第111話:変哲なさすぎ?

 エフェネヴィクさんの指さす先には、透明な容器カプセルが浮かんでいた。オレンジっぽい色の金属でできた小さなフタがついている。


 このなかに、ミチャのちからが封入されているらしい。サイズは小型の懐中電灯くらいで、空中に浮いていることをのぞけば、いたってフツーだ。


 ていうか、変哲へんてつなさすぎでは?


 カプセルの右手に立つエフェネヴィクさんと、左手に浮遊するドヤ顔のミチャさん。そして私たちの頭上には——まるで氷のように静止したが広がっている。


 この水は、私たちが空飛ぶスクーターで渡ってきた湖を眺めているものらしい。湖底都市の地下にもうひとつ人工湖を作っているので、ここから地上までの間に、ふたつの湖が上下に重なっていることになる。


「なにも入っていないように見えるが?」


 拍子ぬけした様子のレオ様がつぶやいた。


 すると、エフェネヴィクさんがにっこり微笑んで手まねきする。うながされるまま、カプセルに近づくレオ様。


「!?」


 突然、レオ様は驚いたように足を止めた。


「どうしました?」


 私とペト様も後に続く。レオ様の隣まで来ると、体がぐっと押し戻されるように感じた。気のせいじゃない。反発する磁石みたいに、カプセルに近寄るにつれて力も強まる。


「ものすごい力ですね」


 ペト様は、力の強さを試すように手を動かしながら言った。


「はい。王女殿下のお力が、ここまで凝縮されることはなかなかございません」


 エフェネヴィクさんが説明する。


「ただ、力が凝縮されればされるほど、ラスヴァシオにも探知されやすくなります。この分厚い水の壁は、それを防ぐためのものです」


 ふーん、そんなので探知を防げちゃうんだ、と思う一方、ここまでしないといけないのかな、という考えが頭をよぎった。


 カプセルのそばでは、お付きの女官さんたちがなにやら用意をしている。折りたたみ式のアームチェアとテーブルのようなものを広げ、椅子に縦長のクッションを敷くと、テーブルに豪華なランチを並べていった。


 これってまさか……。


 ミチャは飛び乗るように椅子に寝そべると、クッションの上で気持ちよさそうにをする。そして、テーブルの上の食べ物を勢いよく食べはじめ——るのかと思ったら、そのまま目をつぶり、すぐに寝息をたてはじめた。


 いや、寝るんかい!


 よく見ると、空中に漂うカプセルがクルクル回っている。回転速度は気まぐれで、ときどき速くなったり、またゆっくりになったりしていた。


「さあ、みなさま」


 エフェネヴィクさんが私たちに声をかける。


「殿下のが終わるまでしばらく時間がございます。お飲み物などお持ちしましたので、こちらでお待ちください」


 いつの間にか、女官さんたちが別のテーブルと椅子を用意していた。コップにお茶かなにかを注いでいる。この人たち、こんなにいろんなものを運んでくれてたんだ?


「こここ、この椅子、浮いてます!」


 マテ君の言うとおり、座椅子のように脚のない椅子が腰くらいの高さで浮いていた。テーブルも、板というより厚紙みたいな天板だけが空中で静止している。


 こんなところに飲み物をのっけて、だいじょうぶなんでしょうか?


「お? なかなかうまいね」


 早速、ぽわがお茶を飲んでいる。まったく、遠慮のかけらもないやつだなと思ったけど、私も喉が渇いていたので、お茶をいただこう。


「!」


 たしかに。おいしいかも!


 ミントみたいな、スッとする味のハーブティー(?)。朝からわりとガッツリ食べたので、サッパリ系の飲み物がうれしい。


 くつろぐ私の隣に、ハナムラさんを連れてエフェネヴィクさんが腰を下ろした。


 柔らかい香りがただよう。香水? シャンプーかな? わからないけど、快い、ほのかな香り。大人の女性って感じがする。


「カナ様は、やはりユートサンと同郷でいらしたのですね」

「そうなんです。まさか同じ世界にいるなんて思いもしませんでしたけど」


 私がそう言うと、エフェネヴィクさんはまた優しく微笑んだ。


 ヤバいよ、この微笑みスマイル。惚れそう。


 あれ?


「エフェネヴィクさん、いま『やはり』っておっしゃいました?」

「は? そうでした?」


 エフェネヴィクさんではなく、ハナムラさんが、不思議そうな顔で聞きかえす。よどみなく通訳してくれているけど、自分が訳した言葉はすぐに忘れちゃうのかな。


「はい、私がユウトさんと同郷だったのかって」

「ああ……そこですか」


 ハナムラさんが説明すると、エフェネヴィクさんはなるほどという顔でこう言った。


「昨日、を目にしたときは、ユートサンが帰ってきたのだと思いました」


 まあ、そうなりますよね。


「すぐ後で、乗っておられたのはレオンハルト様だとうかがいましたが、カナ様のお顔を拝見して、きっとユートサンと同国のかたにちがいないと確信したのです」

「ユウトさんと?」

「ええ」


 ユウトさんと似てるなんて思ったことも、言われたこともない。そもそも性別ちがうし(ここ重要)。でも、異世界人からすると、そんな風に見えるのか?


「お二人とも美しい黒髪で、うらやましいです」


 黒髪ねえ。日本にいたらありふれた髪色だけど。そういえば、ペト様も髪のことはすごくめてくれるな。


 エフェネヴィクさんの髪は明るいピンクグレープフルーツみたいな色だけど、整った顔だちのせいか、まったく違和感がない。


 私も、こんな美貌に生まれたい人生だった。



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