ビンボ―村の領地にダンジョンが湧きました
道造
第1話 ビンボ―村の領地にダンジョンが湧きました
泣きながら頭を抱える。
膝を崩し、赤い――というには少し黒色が見られる薄汚れた絨毯に跪きながら。
何分、新しい絨毯に変える金に乏しいのだ。
どうでもいい事。
それを無視し、祈るようにして言葉を呟いた。
「頼む……頼むから……」
ダンジョンではありませんように。
祈りを言葉にせず、俺はただひたすらに祈る。
ダンジョンではありませんように。
ゴブリンの洞窟か何かでありますように。
「神よ!!」
吠え猛るように祈りを言葉にした。
ダンジョンではありませんように。
その言葉を出さずに、祈りだけをただ口にした。
それを遮る、ノックの音。
私の部屋をノックする人物は、一人しかいない。
「カーライル様、おられますね?」
メイドのロクサーヌだ。
我が領地から雇いあげた、両親を亡くしたみなしごの子。
それが随分と大きくなり――今では我が家で立派にメイド業をこなしている。
私はそれが嬉しい。
私だけが育てたわけではないが、私が彼女の成長に役に立ってないとは言わさんぞ。
それが領民へ対しての口癖だった。
平和な時代。
「冒険者ギルドから派遣した方々が、洞窟から帰ってこられました。すぐに御会いください」
平和な時代は今後も続くはずだ。
そう、続くはずだ。
繰り言を何べんも繰り返し、ただ自分を安心させる作業を続ける。
私はドアを開け、応接室へと歩き――その扉を開く。
そこには、礼儀もロクに知らぬ。
ただ実力だけは冒険者ギルドに保証された、冒険者のパーティーが応接間でしんどそうな顔で椅子に座り込んでいた。
その内の一人、リーダー格の男がテーブルから頭を持ち上げてこちらを見る。
「結果は?」
単刀直入に聞く。
「喜んでいいのかなあ。多分、アンタは喜ばないだろうが」
リーダー格の男、モンゾが言いにくそうに言葉を選びながら。
やがて、それを諦めたように口を開いた。
「単刀直入に聞かれたんだ。そのまま言おう。ダンジョンだったよ」
私は頭を押さえ、呻く。
そして膝を崩し、ロクサーヌの心配そうな視線を背に浴びながら、呟いた。
「神よ! 恨むぞ……」
私は神に対し、呪いの言葉を挙げた。
ダンジョン。
それは、危険な場所。
凶悪なモンスターの溢れる場所。
そして、富に溢れかえった場所。
壁に埋もれた鉱石。
モンスターの死骸――肉にも、武器にも防具にも、装飾品にもなる。
素材は資源になるのだ。
だが。
ああ、だが。
ダンジョンのモンスターを定期的に間引きしないと、モンスターがあふれ出るのだ。
これが都市圏に出来たならいい。
何故、辺境の我が集落に。
住民200人にも満たないこの集落に。
嗚呼――神よ。
「ふざけんなよ! マジで!」
文句は、ついぞとして出た。
◇
「で、どーする?」
私の一言によって、意見は募られた。
「もう終わりですね。絶望的です」
村長の悲観的な意見。
「仮に冒険者を招き入れようって言っても、宿すらない村だぞここ」
青年団の団長の悲観的な意見。
「そもそも、呼びかけたところで集まるかどうか……こんな利便の悪い、偏狭な村に。ダンジョンはここだけではないのですぞ」
執事の中立的で、悲観的な意見。
私に近い意見。
ようし、それを採用だ、とはいかない。
それではすべてがお終いだ。
この村が滅ぶ。
私の領地が。
「領主様、御判断を」
村民の代表者、村長や青年団長、執事が私に視線を浴びせる。
そんなもの、決まっているだろう。
「選択肢は一つしかない。宿、酒場、冒険者の揃った複合施設――冒険者ギルドを我が村に作る。そうしなければダンジョンから溢れかえったモンスターが村を襲って亡びるぞ」
「そんなの――いったいどうやって作るんです」
「それを今から考えるんだよ。責任は私がとる」
貴様らには、責任を背負わせられん。
責任を背負うのは当然のごとく私だ。
この先祖代々受け継いだボロっちい領地を守り抜くのは私の務めである。
「アイデアだけを黙って出せ、後は私が全てなんとかする」
「……わかりました。領主様」
村長が代表して、ペコリと頭を下げた。
結論は出た。
冒険者ギルドを作る。
しかし、具体的な案は浮かばない。
だが、浮かべなければならない。
死ぬならいっそ、前のめりに死ね。
我が家に代々伝わる言葉だ。
「金だ、とにかく金が無い」
腕を組み、唸る。
今回の冒険者パーティー、モンゾ達も無理してお金を出して雇ったのだ。
ダンジョンのモンスターを一時的に間引きする金すらもうねえ。
「先立つものがありませんか」
「村の予算にも限度がありますから……」
村長と執事が唸る。
オッサン同士がうんうん唸ってばかりいても仕方ない。
「とりあえずの対処は――いや、とりあえずどころか国にもう嘆願するしかないか」
結論らしきというべきか、実のところ投げっぱなしのアイデア。
だが、王がどこまで援助してくれるのだろうか。
ここは私の独立した領地だ。
「それは領主様の弱みになりませんか? 領土を守れないとして、領地を取り上げられたり」
「無いと思うが――いっそそれでも構わんわ。王がこんな辺境の土地欲しがるとは思わんが」
「領主様が領主様でなくなるのは困ります」
村が滅びるよりマシだろ。
こうなったら、どうにでもなれの精神だ。
私は自分の立場で無く、とりあえず村を生き残らせる方向に脳内を切り替えた。
「とりあえず、モンスターの間引きに関してはしばらく問題ない。モンゾ達がやってくれたからな。その限られた時間で何をするかだ」
「我が村の青年団ではモンスターの間引きは」
「不可能だ。ゴブリン相手から自衛するのが精々だろ、ウチの青年団では」
人口200人の、青年期の男は50人もいない村だ。
だいたい、青年団と言っても他に仕事がある連中だ。
モンスターの間引きに割り振るわけにはいかない。
「だから冒険者ギルドだよ、最初からそれしかないんだよ。金さえあれば、間引きの冒険者を雇い続けるのも可能だが、そんな金ない」
「その……領主様では無理なのですか? 剣の技量は王都の武闘大会でもいいところまで行ったとお聞きしましたが」
青年団長が声を挙げるが、無理だ。
「それ、俺が20の頃の話だぞ。今じゃ36のオッサンに無茶言うなよ」
まして、たった一人でダンジョンの間引きなんかできるものか。
私の返答に青年団長が呻き声をあげる。
「36になったというのに、領主様には嫁の来手がない。これも我が村がビンボーなのがいけないのですか」
「いや、それは単に俺がモテないからだ。金があったら貴族の嫁の来手もあったろうが」
何か違う話になったぞ。
俺がモテない話は今どーでもいいだろ。
「もう領民から嫁をお取りください。ロクサーヌなどどうでしょう」
執事が話に乗っかってくる。
「孤児から育てた16歳の子供を娶ったら、私はまるで犯罪者ではないか」
「ロクサーヌは承知します」
「ロクサーヌの意思など関係ない。私の心の問題だ」
判っとらんやっちゃな。
大体、ロクサーヌの立場だと嫌でも断れんで可哀そうだろうが。
心の中で愚痴りながら、執事を罵る。
「というか、領民の評判も悪くなるだろうが」
「いえ、領民は領主様――カーライル様の嫁の来手がなく、このまま御家断絶になる方を心配しているのですが。もう誰でもいいから嫁をとってください」
村長が悲鳴混じりに声を挙げる。
知らんわ。
私は話がだんだんずれていったことに、大きなため息を吐いた。
◇
「それでは、村の事はしばらく任せたぞ」
我が村には馬も無い。
以前は先代の老馬がいたが、もう死んだ。
騎士としてはあまりに物悲しい話だが、歩いて近くの街まで行くしかない。
その後は乗合馬車で王都までだ。
「お帰りをお待ちしています」
ロクサーヌが瞳を閉じ、祈るように両手を組み合わせながら言葉を紡ぐ。
「帰ってきたときも領主である事を祈っておいてくれ」
まあ、こんな偏狭な土地を取り上げられるとは思えんが。
それより、私みたいなビンボー領主もいいところの下級貴族に王が御会いになってくれるまで、いくら時間がかかるか。
旅費はもつのか。
それが問題だ。
「その時は、一緒に畑を耕しましょう」
「騎士を辞めて農業を始めるか、それも良いな」
ただ、それすらも、この村が滅ばなければの話だが。
はあ。
ため息をつくが、この時間すら惜しい事に気づく。
ロクサーヌが、我が家紋入りのハンカチを取り出して――私が彼女の16歳の誕生日にプレゼントした物。
それで、目を覆う。
泣いているのだ。
「泣くな、ロクサーヌ」
「はい、カーライル様。申し訳ありません」
私はロクサーヌの頭を撫で、一度軽く抱きしめた後に迷いを振り切った。
「それでは、行こう。後は任せたぞ執事」
「はい、行ってらっしゃいませ」」
執事も同じように我が家紋入りのハンカチを取りだすが、こちらはパタパタと旗に見立てて出陣のように振る。
応援してくれているのだろう。
「……」
もう、言い残すことは無い。
私は一人、近くの町までのロクに整備もされていない道なき道を歩くことにした。
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