第2話 王都とビンボー貴族
道なき道を行き。
街まで辿り着き。
乗合馬車を乗り継いで、やっとこさ王都まで辿り着いた。
さて、ここからだな。
私は早めに宿の予約を取り、真っ直ぐと王城まで歩く。
そして衛兵に話しかけた。
「カーライル領の領主だが、陛下に御会いしたい」
「謁見許可は?」
「それを今求めている」
「要件は?」
「ダンジョン」
一言、口にして眉をしかめ、できるだけ同情を引くように声を挙げる。
「私の領地内に、ダンジョンが出来た。このままでは村が滅ぶ。出来るだけ早く謁見許可をお願いしたい」
「……それは、御気の毒に」
衛兵が心の底から、同情した風に言葉を漏らした。
実際、他にどう言っていいかわからんだろう。
「だが、すぐ王が御会いになるとは限らんぞ」
「判っている。だが、できる限り早く頼む。もう旅費も残り少ないのだ」
ますます衛兵が同情したような顔をする。
「すぐに衛兵長に相談する。宿の場所は?」
「ここだ。クライム通り三番目の安宿だ」
「貴族ですよね?」
場所を聞いて、衛兵が思わず丁寧語になる。
貧民街の安宿だからだ。
「旅費が無いと言っているだろうが!!」
私は王城の前で、思わず叫び声を上げた。
◇
翌朝。
クライム通り三番目の安宿にて、あまり美味しくないパンとスープを有難く食しながら、食後の白湯を愉しむ。
そうしていると――
「失礼、カーライル殿はおられるか」
胸元中央の装飾に手をやりながら、王宮の騎士が現れる。
安宿にどよめきが起こる。
そりゃ貧民の安宿に王宮騎士が訪れることはまずないわな。
「ここです」
私は白湯を飲み干し、立ち上がり礼をする。
「貴方がカーライル殿ですか。王様がお呼びです。今すぐに」
「早っ!」
思わず姿勢を崩しかける。
昨日の今日でかよ。
急いで欲しいとは思っていたし、有難い話ではあるが。
「王がダンジョン発生の事情を聞き、すぐにお呼びするようにと――」
どうやらこちらの事情を最大限に考慮してくれたようだ。
私は食事の会計を宿に払い、すぐに騎士と連れたって歩き出す。
「しかし、ダンジョンが出来たとは本当ですか?」
騎士が訝し気な顔をする。
無理もない、そうポンポン発生する物でもないからな。
「冒険者ギルドからパーティーを派遣してもらって確かめた。間違いない」
「そうですか……お気の毒に」
自然と足早になる。
王をお待たせするわけにはいかない。
「しかし、王と会って何とするのです? 泣きつきたい気持ちは分かりますが」
それはお前には関係ない話だろう。
そう思うが、ここで王に訴える内容を組み立てておくのも悪くはない。
「とにかく、我がビンボー領地には先立つものが無い」
「金銭の貸与ですか?」
「それもあるが……」
本当に欲しいのは、冒険者ギルドそのものだ。
何と訴える?
我が領地にはない。
村までの馬車が通れる道が無い。
宿が無い。
人がそんなにいない。
王都から遠い。
ホントーに何もない。
ナイナイ尽くしである。
この状況下で冒険者ギルドの設立等無理ではなかろうか。
「冒険者ギルドが欲しいって言ったら、貴方なら何と答えます?」
「もっと具体的に言え、と答えます」
「そうですよねえ」
王城に辿り着く。
昨日の衛兵に会釈し、門を開けてもらい王城に足を踏み入れる。
ここに足を踏み入れるのは、父から領地を引き継ぐ、その相続を認めてもらうための謁見以来の事だ。
私は首を差し出す――その覚悟で、ある提案を試みることにした。
◇
王の間。
私の屋敷のように薄汚れた絨毯ではなく、真っ赤で綺麗な赤い絨毯で敷き詰められた場所で。
私は跪き、訴えた。
「我が領地を直轄地として組み込んで頂きたい」
「イヤだよ。面白くないだろ」
王様――アルバート王は、私の差し出した首を突っ返した。
覚悟して突き出したというのに、一顧だにされなかった。
しかも、面白く無いという理由で。
「金なら貸してやる。無利子でな」
「しかし、我が領地では仮に金を貸して頂いたとしても」
冒険者ギルドの誘致など、とても。
そう訴えるが。
「冒険者ギルドの創設権利をくれてやる」
「創設権利?」
そんなものもらってどうしろというのか。
だいたい、現ギルドにそんなもんあったのか?
私はそう呟こうとするが。
「要するにだ、お前がギルドを設立しろ」
「無茶です!」
不敬だが、思わず王の間で叫ぶ。
インフラが無いのだ。
その環境下でどうやってやれと?
「ギルドを設立しろ。宿を造り酒場を造りモンスター素材や鉱石の買取場所を作り、道を整備して商人を誘致して冒険者を誘致して――簡単だろ」
「どこが簡単なんです!?」
「領地経営の一種と思えば気も楽になる。金は貸してやると言ってるだろう」
くだらぬ意見と私の悲鳴を却下し、アルバート王は黙々と提案する。
駄目だ、この王の性格は知っている。
私の窮地も、娯楽の一環としか見ていない。
アルバート王は指一本立て、呟く。
「貸してやる金貨は1万枚」
「1万枚!?」
1000人が何もしなくても一年食っていける金額だ。
それだけあれば、何とかなるのか?
だが――もし返せない場合は?
「もし返せなければ?」
「領地と爵位を没収する。命はとらんから安心しろ。1万枚をちゃんと領地に投資してたらだがな」
「有難く」
まあ、そうなるわな。
私はその後、沈黙する。
「他には質問が無いのか? 無いなら金を。そうだな、商人ぐらいは紹介してやろう。金はそいつを通して借りろ。オイ」
パチン、と指を王が鳴らすと、傍に控えていた文官がペンと紙を持ってくる。
「コイツだ」
私はその紙を受け取り、王の間から立ち去ることになった。
◇
「ここか」
オズーフ商会。
そう銘づけられた看板を視認し、私は足を踏み入れた。
「失礼する。マリエ・オズーフ殿はおられますか?」
「おるでー」
訛りが強い、他国の出身だろうか。
大きなリュックを背負って――どこかに外出していたのだろうか。
ややとぼけた表情をした妙齢の女性が、慌ただしく店内から出てきた。
「らっしゃい。今日は何の用やー。飴玉から惚れ薬まで。買うならオズーフ商会やでー」
「惚れ薬も取り扱ってるのか?」
「なんやお客さん、意中の人でもおるんか?」
「いや、いない。それよりも」
私は自己紹介を始める。
「カーライルと言うが、事情は伺っているだろうか」
「ああ、さっき王宮から騎士の人来たで。私を通してアンタに金貸す言う話やろ」
「そうです。それもありますが……」
私は頭を下げて礼をし、頼み込む。
「私の領地で、モンスター素材を買い取る出張店を設けて頂けませんか?」
「そうくるかー。ウチは、ただ金貸すだけとしか聞いてへんのやけど」
確か、一からギルド作る言う話やったなあ。
うーん、と悩んだ表情を見せながら、マリエ嬢が私の顔を覗き込む。
「まずは道やで。出張店作っても物資運べんやん」
「道ですか」
「そや、人と物資を流通させる道がいる。馬車が通れるくらいの。アンタの領はそれすら無いと聞いとる。それが出来てから話持ちかけてくれるか」
「そうですか……」
やや、落ち込んだふりをするが。
よし、言質はとった。
道さえできれば、出張店は造ってもらえるんだな。
「なんかアンタ心配やなあ。道作るのと、その間のダンジョンのモンスターの間引きも考えなあかんで」
「わかってます。これから冒険者も雇いに行きますよ」
私は再び頭を下げて礼をし、オズーフ商会から立ち去ろうとするが。
「ちょい待ち」
マリエ嬢はその背負ったリュックを下ろし、ごそごそと中から何かを取り出す。
「ぱんぱぱーん」
効果音を口で出して手渡ししてきたそれは、飴玉だった。
「飴玉?」
「ただの飴玉やないで。王族にも卸しとる飴玉や」
パントラインて、姫様の傍付きの嬢ちゃんがよう買いに来よるんやで。
そんな事をマリエ嬢が呟く。
どうでもいいが、王族からの信頼を得ているという事だろうか。
「これでも舐めとき。気が晴れるで」
「……有難く頂きます」
なんか領地のおばちゃんみたいな性格してるなこの嬢ちゃん。
私はバンバン、と背中を叩かれながらオズーフ商会から立ち去り、飴玉を口にほおる。
なんだか、甘味が私の疲れを和らげてくれる気がした。
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