通話と拒絶反応
「うん、うん……」
時計は午後11時をさしている。私は宿題を前に、シャーペンを放り出して恋人の声に耳をかたむけていた。『みらい』、と私を呼ぶ声は優しく、でも通話の終わりを告げる。
「うん、そうだね。もう11時だし。うん、うん、うん。じゃあ、おやすみなさい、先輩」
でぃどぅどん、という音とともに、自分が彼と隔てられたことを感じさせられる。目の前に投げ出したスマートフォンのお洒落な深い青のカバーは、彼が修学旅行のお土産に買ってきてくれたものだった。
私が一緒には行けなかった修学旅行の存在が、1歳差という彼との隔たりをまた痛いくらいに訴えてくる。
首をぐるりと回して、部屋の入口近くの壁に吊り下げたコルクのボードを見る。ネックレス、ストラップ、帽子、中学生の時 版画で刷らされた「鏡花水月」の文字。それらに混じって、1回だけ撮ったプリクラもピンで刺していた。良い笑顔をしている。
私は愛されてる。自分に言い聞かせる。
『でも、【主様】はもっと愛されたいんでしょ?』
心の中で、誰かが言う。
「別に。私はそこまで貪欲じゃないし」
『え〜、あいは、愛されたいのは悪いことじゃないと思うけどなぁ』
「うるさい」
私は思わず舌打ちした。
人は皆、自分の中に『もう1人の自分』みたいなのがいると思う。勿論その存在自体は妄想に過ぎないのだろうけど。私の中にも同じように、私の行動を制御したり時には口を出したりするような子たちがいる。むろん、私の妄想だ。私は、ひとりだ。
『【主様】は、不安なんでしょ? 【主様】にとっては初めての恋人なのに、先輩にとってはそうじゃないもんねぇ』
「……うるさい」
『自分は所詮元カノさんの代わりかもしれない。先輩の気持ちが戻ってしまうかもしれない。捨てられちゃうかもしれない』
「うるさい」
『告白してきたのは先輩の方だったけど、元々憧れてたのは【主様】のほうだもんね。いつ冷められちゃうのかずっと不安、違う?』
「違う、先輩はちゃんと好いてくれてる。疑うのは私が悪いの」
『でも、そうやって疑ったりしないくらいに好いて欲しいんでしょ? 愛して欲しいんでしょ? じゃあ何でそう言わないの?』
「うるさい」
無垢な、不思議そうな内から聞こえてくる声が、私を責め立てる。それが出来たら苦労しないと思うようなことを、平気な声で言ってくる。
『いいじゃん、愛されたくたっていいじゃん!! 何でそんなに嫌がるの?』
「うるさい!! 『愛されたがりの』私なんていらない!!」
私が叫べば、その声は止まった。数秒の後、悲しそうな溜息が聞こえたような気がした。
『……本当は、【主様】自身が自分を愛してくれたらいいのに』
頭の中で水温が響いていた。外は雨が降っている。暫くは、やまない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます