第130話:実はスゴい
「ねえ、ペーター!」
部屋に戻るとすぐ、私はペト様に尋ねた。
「あれ、どゆこと!?」
「あれ、ですか?」
なんの話かわからないという感じで、ペト様が首をかしげる。
「ほら、ミチャが成人するって話。来年って言ってたよね?」
「ああ」
――ん? ペト様、そこまで驚いてない?
「まだ幼く見えますが、もうそんな年齢なのですね」
なんか、親戚の子がいつの間にか大きくなってましたね、みたいなノリ。優しい笑顔でそう言われると、大したことじゃないのかなって気がしてくる。
そもそも、私だって
てことは、私も来年もう――成人!? まじか。
「ミチャって
ひとりごとのようにつぶやく。
まもなく九歳になるフェリーチャよりちょっと上くらいか、下手したら、年下と思っていた。まぁ、小柄なわりに、いろいろ発育はいいんだけど……。
「そうですね。もっともまだ、
さすが、ペト様。そこから考えますか!
たしかに、こっちの一日は地球より長いみたいだし、一年が地球の何日分なのかすらわからない。
それに、よく考えたら、成人までの期間そのものが短いって可能性もある。
ま、知らんけど。
「それにしても、食事会の招待人数が減って、よかったですね」
ペト様が、話題を切り替える。
「はい。ほんとに」
ファレアさんが
おまけに、会も明後日まで延期だ。それを聞いたとき、マテ君は安心したのか、ユヴェイラさんたちと手を取り合って喜んでいた。
ファレアさんの印象、話し合いのおかげでまた変わったかもしれない。
「最初に会ったときは、すっごく冷たい感じしたのにな」
私は、歓迎会の様子を思い出しながら言った。
「ファレア様のことですか? そうですね。気持ちを表に出されないところはありますが、冷淡というのともちがうようです」
「うん」
エフェネヴィクさんに聞かされた話のせいか、ミチャのことをどこか
ミチャだけじゃない。先代の女王様——ミチャママ——のことも、姉上、姉上と何度も口に出していた。親がわりとは言わないまでも、姪のミチャが成人することをすごく喜んでいるというか、楽しみにしているみたいだ。
まあ、ファレアさんの感情表現が薄すぎて、ほんとうのところはよくわからないんだけど。
「
「公の場?」
ペト様の言葉に、思わず聞きかえした。言われてみれば、たくさん人がいるときのファレアさんは、いつもより能面度がアップしているかも。
「ええ。歓迎会の晩は、ミチャさんに対しても、なんというか威圧的な態度でしたよね? 思い違いでないとすれば、私たちのことも警戒している様子でした」
「警戒って、よそ者だから?」
「それもありますが、特に魔術のことですね」
「ああ」
ペト様によると、ここに連れてこられた直後はペト様も重罪人あつかいだったという。ハナムラさんの手助けで、エフェネヴィクさんにはちょっとずつ事情を理解してもらえたけど、ミチャが帰ってこないのは私たちが拘束しているせいだと思われていたらしい。
いや、メッチャのびのび過ごしてましたよ、ミチャさん。
私たちがミチャを助けたのは、偶然というか、行きがかり上のことだ。でも、結果的には、ミチャがマセトヴォの王女だと知らなかったことが、ファレア様の警戒を解くのに役立ったのかもしれないとペト様は言った。
「言いつけどおり、カナが魔術を封印したことも、信頼につながったんでしょう」
「なのかな」
まあ、エフェネヴィクさんが「やめて」と言っていることを、わざわざする必要がなかっただけの話なんだけど。
マセトヴォでは、移動手段を含めたほぼすべての技術がミチャのパワーに依存している。私の魔術が生み出すものは、下手すると世の中をひっくり返しかねない(と、前にペト様も言っていた)。そういうところが警戒されたなら、わかる気はする。
てか、実は私、スゴい存在?
「とにかく、ファレア様とエフェネヴィクさんの間にも、いろいろ確執というか、因縁があるようですね」
「ああ、エフェネヴィクのお兄さんの話? あれ、なにがあったんだろう?」
さっき、ファレアさんがマテ君の部屋に来たときのこと。
ミチャの成人が近いという話の後で、ファレアさんはどういうわけか突然、エフェネヴィクさんに謝罪のような言葉をかけた。兄上のこと、許せとは言わないが、一日たりとも忘れたことなどない、そのことはわかっていてほしい、という内容だ。
「単なる想像ですが」
と前置きをして、ペト様が言った。
「戦死されたのではないかと思います」
「戦死!?」
「ええ」
ファレアさんの言葉に、エフェネヴィクさんは、例の右手を胸にあてるジェスチャーで「感謝」を表していた。でも、うつむいたその表情は、感謝というよりむしろ悲しみに近かった気がする。
「以前、ミチャさんのお母様のご遺体はラスヴァシオが奪ったと、エフェネヴィクさんが言っていましたね」
「ああ、うん」
あまり思い出したくないことだけど、たしかにそう話してくれた。
「おそらくエフェネヴィクさんのお兄様が亡くなられたのも、その件と関係があるのではないかと」
ペト様の想像だとしても、十分ありうる気がする。ミチャママの遺体強奪を阻止するためか、奪われた遺体を取りかえすためか、どちらにしても激しい戦いがあったにちがいない。
前に見た情景がふと記憶によみがえってくる。黒いブーメランのような、ラスヴァシオの小型船。ミチャは、墜落した機体を能力でズタボロにしてしまった。
なかは空洞で誰も乗ってないことはわかっていただろうに、無人機の残骸をしつこいほど痛めつけるミチャの姿。そうでもしないとおさえられないくらい、猛烈な怒り——今から思えば、あれはお母さんを奪われた痛みと悔しさだったのかもしれない。
「戦争はすでにはじまっているのです」
先日聞いたエフェネヴィクさんの言葉を思い出す。
突然、ドアをノックする音が響いた。
「誰だろう? 食事……にはまだ早いよね?」
ペト様も、わからないという感じで、肩をすくめる。ひとまずドアを開けた。
「カナ!」
ウワサをすればってやつか。そこにはお供もつけず、エフェネヴィクさんがひとりで立っていた。
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