第127話:勲章?

「だいじょうぶなんでしょうか、ハナムラさん」


 アル様が、つぶやくように言った。


 船外モニターには、上空で待機するマザーシップの姿が映っている。そのマザーシップの下に私たちの家があるはずだけど、光学迷彩のせいで見えない。


 結局、ハナムラさんは出発の時刻までに戻ってこなかった。


「案外、もう先に帰ってるんじゃないの?」


 ぽわが興味なさそうに言う。


「さすがに、それはないでしょう」


 ジャコちゃんが答えた。


 マジで先に帰ってたら、それはそれで怖い。湖底都市まで歩くのに何日かかるか知らないけど、きっとハナムラさんは方角すらわかってないだろう。


 家には、一台だけ通信装置を残してきた。ダイニングのテーブルの上、目立つところに置いてある。お腹を空かせたハナムラさんなら、真っ先に見つけるにちがいない。


 昨日使ったから、操作方法も覚えているだろう。通信があれば、待機中のマザーシップから救助に向かうことになっている。


「そそ、それでは、白い湖に向かいます!」


 操縦席に座るマテ君が「貴族の館」号の針路を南東にとると、それに合わせて船外モニターに映る景色も回転していった。もう二隻のマセトヴォ船のほか、レオ様の操縦する中型雷撃艇も見える。


 しばらくまた、宮殿での居候生活か。


 なにからなにまで至れり尽くせり――だけど、できることにいろいろ制約もあるから、窮屈に感じる。なにより、私の魔術を封印しなきゃならないのは、気が重い。


 何日かぶりに私たちの家に帰ってみて、そのことを実感した。必要なものを描いて実体化できれば、生活はできちゃうんだよね。


 次に来られるのは、いつになるかな。


     ◇


 帰りは早かった。


 白い湖まで、ざっと二十分くらい。行きが何分かかったか覚えていないけど、体感的には半分くらいの時間で帰ってきた気がする。先導する母船がそれだけ飛ばしたってことだろう。


「なんだろう、あれ?」


 ジャコちゃんが指さす先には、湖底の王都が映っていた。でも、着陸予定の宮殿前広場はで埋めつくされているように見える。


「王女殿下を歓迎する人たちでしょうか」


 ペト様が答えた。


 たしかに、近づくにつれて、人の集まりだってことがはっきりしてくる。初めて来た日も女官さんや警備兵がたくさん集まっていたけど、母船のまわりを囲む程度。今日は、ほとんど広場じゅう、人でいっぱいだ。


「ミチャさんの到着があらかじめわかっていたので、準備していたのでしょうね」


 それにしても多過ぎでは? 歓迎会の晩もすごい人数だったけど、みんな総出で出迎えると、広場いっぱいになるのか?


 今さらながら、ミチャはこの国の王女なんだって実感する。


     ◇


 これ、どういう状況……?


 宮殿前広場に集まった大勢の人。数千人、いや、下手すると数万人の規模かもしれない。私とペト様の目の前には、摂政のファレアさん。かれこれ五分くらい、ぶっ通しでしゃべっている。


 ハナムラさんがいないので、さっぱりわからない。


 ちょっと離れたひな壇に座るミチャは、右手を胸にあてながら神妙そうな面持ちで、ファレアさんの演説を拝聴している。このしぐさは、感謝の意を表わすものとエフェネヴィクさんに教えてもらった。誰に、なんの感謝をしてるのやら。


 ていうか、この謎な状況から救い出してくれる人がいたら、全力で感謝するんだが……。


 そんなことを考えていると、突然スピーチが終わった。


 待ちかまえていたかのように、四人の女官さんが小さなプレートをもって近づいてくる。プレートは、座布団くらいの大きさ。四人がかりで運ぶ意味は、あまりない気がする。


 ファレアさんは、差し出されたプレートを見て軽くうなずくと、その上に載った二つのメダル(?)の一方を取り上げた。チェーンもついているから、首にかけるものっぽい。


 ペト様に目で合図する。「苦しうない、ちこう寄れ」ってことかな?


 相変わらず冷たく無表情のファレアさん、感情が読めない。一歩前に出たペト様がうやうやしく腰を落とすと、その首にメダルをかけた。周囲から拍手の音が響く。


 次は私の番らしい。なんのメダルかわからないけど、くれるものならもらっておこう。


 ペト様にならって前に出る。目を合わせたファレアさんは、一瞬だけかすかに微笑んだように見えた。そして、聞きとれないくらいの小声でひとこと。どのみち意味はわからない。でも、声はちょっとだけ優しい気がした。


 メダルを首にかけてもらい、ぎこちなくお辞儀をしてから、ペト様の隣に戻る。拍手が鳴りやまないなか、気がつくともうファレアさんは、お付きの女官さんたちをしたがえて帰っていくところだった。


 なんだろう、このメダル? そもそもメダルで合ってるのか? 金属製っぽいけど、ほのかに青い光を発している。この間、地下のエネルギー貯蔵庫で見せてもらったカプセルを思い出した。


「勲章、でしょうか」


 不思議そうにメダルの表裏を見ながら、ペト様も首をかしげる。


「く、勲章?」

「はい、おそらく。ミチャさんを助けたしるしに」

「そういうことだったのか」


 まあ、ペト様と私がなにかもらう理由って、それくらいだもんね。


「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」

「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」


 いつの間にか広場では、ミチャの名前をたたえるコールが始まっている。私たちは大型スクーターに乗せられ、まっすぐ宮殿に向かった。


     ◇


「なんか、さっきのでドッと疲れました」


 部屋に向かう廊下で私が言うと、ペト様は笑いながらうなずいた。


「広場を埋めつくすほどの観衆でしたしね。まあ、夕食まで時間もありますし、すこしゆっくりしましょう」

「はい、そうしたいです!」


 部屋の前で待機していた女官さんが、私たちを見てお辞儀をする。たった一日留守にしただけなのに、ちょっと新鮮な気分。


「ただいま!」


 誰にともなくそう言いながら部屋に入っていくと、正面に並ぶ大きな窓から、午後の陽に照らされた庭がよく見えた。


 顔も洗わず、着替えもしないまま、私が手近なソファに飛びこもうとした瞬間――


「お帰りなさいませ」


 部屋の奥のほうから、聞きおぼえのある声がする。ソファーから立ち上がったのは、間違いなくハナムラ・ヨシオさんだった。


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