零 生徒会広報班の最終週

第1話 専科校舎への鬼コギ

 ミカ校の本校体育館で開催された、高等科1年生の薙刀大会の決勝戦は、二回の延長の後に決着した。勝者と敗者が中央で礼をするまでを撮り終えた、ミカ校広報担当の土御門和希つちみかどかずきは、なおも甲高い女子の歓声が続く中、ビデオカメラと三脚をバックパックに急ぎしまう。

 そして、審判を務めるエムデシリの隊員女史に一礼し体育館を出ると、彼は制帽をかぶり体育館に隣接する自転車置き場に向かう。


 自転車置き場の広報部備品のママチャリを押しながら通用門をくぐり、ママチャリにまたがった和希かずきの耳に、ヘルメット越しに「カスキー君、広報官が急ぐようにとのことだぁさぁ」との声が入る。

 カスキーと彼をあだ名で呼んだ声の主は、生徒会長にして広報部長を兼務する友利菜生ともりなお。その声色も語尾もけっして急かせているようには思われないが、「イエスマム」と即答し右手で敬礼のポーズを返すと、彼はママチャリを漕ぎ出した。

 

 サトウキビ畑沿いの車通りの少ない道を通り、目指すは、敬礼の向きと同じく数キロメートル先の小高い牧山の頂き、正確には頂きにあるミカ校の専科校舎だ。

 

 伊良部島で一番の高台にある専科校舎屋上には、米国の支援で導入された陸上設置型の電磁加速砲レールガンの砲台が、計四門設置されている。校舎敷地の過半を占める変電蓄電所からの電力供給の下、各砲は5秒未満で弾丸を近接速射する。すなわち、四門で高度超音速の砲弾を毎分50発以上撃ち出すことが可能。本来は、専科校舎学校の校舎というよりは砲台基地という名の方がふさわしい(ただし、近隣諸国への政治的配慮から、あくまで学校校舎とされている)。

 

 専科校舎に向け鬼こぎをする時、彼の脳裏には、その専科自慢の砲が自分を向いているような妄想が時たま浮かぶ。

 今の宮古島市防衛戦の要たる電磁加速砲レールガンの最大射程は、300キロメートル弱。隣国台湾には届かないが、魚釣島含め先島諸島の領海全てが射程に入る計算となる。そんな大仰なものが、彼個人を向くことなど、もちろんありえない。

 和希かずきは、妄想など振り払ったように、まっすぐな道を鬼こぎを続ける。たが、遠くの伊吹山いぶきやまが、彼の目に入る。彼の脳裏には、その麓から歩み寄ってくる不格好な人形存在ひとがたそんざい、通称、トロールの胸や肩や頭が、電磁加速砲レールガンからの弾丸で吹き飛ばされる様がこびりついていた。

 

 道の続く先には、本来は海峡を挟んで宮古島があるのみ。左手遠くに見えるのが伊吹山いぶきやまなのだどは、今も少し信じがたい。

 そもそもが幻だと言ってしまいたい。


 しかし、昨年末、彼は、隣島宮古島の高台高腰城跡に通い詰め、伊吹山いぶきやまをはじめとした島の四方をひたすら超望遠カメラに写し続けた。

 それは、上司として君臨してきた兼任広報官のミーシャからの命令ミッションの一環。兼任広報官であるミーシャの本職は、ミカ校専科生と陸自隊員とを実働とするレールガン部隊の指導官が本職である。

 陸自駐屯地の第五地対艦ミサイル連隊の哨戒部隊員が島の半径50キロメートル四方への不明体アンノウンの接近の有無を探る。半径35キロメートル程度の防衛線を不明体アンノウンが超えた際には、専科校舎屋上に待機しているレールガン部隊が迎撃を行う。両部隊は、三交代制で24時間の運用体制を回している。


 高腰城跡に陣取った駐屯地隊員たちは、和希かずきに、見張り台上にある撮影指定箇所を案内してくれた。撮影指定箇所には、島方位角0度、90度にあわせて✗字に赤テープが貼られている。島方位角とは、宮古島駐屯地とミカ校とで砲弾射出時の情報共有のために定めた座標系である。駐屯地からはここ高腰城跡の方角島方位角0度に、ミカ校専科校舎からは砂山ビーチのアーチ岩付近の方位が島方位角0度にあたると隊員は彼に解説してくれた。

 基地の眼の役割を担う哨戒用ドローンは防衛線付近を通過するたびに、撮像位置の島方位角と仰角とを伝えてくる和希かずきは、その位置にカメラを向け続けた。彼の任務の終了条件は、実際に電磁加速砲レールガンの着弾を観測しきるまで、という曖昧なもの。

 その条件は、彼が見張り台にへばりついて3日目に満たされた。

 その日、専科校舎屋上の電磁加速砲レールガンから、防衛戦を超えた通称トロールの群れへと放たれた弾丸は、都合80発。その着弾予測点を必死に遠隔観測した和希かずきは、群れの過半にあたる31体の身体が超音速の弾丸に激しく貫かれる様を写し続けた。遠隔観測ゆえ人形のように小さく見えるとはいえ、電磁加速砲レールガンの弾丸が人の形をしたトロールの身体が音もなく次々と爆ぜていく様は、ちょっとしたトラウマの如く、彼の脳裏に焼き付いてしまっていた。少なくとも一般の方々への広報向けの映像ではない。・・・結局、それらの映像は一般向けに流されることはなかった。映像は関係者の参考資料とされたのだろう。

 そして、その撮影ミッション自体は、ほんの前まで、地元横須賀の通信科高校生という肩書きでの合法的で自由な引きこもり生活を謳歌していた高2の和希かずきの意識改革を目指してのものだったのかもしれない。


 さておき、左手に牧山が迫る中、和希かずきは、速度をなるべく落とさないよう器用にママチャリを操りつつ、左手に曲がり開け放たれた大門をくぐる。ここから頂きまでは一本坂だ。和希かずきは、立ち漕ぎを始めた。万が一にも後ろにひっくり返ることがないように前のめりとなったため、背中のミリタリーパックが重みが、和希かずきに汗だくの背中を意識させる。それでも慣れた道だ。彼は漕ぐ足に力をこめる。

 1年前には呑気な引きこもり生活を送っていた和希かずきだったが、ミーシャ広報官兼任指導官の下、今や時間厳守を旨とする組織の一員となっていた。


 坂を登り切り、牧山展望台が見えてきた。本日、展望台は久しぶりに市民に開放されている。抽選で選ばれた市民80名ほどが展望台を訪れている。平良たいらの方から市民を運んできたのであろう輸送バスの前に陣取る警察官たちに、和希かずきは脱帽し軽く頭を下げながら、その脇を通り過ぎ山頂の専科校舎へと最後の鬼漕ぎを披露する。

 島の物資とエネルギーが困窮する中、彼は、ミカ校中高等科校舎と専科校舎のちょっとした物資の自転車輸送に駆り出されていた。数百回に及ぶ急ぎの輸送任務で今や鬼漕ぎはお手の物だ。

 

 ようやくに専科校舎の駐輪場にたどり着く。ママチャリをそこに止めると、そこからは速歩で校門に向かう。「陸上自衛隊」という縦書きの看板が見えてきた。看板の左下には、「高等ミサイル科学校専科校舎・電磁加速砲台基地設置準備室」との文字がある。専科校舎は、事実上の砲台基地を兼ねている。校門兼基地入口を守る歩哨に任につく陸自隊員に敬礼し、和希かずきは、入構ゲートに手のひらをかざした。

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