第131話:オナカスイタ?

「アサファ!」

「アサファ、エフェネヴィク!」


 エフェネヴィクさんと「こんにちは」にあたるあいさつを交わし、ハグし合う。ついさっきまで一緒にいたんだけど、エフェネヴィクさんなら何度ハグしてもいい!


 ペト様もあいさつを済ませると、エフェネヴィクさんと会話をはじめた。


 やっぱり、すごいなぁ、ペト様。


 私だって、エフェネヴィクさんとお話できるようになりたいのはやまやまだけど、ハナムラさんがいないと、なに話したらいいのかわからなくなる。


 ——ってのは、結局、言い訳なんだよね。わからないことだらけでも、とりあえず会話してみるって姿勢が大事なんだろうな。


 エフェネヴィクさんは、ハナムラさんがいるときと比べたら、かなりゆっくりしゃべっている。ペト様が聴きとりやすいスピードってことか。


 いや、しかし。それにしても、ですよ!


 ペト様とエフェネヴィクさん。こうやって並んで座っていると、ほんと絵になる! 気のせいか、エフェネヴィクさんはすこし憂いのある表情で、普段からキレイな横顔がキレイさマシマシ!


 やっぱり美男美女カプからしか摂取できない栄養って、あるよね!


 ぶっちゃけ、私がペト様の隣にいるって、『チェリせん』ファンにしたら、ほとんど解釈違い案件だしな。


 二人の会話の内容、気になるけど、あとでペト様に教えてもらおう。私は、お茶をれてくるとジェスチャーで伝えて、キッチンのほうに立った。


 ハナムラさんはともかく、お付きの女官さんもゼロなんて珍しい。ほかの人に聞かれたくなかったとか? でも、そんな話、わざわざ私たちだけに?


     ◇


「?」


 お茶をもって私が戻ると、ペト様がエフェネヴィクさんになにかを渡そうとしているところだった。あれって、ひょっとして……。


「カナ。エフェネヴィクさんが、の使い方を教えてくれるそうです」


 思ったとおり、ファレアさんがくれた例のメダルっぽい勲章だった。


「使い方って……それ、なにかに使うものなの?」


 勲章の使いみちなんて「飾る」か「見せびらかす」くらいしか思いつかない。もっと実用的な用途があるのか。


「カナも、首にかけたままでしたね」


 ペト様の言うとおり、ファレアさんからもらってそのまま首にかけていた。エフェネヴィクさんが、メダルを渡すよう身ぶりで合図する。


「ああ、これも?」


 うながされるまま、首から外して手渡した。笑顔で受け取るエフェネヴィクさん。


 勲章――なのかどうかもわからないけど、一体どんな使い方を見せてくれるんだろう? ちょっとワクワクする。


 エフェネヴィクさんは、左右それぞれの手にとったメダルの鎖を持ち上げた。


 すると、あら不思議!


 両方のメダルが、引かれあう磁石みたいに近づいていく。左右の手から垂れた二本の鎖は、下のほうだけクネッと曲がり、Uの字のようになった。メダルを包む青い光も、ちょっとだけ輝きを増した気がする。


「おお」


 感心する私の顔をニコニコして眺めるエフェネヴィクさん。


 ん?


 ひょっとして「使い方」の説明……終わり? 要するに、磁力があるネックレスってこと? 肩こりとかに効いちゃう的な?


「カナ」


 リアクションに困っていた私に、エフェネヴィクさんが声をかける。


「なに?」

「オナカスイタ?」

「お、お腹!? ガーイ、ガーイ!」


 いきなりだったので、混乱してマセトヴォ語で答えてしまった。お腹は全然空いてない。でも、なんで突然、日本語なの? ちょっと舌足らずな感じが、また可愛いんだけど。


「食事の前に広場に行くそうです」


 戸惑っていると、ペト様が説明してくれた。


「広場?」

「ええ。宮殿前の広場です」

 

     ◇


 私たち三人だけで廊下を歩いていると、すれ違う女官さんたちは、エフェネヴィクさんになにかしら声をかける。何度か見たことある光景だけど、これはたぶん「なにかお役に立てることはございますか」的なことを尋ねているんだろう。


 その度にエフェネヴィクさんは「必要ない」とでも答えているのか、みんな申し訳なさそうな顔で私たちが通り過ぎるのを待ってくれる。


 エフェネヴィクさん、すっごく偉い人なんだよな。気さくだし、腰が低いっていうか、偉そうにしないから、つい忘れそうになるけど。


「着く前にクタクタになるね」


 ペト様にだけ聞こえるようにつぶやく。この宮殿、とにかくデカい。


「もうそこが出口ですよ」


 そう言って、ペト様が励ましてくれた。


 宮殿のどデカいエントランス。夕暮れどきのせいか、出入りする人はすくない。昨日、家に帰るときは、空飛ぶスクーターが何台も待機していたのに。


 突然、エフェネヴィクさんが大声で遠くのほうに呼びかけた。視線の先、百メートルくらい離れたところに、三台の小型スクーターと三人の警備兵が見える。


 反応なし。エフェネヴィクさんがもう一度大きな声で叫ぶと、三人が一斉にこっちを見た。一人の警備兵が、スクーターを飛ばしてやってくる。


「アサファ」


 声をかけるエフェネヴィクさん。警備兵は、かなり戸惑っている様子。でも、エフェネヴィクさんがなにか言うと、口をあんぐり開けて呆然となった。


 早口でなにやら言い争いはじめた二人。まったく理解できないので、私はペト様を見た。


「どうやら乗り物を使わせろと言っているようですね」

「『乗せてけ』じゃなくて『乗らせろ』ってこと?」

「はい、おそらく」


 そうか。警備兵も勤務中だから、「はい、どうぞ」ってわけにはいかんのね。


 ようやく話し合いがついたのか、まだ不服そうな顔をしている警備兵がスクーターを降りていく。そのとき、ハンドル(?)のところからを抜きとるのが見えた。


 あれって……。


「ウ・レーネ・ヴェ・カナ?」


 突然、エフェネヴィクさんに名前を呼ばれて驚く。右手にもっているのは、さっき渡したメダルだ。「こっちがカナのね?」って聞かれたのかな?


「ウー(訳:そうだよ)!」


 ま、どっちが私のか、見てもわからんのだけど。


 エフェネヴィクさんはニッコリ笑って、ハンドルの下にあるスロット――さっき警備兵がなにかを抜きとったところ――にメダルを差しこむ。自動車のエンジンキーみたいなものなのか。


 横顔がカッコよすぎて見とれていると、エフェネヴィクさんが私たち二人に声をかけた。「夕食前のドライブに連れてってやるよ。さあ、乗りな」って感じか。


 四、五人用なので、三人が一度に乗るとけっこう狭い。


 エフェネヴィクさんの操縦する小型スクーターは、ふわりと浮かび上がると、夕暮れの広場に向かって勢いよく動きだした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る