星と信仰心

 石階段を登り切れば、そこには神社がある。山の中静かにそびえた神社は、夜は特に荘厳だ。


「こんばんは、こころ。いい夜だね」

 そして、そこに こころがいるのは、いつも通りだった。


「こんばんは、くるさん。えぇ、今宵は星がよく出ていますから」

 彼女は拝殿の前の階段に腰掛けたまま身じろぎして、ぼくをその隣に座るよう促した。


「ということは、【主様】はどうやらぐっすり眠れているみたいだ」

 以前、それこそここで こころから聞いた話を思い出しながらぼくは言った。彼女によれば、【主様】が何の心配事もなく寝ている時は空が穏やかで、ぼくらは誰も呼ばれないのだという。


「先ほどまで【あの方】とお話ししていましたから」

「【あの方】……。あぁ、【主様】の、その、恋人か」


 こころが嬉しそうに顔を赤らめながら肯定するので、ぼくも当てられて顔が熱くなる。


「あはは、幸せそうだね。ぼくはどうにも、恋愛の話は気恥ずかしくてならないや。同じ【】なのに、何だか変な感じ」


 この【島】にいる6人の少女は、ぼくも含めて、皆【主様】の【人格】だ。【主様】がぼくらを必要とする時に、船に乗ってその表層に行く時にだけ、ぼくらは外に表出する。例えば、ぼくが仕事に出ている時は、【主様】は外から見ればボーイッシュでクールな女の子に見えているはずだ。


「違って当たり前ですよ。【主様】も、使い分けるために私たち【人格Persona】をたくさん持っているわけですし。その中でもわたしは【主様】の『信仰心』の部分で、くるさんは『ボーイッシュ』な部分を持っているというだけなのですから」


 ふうわりと笑う彼女が、取り乱したところを見たことがない。青色以外のビー玉が許せないということは聞いたことがあるけれど。まぁ誰にでも嫌いなものぐらいあるものだ。ぼくだって、例えばキムチに入っているにんじんが許せない。


「さっきまで【主様】が恋人と話してたってことは、こころはお仕事だったわけだよね。お疲れ様」

「ふふ、ありがとうございます。ねぎらっていただけるほど、働いてはいないのですが」


 わたしはただ、信仰する人と話していただけですから。そう穏やかに微笑むこころに対し、ふと疑問がわく。


「でも、こころは【主様】の『信仰心』の部分なんだよね? なのに何で【主様】が恋人と話す時にお仕事なの? そこって、何ていうか、恋心とかの範疇じゃないの?」


 こころはほんの少し困ったようにその形のいい眉を寄せた。森を抜ける夜の風に、こころの焦げ茶がかったロングストレートの黒髪が揺れる。


「【主様】にとっては、たぶん恋心も信仰心も同じことなのだと思います。【主様】は【あの方】のことを本当に尊敬していますから」


 まぁそれは、わたしが【あの方】を尊敬しているからなのですけれど。そう言って彼女は恥ずかしそうに愛おしそうに笑った。たった1人の神様を信じる、信者みたいな顔だった。

 だから、ぼくの中には聞いちゃいけないような疑問が浮かんでしまった。


「……ねぇ こころ。今宵は風が強い」

「……? 確かに、普段と比べたら少し強いような気もしますが……」

「木々がざわめいている」

「……そうでしょうか……?」

「だから、これは聞こえなかったら答えなくていいんだけど」


 ぼくの意図を汲み取ったのか、彼女は黙ってぼくから視線を逸らした。自分の息を吸う音がやけに大きく聞こえた。


「……もし、【主様】が恋人と別れることになったら、君はどうなるの?」

「……ふふ。聞こえてしまいましたね」


 その声は何処か苦しそうだったから、ぼくは隣を見ないように努めるしか無かった。


「……聞こえなかったらいいんだよ」

「いえ。わたしは きよちゃんみたいに嘘は上手じゃないですし、わたし自身が嘘をつくのは好まないんです。【あの方】に顔向け出来ないような事は、したくないから」

「……そっか」

「……きっと、その時は。【主様】は正しくわたしを捨ててくれますよ」


 前に捨てられていった、彼女たちと同様に。

 そう言われて、ぼくは『1番でいたい女の子』や『人形遊びが好きな女の子』のことを思い返していた。彼女らとほぼ入れ違いのように ぼくが来たから、そんなに親交は無かったけれど。


「……そうならないのを願うけど、もしそうなったとして、君がいなくなるのは、寂しいな。ぼくも結構長くここにいるけど、君だってそうだから」

「長いなんて。まだ1年半ですよ、わたしがここに来て。それに、その時の為の準備は、いつでも出来ています」


 わたしも、そして【主様】も。


 そういう横顔は妙に静かだった。

【島】の夜は、静かで、長い。

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