第2話 専科校舎屋上の砲撃戦準備

 和希かずきは、緊急時に許されている速歩で廊下を進む。彼のヘルメットから、大音量の声が響く。

「カスキー、遅いっ!!」

 

 遠慮ない声色は、元同級生の柊崎京香くきさききょうかのもの。といっても、京香きょうか和希かずきの近時のリアルな同級生関係は、横須賀時代の小学校時代のもの。あとは、一応、通信科高校の同い組という、バーチャルなもの(陸自所属のミカ高生は、普通科高校卒業資格を取るために、通信科高校授業の履修が義務付けられている)。

 

「悪い、遅くなった。薙刀大会が延長ありありの熱戦続きだったもので。テレビカメラを抱えた広報が抜けるわけにはいかなかった。」

 彼は歩を緩めないまま、そう返した。10秒ほど経って、和希かずきが階段を登り始めた頃に、再びヘルメットから声が響く。

「会長から丁寧に連絡頂いたわよ。お詫びは聞かなくていいから上に急がせろ、とのことよ」

 京香きょうかの声は、少し事務的な口調。友利会長を補佐する副会長という立場での彼女の言葉なのだろう。

 この二月ほど、ミカ校での作業に戻り、少々気まずい視線を受けていたので、生徒会の二人の変わらぬ態度はありがたい。


 都合4階分の階段を速歩のまま上がり終え、彼は、屋上へ出た。

「生徒会広報班、土御門和希つちみかどかずき、遅まきながらテレビカメラと共に参じました」

 と敬礼する。

 

 その和希かずきに軽く返礼したのは、入口付近にいた専科1年の神雷武美じんらいたけみ先輩。昨年度のミカ校生徒会長である武美たけみは、和希かずきよりも一回り大柄。

 成人している自衛隊員やエムデシリ隊員にもキラキラネームが多い中、なかな珍しい古風な名前である。ミカ校時代に薙刀大会を連覇して依頼、武御雷タケミカヅチという、恵まれた体躯に見合ったあだ名かついた。キラキラと上位同系の閃光系のあだ名、だろうか。

 

 全速力でここまで来たことを示す荒い息のまま、和希かずきは指定されたカメラの設置箇所へと向かう。

 

 一辺約百メートルの正方形の専科屋上に、各設備は幾何学的に対称配置されている。中心にそびえ立つのが、階下の変電蓄電所からの熱を放散するための放熱空洞を兼ねた電波通信塔。その足元に和希かずきが速歩してきた階段口と反対側の階段口。屋上各頂点には、校舎から砲門を突き出す形で電磁加速砲レールガンくろがねの砲台が位置する。

 南西と北西の各辺の中点付近は、強い電磁波放射を伴う砲弾射出時に階下に退避するための『滑り台』だ。最小摩擦時の最速降下線、すなわちサイクロイドの形状で作られている『滑り台』を降りると、そこが階下の管制制御室。滑り台の周囲には炎天下の物見のためにいくつかのビーチパラソルが並ぶ。骨組みがしなり元々が強風に強いパラソルは、砲弾射出時の後方衝撃波に問題なく耐えるという。

 

 屋上北側の頂点付近の、赤テープが島方位角に合わせ✗字に貼られた撮影指定ポイントにたどり着いた和希かずきは、バックパックから三脚と気泡水平器を出し、仰角調整のための水平の確認を始めた。本日行われる、陸自習志野空挺団を中心とした望外の外地からの支援者の宮古島への空挺降下の儀。島防衛にとってハレの日と言える、その儀を伊良部島側からビデオカメラで記録することが彼のミッションである。

 

 水平確認を終えた和希かずきは、仰角調整に入ろうとバックパック内のカメラに手を伸ばした時、砲台が回転を始めたことに気がついた。


 直後、右後方から

「想定島方位角ヒトゴウマルに不明体アンノウン。砲術隊、加速砲撃戦に向け妥当距離を算出開始」と、張り詰めた声が聞こえくる。専科チーム砲術長の黒木先輩である。またも、トロールとも呼ばれる不明体アンノウンが島に接近してきたらしい。


「このタイミング、か」

後ろからタケミカヅチ先輩の声。


 電磁加速砲レールガンから撃ち出される砲弾の放物運動は、初速・射出角と気圧、温度湿度、風向き等の影響を受ける。砲術専科のリケジョの先輩方は、未確認接近者アンノウンの迎撃の際の命中率を向上させるべく、各要因をパラメーターとした機械学習演算に日々取り組んでいる。

 

 このままカメラの準備を続けていいのか指示を仰ごうとそちらを向いた和希かずきは、彼女がディスプレイに鋭い目を向けていることに気づいた。砲術隊が出す迎撃プランを自らチェックしているのだろう。リケジョの鏡のような、色白で細身のシャープな顔立ちに銀縁眼鏡の黒木先輩の真剣勝負オーラに、声をかけることはためらわれる。

 視線にさらに右にたどる。ショートカットの京香きょうかがいる。階下から屋上に上がってきていたらしい。高等科2年の彼女は観測隊に実習生として加わっている。

 和希かずきは、意見を求めようと京香きょうかの元に歩み寄る。歩を進めながら、彼女の視線が自身の背後を向いていることに気づいた彼は、何げなく視線の方角を辿る。

 電磁加速砲レールガンの砲頭がまさに彼の真向かいに立とうとしていた。

 その刹那、「見るな、カスキッ」という京香きょうかの声と共に、足を刈われた彼の身体は回転した。 グルリと回されながら地面に叩きつけられながら和希かずきは、これは合気なのだろう、と思う。



 リケジョの園のミカ校生。現代兵器、より正確には近未来兵器の使い手たることが期待されている彼女たちに肉体的なスキルは強く求められてはない。しかし、年若くして未来的な兵器を扱おうと志す母集団ゆえか、ミカ校生の約半数は「個人的に」武道をたしなんでいる。

 

 和希かずきの幼馴染の京香きょうかはその一人。同級生として道場に通っていた小学生以来にその投げ味を味わい、技のさらなる洗練を背中のしびれと共に知った和希かずきは、抗議を一つを言いたいと顔を上げようとして、その視線のはじに、転回を続けるくろがね電磁加速砲レールガンから伸びるスラリとした脚が目に入る。

 

 砲の下のくぼみ台に一人、艶然と座る金髪の女性ミーシャ。

「指導官!」と、黒木砲術長がその姿に指示を仰ぐ。

「飽和射出を許可する。待望のお客様の来訪アナウンスの前に、アンノウンどもを退散させろ」


「「了っ」」

 凛と命じた声に、隊員たちは直立し応える。

 

 指導官の命を受けた黒木砲術長は

「哨戒隊、1分の後より防衛線付近のドローンを山越えさせよ。砲術隊、近接距離にての飽和射出戦を用意」

とさらなる指示を出す。

 

 その声に鷹揚に頷いたミーシャ指導官は、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。その上半身には、くろがねの砲台の威容にも格負けしない、豊かなMカップの双峰。

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