

街にいけば職くらい簡単に世話してもらえるのだ。


「ぶっちゃけ、若い頃冒険者やってた方が儲かったな」

「おや、ということはなかなかの腕前だったんですね」

「そこそこはな」


危険と見返りに、冒険者は儲かる。

若い頃は、パーティーを組んで色んなダンジョンを探索した。

当時の仲間たちは今どこにいるか知らんがね。


「少ないって言っても、金貨200枚でしょう。そこまでビンボーしてないのでは?」


ルリが、太陽が見えない……と獣道の中で愚痴りながら疑問を投げかける。


「税収とはいっても、事実上、村が流行り病にかかったり、飢饉にあったり、モンスターに襲われたりしたときに冒険者を雇うプール金だからな。自由に使えん」

「それはまた……いい御領主様で、と褒めた方がいいですか」

「褒めてくれ。実際、いい御領主様で通ってるんだ」


冗談交じりにルリに言葉を返す。


「だが、ダンジョンが出来るとなあ……いくら金をプールしてても足りないんだよなあ」

「御愁傷様なことで」


マーガレットがナタをふるう。

また草木がぽとりと落ちて、それをゼスティが踏み荒らした。


「到着までは、あとどれくらいですかね」

「三時間だ」


何分、直線ルートではないものでな。

我慢してくれ。

その言葉に、マーガレットが辟易とした声を挙げた。


「この作業、三時間も続けるのかよ」

「一時間交代だ。わしとゼスティも変わってやる」


新人だが、仲の良いパーティーだ。

そんな感情を抱きながら、私は現状の苛立ちをぶつけるべく草木にナタを振るった。









「着いたぞ」

「やっとかよ……確かに村があるな。人が住む場所が作れるんだな、この大自然の中で」

「殆ど隠れ里じゃの」

「エルフの森を思い出しました」

「太陽がまぶしく見えます」


物凄く失礼な事をパーティー一同が呟きながら、私の村への帰着の感傷を台無しにさせる。


「疲れたでしょうし、早速屋敷へ案内します。ボロ屋敷ですから期待しないで下さいよ」

「個室?」

「一応は」


来客用の個室が6つほどある。

パーティー全員を迎えることは出来よう。

ひとまずは村の様子を眺めながら、屋敷まで歩くことにする。


「さて、ダンジョンからモンスターは溢れかえってないようですが」

「カーライル様!?」


ロクサーヌの声。

メイド服のロクサーヌがこちらに向かって駆け出してきて――私に抱き着く。


「お帰りをお待ちしておりました」

「ただいま、ロクサーヌ」


私は一度抱きしめた後、その身を離す。


「……奥さんかい?」

「いえ、滅相もありません」


マーガレットの声に、ロクサーヌが何故か残念そうな声で返した。


「まあ、メイド服だから違うとは思ったけどね。とにかく疲れた。屋敷まで案内してくれ」

「はい、こちらへどうぞ。私が先頭を歩きますね」


そういってマーガレットが握っていたナタを手に受け取り、ロクサーヌが歩き出す。

ナタとメイド服、なんかミスマッチな姿だ。

嬉しそうにナタを振り回しながらロクサーヌが歩く。

何か凄い危ないから止めて欲しい。


「念のため確認しますが、今日は休みでいいんですよね?」

「ああ、ダンジョンの間引きは明後日からにしよう」


私は頭目のゼスティにそう答えながら、今日の全員分の晩飯の用意は間に合うのかを気にしていた。

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