学校と青空

 昼下がり。

 学校の教室で、おれは学校前の自販機で買った紙パックのいちごオレを吸い上げた。今日は、『勉強の出来る女の子』以外のみんなが教室にいる。


「仕事に出てないときほんと暇ぁ」

『愛されたがりの女の子』がさっきまで読んでいた文庫本をばさと机の上に置いて空を仰いだ。ちらと見えたタイトルは『山月記』らしい。己の可愛らしさを重視する彼女にはあまり似合わない本にも思える。


「まな だけいないってことは【主様】授業中だもんね。そりゃ勉強に関わりないぼくらみたいな【人格Persona】は要らないよ」

『クールな女の子』が窓の外を見やっていたその顔をくるりとこちらに向けてこてりと傾けた。黒のショートの髪が、地球に愛されてするりと揺れる。

 おれらはあくまで【主様】の【人格】、──仮面ペルソナだ。

 例えば、【主様】が友達と話す時に、『クールな女の子』、くるが仕事に出たとする。周りから【主様】はクールでいわゆる男の子っぽい女の子に見えるだろう。『愛されたがりの女の子』のあいが出ていったら皆の妹キャラに、『勉強の出来る女の子』であるまなが仕事ならきっと優等生なキャラが出るはずだ。


「そういえばさ」

 上を向いて椅子をゆらゆらと揺らしていた『愛されたがりの女の子』が、がばりと前につんのめるように前のめりになってこちらを向く。うぉ、びっくりした。


「あい 未だによくわかんないんだけどさー、時々 きよりんも授業中とか学校行ってる間呼び出されるじゃん? あれ何で? 1番勉強に関係なくない?」

「まずその変なきよりん呼びやめない?」

「えー、可愛いのにきよりんって呼び方。え、ちょっと待ってそんな怖い顔で見ないで もっとあいに優しくして? あいは愛されないと死んじゃうんだよ? うさぎさんなんだよ?」

「うさぎは別に愛されなくても死なねーわ。野生の動物様舐めんな」


 おれは『愛されたがりの女の子』に胡乱な目を向けて小指で耳をほじった。今日はどんな虚言にしようか。

「あ"ー、で、学校で何で【主様】の所に行くかってっと、まぁ戦うためだな」

「えっえっ、何と? 秘密結社? 人身売買組織とか?」

「いや、もっとでけぇ……。【主様】は実は世界のお偉い方から敵視されてる革命家でな。だったら日常生活を送る時は正体を隠さなきゃなんねぇだろ? だから正体を隠す時、【主様】は『虚言癖のある女の子』になるんだ。おれなら簡単に嘘がつけるからな、だから【主様】が戦ってんのは世界っつーわけだ」


 おれがもっともらしく口の片方の端をにやとあげると、『愛されたがりの女の子』はキラキラとした目でこちらを見てる。

「そうだったんだ……!! 【主様】がそんな大物だったなんて、あい知らなかったよ!」

「あぁ、機密事項だからな」

「アタシも知らなかったな……。てっきり普通の女子高生だと思ってた。色んな場面で隠れる必要があるんなら、もっとバリエーションのあるメイクも研究しとかないと」


 こんな虚言に騙されるのは『愛されたがりの女の子』だけかと思っていたら、『メイクの上手な女の子』、めいまで騙されてくれたみたいだ。2人も信じ込ませれたんなら上出来だな、持ちネタに加えておこう。


「もう、きよ。あんまりからかわないであげて。あいとめいも、何でもかんでもすぐに信じちゃダメだよ」

 スポーツ美少女然とした『クールな女の子』が、傾国の睫毛を苦笑するようにぱたぱたと瞬かせた。

「えっえっ? じゃあ嘘なの?」

「ふふ、わたしの知る限りでは、【主様】は普通の可愛らしい女子高生です」

『信心深い女の子』がにこやかに言った。

「きよちゃんが呼ばれるのは、【主様】が優しい嘘をお友達につくときですよ」

「は、別に優しくなんて」

「この間は、授業の進むスピードが異常に速い先生に対して『先生、書き写し終わってないので待ってくださーい』って言ってましたよね、【主様】は書き終わっているのに。他の子が書き終わってないから」

「や、ほら、その、おれがゆっくりしたかっただけだし」

「その前の話もしましょうか? こわーい先生の授業で使う資料集をお友達が忘れてた時に、『おれ全部覚えてるからさ』って言って貸してましたね。実際は覚えてないのに、しかも授業中当てられてそこに関する問題について問われて内心汗だらだらでしたもんねぇ」

「やめろって……。マジで焦ったんだからあん時は。ぎり口八丁ですり抜けてさ、寿命縮んだわ」

「えー! 何だ、きよりんただの嘘つきなんかじゃなくて、めっちゃいい子じゃーん!!」


『愛されたがりの女の子』から尊敬とも言えるようなさっきとは違うキラキラとした目を向けられて、おれは顔に血が集まるのを感じた。


「だーかーら! やめろって!! あときよりんって呼ぶなぁぁぁぁあ!!」



 小さな【島】に響き渡ったおれの声に、向こうで汽笛がぼー、ぼーと鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る