第3話 トップレスのトップガン

 指示を出し終えた黒木砲術長は、ヘルメットのマイクを切ると、

「また、お戯れを」

と、ミーシャ指導官の双峰に向けて苦笑した。


 そのミーシャは、和希の背に視線を向ける。

 京香きょうかに合気できれいに投げられて強引に体を裏返された彼は、そのままサイクロイドの滑り台を滑り降りる列の末尾に加わっていた。

 

 

「ハダカスキー、ご苦労。砲撃開始準備の3分を含め、こちらは10分とたたず片付ける。その後速やかにお客様の空挺劇の撮影準備を再開せよ」

「はっ!」

和希かずきはミーシャに背を向けたまま、敬礼をした。

むろん、最上官に対し、そんな敬礼はありえない。


ミーシャは、堂々と胸を張ったまま、

「フン、いつもどおりに敬礼をせよ。ハダカスキーの名に恥じない思い出作りをしておけ。今日はハレの日だからな。」

と言い放った。


 滑り台に足をかけている京香きょうかが下から睨みつける視線を送る中、和希かずきは、ミーシャの方を振り返り、背を伸ばして、

「了!」

と敬礼をした。


 砲撃戦の開始に備えての部下たちの階下への退避を、泰然と見ているミーシャ指導官の豊かな双峰のトップレスを彼は、はじめて正面から見ることになった。

 

 ☆

 

 ミカ校での訓練では幾度も経験させてもらった最速降下線サイクロイドの滑り台を降りながら、彼は長いようで短かったミカ校生活を振り返っていた。

 畑家はたけの一人息子に和希かずきと名付けたのは父だ。その名の語感から、スパっと「ハダカスキー」とあだ名をつけたのは、上官の嘉数かかず・コルニーロフ・ミーシャ指導官。ロシア系の血を引く琉球女のミーシャがそう呼ぶことで、まるで本名であるかのように、ミカ校でその名は通っていた。


 彼はというと「まぁ、仕方ないか」と通り名を受け入れていた。その名前付ネームドの通りに、透視の異能が発現してしまうまでは

・・・そして、はたの名を捨てた彼は、もう一つの、本来の異能、土御門つちみかど名前付ネームドとなった。滑り台の出口が見えたところで、彼の脳裏は、今しがたのミーシャ指導官の双峰をフラッシュバックした。

 

 ☆

 

 彼の前を滑る京香きょうかはというと

(あれが、アクーラ級爆乳守護天使のトップガン)

と戦慄していた。

 

 プライベートの京香きょうかは噂好き女子である。

 

 

 琉球準州の那覇市に育ったミーシャ指導官は、米ソ共同統治領サハリン準州のお生まれでロシア系米国軍人の血を引いている。その血の恵みのもとに育った見事なお胸は、配属された合衆国海軍の精鋭レールガン部隊女史の中でも随一のもの(ミカ校図書館は、米軍寄贈の参考資料ブースの部隊員の水着集合写真で、京香きょうかはその事実を確認済)。

 そんなミーシャ指導官の推定Mカップ以上のお胸は、ミカ校女子寮ではソビエト新連邦が誇る世界最大の原子力潜水艦の呼称、アクーラ級にいつしか例えられるようになっていた。

 合衆国海軍で女性兵の部下たちを率いるようになった彼女が、ハレの休暇にはビーチでトップレスで過ごすことは通常事ノーマルだったのだという。ここミカ校に通うは、ミサイルの精密誘導や電磁加速砲レールガンの着弾予測に実践的に取り組むリケジョの総勢800名。特に近時は文字通りの実践射撃を取り組むことで、最上級生の専科生の多くは緊張を強いられている。時として、指揮官が彼女たちの前で文字通り一肌脱いでリラックスした姿を見せることがある、と噂では聞いていた。

 

(それにしても、専科の先輩方は、なぜ指導官のトップレスをトップガンと呼んでいるのかしら?)

 ミカ校下級生女子の間では未だ都市伝説の、ミーシャ指導官のトップレスを目撃した興奮冷めやらぬままに、京香きょうかは思う。

 

 その疑問の答は、近時のレールガン搭載駆逐艦がイージス艦に変わり、防空の任もつくようになったことがある。米国海軍(そしておそらく中国軍)では、射出後のレールガンを散弾にすることができるのだ。マッハ10に迫る速度で数百キロメートルを散開飛行するレールガン散弾、その一部に貫かれただけでも航空機は飛行能力を大きく減じられるか、墜落する。近時の戦闘機乗りにとって、レールガン散弾は「敵ミサイルや敵戦闘機とのドッグファイト以上の脅威となっている。

 かくして、前世紀には戦闘機同士のドッグファイトを制した最優秀のパイロットに送られる尊称であったトップガンは、今や、最優秀のレールガン使いに送られる尊称となっているのである。

 そう、ミーシャ指導官こそが、トップガン。

 

 そうした由来を知らない京香きょうかだったが、ミーシャ指導官のトップレスは確かにトップガンとお呼びするのが相応しい威容だったわねと、ひとり納得して、滑り台を出た。

 

 ☆

 

 3秒と少し後に、滑り台を出てきて立ち上がった和希かずきに、

「思わず投げちゃったわ、カスキー」

と声をかける。

「だって、カスキーにはもうこれと決めたお胸があるかもしれないしいから、止めなきゃと思っちゃって」


 そう言うと、背を返してスタスタと歩き去った。

 

 そう、京香きょうかは、生徒会長から確かすぎる噂として、和希かずきの想い人のことを聞いていた。噂好きの京香きょうかであっても、生徒会長の願いを受け他言は控えているが。


(これからどうなるのか、かなり楽しみよね~)


 来週から、陸自宮古島駐屯地施設科に配属される和希かずきの、いささか特殊な遠距離恋愛の行く末を、京香きょうかは大いに楽しみにしている。

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