第2話 王都とビンボー貴族

道なき道を行き。

街まで辿り着き。

乗合馬車を乗り継いで、やっとこさ王都まで辿り着いた。

さて、ここからだな。

私は早めに宿の予約を取り、真っ直ぐと王城まで歩く。

そして衛兵に話しかけた。


「カーライル領の領主だが、陛下に御会いしたい」

「謁見許可は?」

「それを今求めている」

「要件は?」

「ダンジョン」


一言、口にして眉をしかめ、できるだけ同情を引くように声を挙げる。


「私の領地内に、ダンジョンが出来た。このままでは村が滅ぶ。出来るだけ早く謁見許可をお願いしたい」

「……それは、御気の毒に」


衛兵が心の底から、同情した風に言葉を漏らした。

実際、他にどう言っていいかわからんだろう。


「だが、すぐ王が御会いになるとは限らんぞ」

「判っている。だが、できる限り早く頼む。もう旅費も残り少ないのだ」


ますます衛兵が同情したような顔をする。


「すぐに衛兵長に相談する。宿の場所は?」

「ここだ。クライム通り三番目の安宿だ」

「貴族ですよね?」


場所を聞いて、衛兵が思わず丁寧語になる。

貧民街の安宿だからだ。


「旅費が無いと言っているだろうが!!」


私は王城の前で、思わず叫び声を上げた。










翌朝。

クライム通り三番目の安宿にて、あまり美味しくないパンとスープを有難く食しながら、食後の白湯を愉しむ。

そうしていると――


「失礼、カーライル殿はおられるか」


胸元中央の装飾に手をやりながら、王宮の騎士が現れる。

安宿にどよめきが起こる。

そりゃ貧民の安宿に王宮騎士が訪れることはまずないわな。


「ここです」


私は白湯を飲み干し、立ち上がり礼をする。


「貴方がカーライル殿ですか。王様がお呼びです。今すぐに」

「早っ!」


思わず姿勢を崩しかける。

昨日の今日でかよ。

急いで欲しいとは思っていたし、有難い話ではあるが。


「王がダンジョン発生の事情を聞き、すぐにお呼びするようにと――」


どうやらこちらの事情を最大限に考慮してくれたようだ。

私は食事の会計を宿に払い、すぐに騎士と連れたって歩き出す。


「しかし、ダンジョンが出来たとは本当ですか?」


騎士が訝し気な顔をする。

無理もない、そうポンポン発生する物でもないからな。


「冒険者ギルドからパーティーを派遣してもらって確かめた。間違いない」

「そうですか……お気の毒に」


自然と足早になる。

王をお待たせするわけにはいかない。


「しかし、王と会って何とするのです? 泣きつきたい気持ちは分かりますが」


それはお前には関係ない話だろう。

そう思うが、ここで王に訴える内容を組み立てておくのも悪くはない。


「とにかく、我がビンボー領地には先立つものが無い」

「金銭の貸与ですか?」

「それもあるが……」


本当に欲しいのは、冒険者ギルドそのものだ。

何と訴える?

我が領地にはない。

村までの馬車が通れる道が無い。

宿が無い。

人がそんなにいない。

王都から遠い。

ホントーに何もない。

ナイナイ尽くしである。

この状況下で冒険者ギルドの設立等無理ではなかろうか。


「冒険者ギルドが欲しいって言ったら、貴方なら何と答えます?」

「もっと具体的に言え、と答えます」

「そうですよねえ」


王城に辿り着く。

昨日の衛兵に会釈し、門を開けてもらい王城に足を踏み入れる。

ここに足を踏み入れるのは、父から領地を引き継ぐ、その相続を認めてもらうための謁見以来の事だ。

私は首を差し出す――その覚悟で、ある提案を試みることにした。









王の間。

私の屋敷のように薄汚れた絨毯ではなく、真っ赤で綺麗な赤い絨毯で敷き詰められた場所で。

私は跪き、訴えた。


「我が領地を直轄地として組み込んで頂きたい」

「イヤだよ。面白くないだろ」


王様――アルバート王は、私の差し出した首を突っ返した。

覚悟して突き出したというのに、一顧だにされなかった。

しかも、面白く無いという理由で。


「金なら貸してやる。無利子でな」

「しかし、我が領地では仮に金を貸して頂いたとしても」


冒険者ギルドの誘致など、とても。

そう訴えるが。


「冒険者ギルドの創設権利をくれてやる」

「創設権利?」


そんなものもらってどうしろというのか。

だいたい、現ギルドにそんなもんあったのか?

私はそう呟こうとするが。


「要するにだ、お前がギルドを設立しろ」

「無茶です!」


不敬だが、思わず王の間で叫ぶ。

インフラが無いのだ。

その環境下でどうやってやれと?


「ギルドを設立しろ。宿を造り酒場を造りモンスター素材や鉱石の買取場所を作り、道を整備して商人を誘致して冒険者を誘致して――簡単だろ」

「どこが簡単なんです!?」

「領地経営の一種と思えば気も楽になる。金は貸してやると言ってるだろう」


くだらぬ意見と私の悲鳴を却下し、アルバート王は黙々と提案する。

駄目だ、この王の性格は知っている。

私の窮地も、娯楽の一環としか見ていない。

アルバート王は指一本立て、呟く。


「貸してやる金貨は1万枚」

「1万枚!?」


1000人が何もしなくても一年食っていける金額だ。

それだけあれば、何とかなるのか?

だが――もし返せない場合は?


「もし返せなければ?」

「領地と爵位を没収する。命はとらんから安心しろ。1万枚をちゃんと領地に投資してたらだがな」

「有難く」


まあ、そうなるわな。

私はその後、沈黙する。


「他には質問が無いのか? 無いなら金を。そうだな、商人ぐらいは紹介してやろう。金はそいつを通して借りろ。オイ」


パチン、と指を王が鳴らすと、傍に控えていた文官がペンと紙を持ってくる。


「コイツだ」


私はその紙を受け取り、王の間から立ち去ることになった。









「ここか」


オズーフ商会。

そう銘づけられた看板を視認し、私は足を踏み入れた。


「失礼する。マリエ・オズーフ殿はおられますか?」

「おるでー」


訛りが強い、他国の出身だろうか。

大きなリュックを背負って――どこかに外出していたのだろうか。

ややとぼけた表情をした妙齢の女性が、慌ただしく店内から出てきた。


「らっしゃい。今日は何の用やー。飴玉から惚れ薬まで。買うならオズーフ商会やでー」

「惚れ薬も取り扱ってるのか?」

「なんやお客さん、意中の人でもおるんか?」

「いや、いない。それよりも」


私は自己紹介を始める。


「カーライルと言うが、事情は伺っているだろうか」

「ああ、さっき王宮から騎士の人来たで。私を通してアンタに金貸す言う話やろ」

「そうです。それもありますが……」


私は頭を下げて礼をし、頼み込む。


「私の領地で、モンスター素材を買い取る出張店を設けて頂けませんか?」

「そうくるかー。ウチは、ただ金貸すだけとしか聞いてへんのやけど」


確か、一からギルド作る言う話やったなあ。

うーん、と悩んだ表情を見せながら、マリエ嬢が私の顔を覗き込む。


「まずは道やで。出張店作っても物資運べんやん」

「道ですか」

「そや、人と物資を流通させる道がいる。馬車が通れるくらいの。アンタの領はそれすら無いと聞いとる。それが出来てから話持ちかけてくれるか」

「そうですか……」


やや、落ち込んだふりをするが。

よし、言質はとった。

道さえできれば、出張店は造ってもらえるんだな。


「なんかアンタ心配やなあ。道作るのと、その間のダンジョンのモンスターの間引きも考えなあかんで」

「わかってます。これから冒険者も雇いに行きますよ」


私は再び頭を下げて礼をし、オズーフ商会から立ち去ろうとするが。


「ちょい待ち」


マリエ嬢はその背負ったリュックを下ろし、ごそごそと中から何かを取り出す。


「ぱんぱぱーん」


効果音を口で出して手渡ししてきたそれは、飴玉だった。


「飴玉?」

「ただの飴玉やないで。王族にも卸しとる飴玉や」


パントラインて、姫様の傍付きの嬢ちゃんがよう買いに来よるんやで。

そんな事をマリエ嬢が呟く。

どうでもいいが、王族からの信頼を得ているという事だろうか。


「これでも舐めとき。気が晴れるで」

「……有難く頂きます」


なんか領地のおばちゃんみたいな性格してるなこの嬢ちゃん。

私はバンバン、と背中を叩かれながらオズーフ商会から立ち去り、飴玉を口にほおる。

なんだか、甘味が私の疲れを和らげてくれる気がした。



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