嵐と黒髪

 風がごうごうと唸り猛る。今日の【島】は嵐に見舞われている。こんな中にいつまでもいれば、メイクが全部グチャグチャになってしまうだろう。

 だけど、アタシ達は港に集まっていた。


「……あっ、あれ!」

 くるが指さす先には、波を超えてくる船の姿があった。あれには、あいが乗っているはずだ。



「……っ、あいっ!!」

 船着場についた船から降りてきた あいを、アタシは駆け寄って抱きしめた。

「無事に帰ってきてくれて良かった……!!」


 この嵐、船が難破してもひとつもおかしくなかった。もう彼女は帰って来れないかもしれないと思うと、不安で仕方なかった。


「めい、離れて」

 だけど、彼女から返ってきたのは冷たい声だった。アタシは驚いて身を離し、あいの顔を見た。酷い顔だ。いつもあんなに可愛く愛嬌のある顔がすっかり青ざめて震えている。


「あい……? 何が……」

「そっか、めいは初めてだね。新人さんだもん。この嵐は経験したことないもんね」


 力なくへへっと笑うあいに、絶句したアタシの代わりに話しかけたのは きよだった。いつも飄々とした彼女に相応しくない固い顔だった。


「あいちゃん、この嵐は」

「うん、そうだよ。あい、んだって」

「あい、どういうこと、いらないって、誰が」

「【主様】だよ。あい、空気読めないから。また【主様】のこと、追い詰めちゃった」


 愛されたいのは悪いことじゃないって、伝えたかっただけなのにな。

 あいが、小さな声で呟いた、その途端、一際大きな風が吹いた。


「もーう、そんなこと、みらいに言ったって仕方ないじゃーん」

「……来た」


 知らない声が上から降ってきて、くるが上を見上げて呟いた。その声で、皆が上を見上げる。


「おーおー、皆さんお揃いでー」

 黒いワンピースに身を包んで、黒のロングブーツを履いた女の子が、空中で腰掛けてこちらを見下ろしにやりと笑っていた。生理的に嫌悪感と恐怖が込み上げる。誰だ、あれは。


「ほらっ、めい、離れて!! めいも捨てられちゃうから!!」

「えっ、まっ、捨てられちゃうって……」


 反駁しようとしたアタシを、あいが突き飛ばした。軽く吹き飛んでコンクリートに強かに腰を打付ける。意外にあの子強いよね。いや、今はそうじゃなくて。


「ねぇ、あの子誰!?」

「おやおや、新人さんって感じー? そうそう、危ないよ。近くにいたら一緒に捨てちゃうよー?」


 アタシが説明を求めると、まなが口を開いた。

「……『自分のことが嫌いな女の子』、あいさんは『きら』と名付けてます。私たちと同じ、【人格Persona】の1人ですが、……恐らく、1番【主様】に1番近い人です」

「……彼女は、【主様】……、みらい様がいらないって思った わたしたちを捨てるっていう役割があるんです。たぶん誰も、逆らえない」

「ねー、お喋りそろそろいいー? さっさと仕事終わらせて帰りたいんだよねー」


 彼女は気だるげにそう言うと、ひらりと片手をふった。

 あいの身体が浮かび上がる。


「っあい!!」

「めい、来ちゃダメ!!」

「馬鹿、さっきこころちゃんが言ったろ、逆らっちゃ駄目なんだよ!」


 思わずあいの身体に縋りつこうとしたアタシを、きよが羽交い締めにして止める。


「……捨てられても、ちゃんと帰ってくることもある。今出ていくな。頼む、耐えてくれ。捨てる時は一旦捨てないと、【主様】が壊れちまうんだよ」


 後ろからそう囁かれて、アタシは身体から力を抜いた。それでも、無力感は収まらない。

 あいが、きらとかいう奴の目の前まで浮かび上がる。きらの黒髪のポニーテールと、あいの整えられたツインテールが揺れた。


「言い残すことは?」

「……あいはたぶん、捨てられても帰ってくるよ。だから言い残すことなんて無い」


 そう言ってあいは、こちらを振り向いて笑って見せた。

「だからめい、いい子で待ってて、ね?」

「ふーん、わたし、君のこと嫌いだなぁ……」


 きらが目を細めて、腰掛けていた何かから降り立つ。そしてゆっくりと拳を固めた。

「帰ってこなくて、どーぞ」


 その拳が勢いをもって あいの鳩尾を捉える。あいの顔が一瞬苦痛に歪んで、そのままふきとばされた。


「、っ、あいーーー!!!」


 叫んでも、あいの姿は既に波間に消えていた。

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A Persona 淵瀬 このや @Earth13304453

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