第112話:戦争はすでにはじまっているのです

「そののことなのだが」


 テーブルの向かいから、レオ様が話に加わる。


「ほんとうにでよいのか?」


 GLBα5は、あいかわらず仁王立ちの状態で広場に放置されている(はず)。エフェネヴィクさんには、できればしばらくの間、GLBα5を動かさず、そのままにしておいてほしいとお願いされた。


 まあ、とりあえず使わないし、いいんだけど。


 エフェネヴィクさんによると、マセトヴォの人たちはユウトさんがいつか帰ってくると信じている、というか、望んでいるらしい。


 五百円玉星ラスヴァシオの攻撃におびえながら、湖の底で息をひそめるように暮らすのは、やっぱりすごいストレスなんだろう。巨人をあやつり、不思議な魔力を駆使するユウトさんが「救世主」あつかいされたのも、この状況を変えてくれるという期待からだ。


「はい。この件については、ファレア様のご了解も得ております」

「え? そうなんですか?」


 聞きかえす私に、エフェネヴィクさんがうなずく。


 摂政のファレアさんとその一派は、得体の知れない「救世主」の出現を快く思っていない。


 ラスヴァシオを打ち負かそうとするより、もっと現実的な解決策を探ろう。攻撃は、王女様ミチャちからを狙ったものだ。力の独占をやめてラスヴァシオにも分け与えてやれば、攻撃を止められるのではないか―― ファレア一派はそんな風に考えているそうだ。


 話を聞いて、正直、そこまでおかしな考え方とは思えなかった。


 でも、その意見に賛同するのは少数派だとエフェネヴィクさんは言う。


 ファレアさんは、ミチャにとって亡くなった叔父さん(ミチャママの弟)のお妃様。王族との血のつながりはないのだそうだ。王族にとって、ラスヴァシオは許しがたい存在で、譲歩などもってのほかということらしい。


「ユートサンの安否は、まだわかっていません」


 エフェネヴィクさんが説明する。


「今のところ、民衆には『救世主』が帰ってきたのかどうか、にしておくほうが得策だとファレア様もお考えなのでしょう」

「なるほど。ただ――」


 レオ様が答えた。


「ユウト殿の所在はどうであれ、もしこの先、巨人が必要になるのであれば、こちらもそれなりの訓練がる」

「なんとも頼もしい」


 隣に座るジャコちゃんが、口をはさんだ。レオ様、昨日だってけっこうひどい目にあったのに、まだα5に乗る気なのか。


「無論、避けられるいくさなら、こちらも御免こうむる。だが、この世界で養女むすめ安寧あんねいに暮らせるよう、後顧こうこの憂いは絶っておきたいのだ」

「レオンハルト様のお考え、たしかに承りました。しかるべき機会が到来したあかつきには、ぜひご助力をいたく存じます」


 「しかるべき機会」ってなんでしょう。なにげに物騒な話になってきてる気が……。


「つまり」


 今度はペト様が口を開いた。


「ラスヴァシオとの戦争をお考えなのですか?」


 エフェネヴィクさんは困った顔をする。


「戦争はすでにはじまっているのです——私たちが望んだことではありませんが」


 みんなは、急に黙りこんでしまった。


「なかなか平和な日々ってわけにはいかないんだね」


 重い空気のなか、ジャコちゃんがつぶやく。すぐにその言葉をハナムラさんが訳しはじめたので、大慌てでストップをかけた。


「ちょっと! ただのひとり言だから、訳さなくていいよ!」

「ご安心ください」


 エフェネヴィクさんが答える。通訳のほうが早かったらしい。


「みなさまの安全は、私たちの力のおよぶかぎり、お守りします」


 セリフがイケメンすぎる。


 凛々りりしいエフェネヴィクさんの横顔を見ながら感心していると、女官さんの一人がやってきて、エフェネヴィクさんになにかを伝えた。


が終わったようです」


     ◇


 私たちがカプセルのところに戻ると、ミチャは並べてあったランチをもうほとんど平らげている。朝食になに食べたか知らないけど、安定の食べっぷりだ。


 さっきまでクルクル回転していたカプセルは、静止していた。オレンジっぽい色だった金属部分も、いつの間にか青い光を放っている。


 ミチャがこうやってフードファイターなみに大食いするのも、放出した分のエネルギーを取り戻しているってことなんだよね。たしかに、これはだ。


「エフェネヴィク様。先ほどうかがった話ですが――」


 ペト様が、周囲を気にするように小声で話しかける。


「問題のについては、偶然が重なったものという理解でよいのでしょうか?」


 今朝、エフェネヴィクさんから聞いた一番重い話が、この「疑惑」だった。


 ミチャが「行方不明」になり、私たちと遭遇するきっかけになった襲撃事件には、いくつか不審な点があったという。


 ミチャたちの船団は、二つの湖底都市にエネルギーを補充するため、王都を出た。ところが、到着してみると、どちらの街の備蓄もほとんど減っていない。


 王族がほかの街を訪問するのは、王国の最重要イベント。それがムダ足になるなんて前代未聞だった。


 悪いことはまだ続く。


 王族外遊のスケジュールは、ラスヴァシオからの攻撃がおさまる時期(?)を選んで決められる。でも、ミチャたちの船団は運悪く、敵の部隊に奇襲を受けた。


 船団を構成する三隻のうち、一隻は最初の攻撃で沈み、残りの二隻もほぼ航行不能。結局、ミチャが乗っていたほうの船は王都までたどり着けず、不時着することになったという。


「すべてが偶然とは申しません」


 しばらく考えこんでいたエフェネヴィクさんが、ポツリと言った。


「とはいえ、陰謀があったと考えるのも行き過ぎでしょう」


 王女ミチャが襲撃されたというだけでも大事件だ。船団派遣に関係した人の多くは責任を問われ、即刻処分を受けた(あえて聞かなかったけど、どうやら処刑されたという意味っぽい)。


 まるでことの真相が明るみに出るのを防ぐため、口封じをされたようにも見えたため、ファレア一派の陰謀を疑う声もあるという。


「確実なのは、二度とあのようなことがあってはならないということです」


 エフェネヴィクさんの目は、楽しそうに話すミチャとフェリーチャに向けられていた。



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