第128話:たまにはいいこと言う

 そんなバカな!


 ハナムラさんを前に、思わずペト様と顔を見合わせる。


「ちょっと、なんでここにいるの!?」


 問い詰めるように私が言うと、ハナムラさんは困ったような顔をした。


「お留守とうかがったので、お部屋で待たせていただきました」

「そういうイミじゃなくて!!」

「あの、失礼ですが、オキナ・カナエ様でいらっしゃいますか?」

「ああ、もーっ!!」


 ほんとなんなの、コイツ!? まともな会話が成立しない。頭のなかで脳みそがでんぐり返ししそう! 


「あの、私、なにか失礼なことを申し上げましたでしょうか?」

「ハナムラさん」


 ペト様が低い声で答えた。


「今なにかお困りのことはありませんか?」

「私が、ですか?」


 なんでそんなことを聞くんだという顔のハナムラさん。不思議そうに首を振る。


「いえ、特段なにもございません」

「それはよかった。実は、私の助手のマッテオという男が通訳を探しています。ハナムラさん、助けていただけませんか?」


 こんな状況でも冷静さを失わないペト様、すごい。あらためて尊敬する。


 ドアのそばにいた女官さんに、ペト様が目で合図した。たぶん彼女、私たちを部屋に通したら帰るはずだったのに、なんとなくタイミングを逃したみたい。


 ペト様がなにかを伝えると、女官さんはわかったという感じでうなずいた。一緒にハナムラさんを連れていく。


「女官さんに、なんて言ったの?」


 二人が出ていくのを見とどけてから、ペト様に尋ねた。


「マッテオのところへ案内するついでに、軽い食事を用意してあげてほしいと頼みました。ああ、あとハナムラさんのために待機していた母船を呼び戻したほうがいい、とも」

「……」


 これが、大人の対応ってやつか!


「どうかしましたか?」


 不思議そうに私の顔を見るペト様。


「ペーターって、ほんとうに優しいね」

「……あまりめられているようには聞こえないのですが」

「え? いや、褒めてるよ? 褒めてる、褒めてる!」

「強調されると、ますますあやしい」


 ペト様が、冗談っぽく笑う。まあ、そうかも、と思って私も笑った。


「私、こういうとき、すぐカッとなっちゃうけど、ペーターはいつも落ち着いてて、すごいなって思うよ」

「私はもう、あきらめているのです」

「あきらめてる?」


 ペト様がうなずく。


「ハナムラさんは頼りになる通訳ですが、こちらが知りたいことはほぼ答えてもらえないでしょう?」

「そう! 会話が成立しないよね!」

「まだミチャさんのほうが意思疎通できる気がします」

「ほんとにそれ!」


 ハナムラさんのこと、モヤっとするけど、ペト様もそうなんだとわかって、ちょっと安心した。たしかに、あまり期待しないほうが、精神衛生的にいいのかもしれない。


 にしても、ハナムラさん、どうやって帰ってきたんだ? 歩いて帰ってこられるような距離じゃない。いわゆるテレポートってやつ?


     ◇


「ささ、さすがに、これはムリですぅ……」


 今にも消え入りそうな声で、マテ君が言う。


 マテ君の部屋、はじめて来たけど、こっちもかなりの広さ。今は、エフェネヴィクさんもまじえて、緊急対策会議中だ。


 ファレアさんにトマトソースのパスタをふるまうというミチャの約束をうけて、マテ君と女官さんたちは、ハナムラさんに通訳してもらいながら、準備を進めようとしていた。まずは調理する場所と道具の確保から。


 その最中、ファレアさん側から段取りの連絡があった。いや、連絡というより一方的通告って感じで、場所や時間などを伝えてきたらしい。


「その人数、間違いないのですか?」


 エフェネヴィクさんが、マテ君に確認する。


「はい、間違いございません」


 マテ君の代わりにハナムラさんが答えた。


 なんでも先方は、五百人分の料理を求めているとのこと。しかも、その宴を、明日の昼食会として計画中という。


 いや、明日までに五百人分って。もはや嫌がらせでは?


「ねえ、エフェネヴィクちゃん」


 重苦しい空気にみんなが黙りこんでいると、ぽわがすっと立ち上がる。


「これさ、もし用意できなかったら、どうなるの?」


 縁起でもないことを言い出した。エフェネヴィクさんが、ちょっと怖い顔をしている。


 ほら見ろ。怒らせちゃったぞ!


「どうなる、とおっしゃいますと?」

「五百人分の食事、間に合わないと、恥をかくのは誰かな?」

「恥、ですか」


 ぽわ男の質問にエフェネヴィクさんが考えこむ。


「ていうか、その昼食会って、摂政ファレアさん主催なんでしょ?」

「ええ……そうです」

「わざわざ招待しといて『料理が足りません!』ってなったら、一番困るのは、彼女なんじゃない?」


 あれ? ひょっとして、ぽわ男がこと言ってる!?


為政いせい者にとって、信望を失うのは致命的ですからね」


 アル様があいづちを打った。


 ええと、つまり——どういうこと!?


「ジョフロワが言いたいのは、ファレア様のほうでなにか誤解があるということかな?」


 ペト様が尋ねる。


「そこまではボクもわからない。ただ」


 ぽわ男が、エフェネヴィクさんのほうを向いて言った。


「五百人も招待したらヤバいってことを、もし摂政さん自身わかってないんだとしたら、どうだろう?」


 マテ君の顔が、パアッと明るくなる。


「お、大いにありえますね! ファレアさんは、ミチャさんから料理の名前を聞いただけで、食べたことはもちろん、見たこともない。簡単に作れるデザートかなにかと勘違いしているのかも!!」


 だとしても五百人って人数、どうなのよ?


「なるほど。そういう可能性は考えていませんでしたね……。わかりました。すぐに人を行かせましょう」


 エフェネヴィクさんは納得したらしい。お付きの人たちに目くばせすると、すぐに二人の女官さんが出ていった。


「マッテオ、今あるトマトで何食分くらい用意できるだろう?」


 胸を撫でおろすマテ君に、ペト様が尋ねる。収穫したときは食べきれないって思ったけど、ソースにしたら量はぐんと減るよね。


「作ってみないとわかりませんが、三十人分くらいでしょうか」

「一遍にそんなたくさん作れるの?」


 私も心配になって聞いてみた。


「は、はい。ちょ、調理道具にもよりますが、大きなキッチンが……あれば、なんとか……おそらく」


 だんだん声が小さくなっていく。


 三十人分としても、全然足らない。早めにファレアさんと相談してなかったら、エラいことになってたかも。


「ジョ、ジョフロワさんのおかげで救われました!」


 マテ君がそう言うと、ぽわ男ははにかむように肩をすくめた。


「まあ、まだどうなるかわからないけどね」


 たしかに、ぽわ男のひと言がなかったら、あのままみんなで頭を悩ませていたはず。たまにはいいこと言うのね。


「でも、緊張したよ」

「きき、緊張ですか?」

「いや、ボク、ああいう美女とマジメな話すると、緊張しちゃってさ」


 そう言って、ぽわ男がケラケラと笑う。


 前言撤回。


 そうだね。私とは気楽に話せるもんね!





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