第110話:貯蔵庫

「カナ! ペーター!」


 通路に響く元気なミチャの声。フェリーチャと手をつないだまま駆けてくる。


 後から早歩きで追いかける女官さんたち、〈廊下を走ってはいけません〉を徹底しているのかな?


「ミチャ、フェリーチャ、おはよう! よく眠れた?」

「カナ、おは! ごきげんよう、先生ドットーレ!」

「おはようございます、リーチャさん」

「オッハヨー!」


 よく眠れたかどうかは怪しいけど、フェリーチャの笑顔を見れば、二人一緒に過ごせてすっごく楽しかったことはよくわかる。


 でも、エフェネヴィクさんに朝からいろいろ重たい話を聞かされて、私の頭はまだ混乱気味。ミチャやフェリーチャには聞かせられないような内容もあった。


 ミチャの故郷くにマセトヴォと五百円玉星ラスヴァシオの戦争、いや、ラスヴァシオの一方的な攻撃と言ったほうがよさそうだけど、ラスヴァシオ側のねらいは、ミチャの命というか、ミチャの体から発するエネルギーなんだとか。


 それから——


     ◇


「こちらです」


 そう言ってハナムラさんの指さす先には、通路の壁に開く入口があった。両脇に警備兵が立つだけで、言われなければ気にもとめないような細いすき間。


 私たちはエフェネヴィクさんに連れられて、宮殿の地下にあるというエネルギー貯蔵庫(?)の見学に行くところだ。


 年上らしく見えるほうの警備兵は、エフェネヴィクさんが用件を伝えると、目も合わせずうなずいた。通ってよし、ということらしい。


 私たち見慣れない一行が通ろうとしても直立不動だった警備兵は、王女様ミチャがいるのに気づくと、あわててひざを折り、うやうやしく敬礼した。


「王族には専用の通路が別にございます。王女殿下がここを通ることはほとんどないのです」


 私がもの珍しそうに見ていたせいか、エフェネヴィクさんが解説してくれる。


 なるほどね。この見学も、彼女の権限でやっていることなんだろうな。もちろん、摂政のファレアさんの了解なしで――


「カナ。なんだかむずかしい顔をしてるね」


 隣を歩くジャコちゃんが言った。


「そ、そうかな?」

「まあ、気持ちはわかるけど」


 ヤバい。顔に出てたか。


「で」


 ぽわが横から話に入ってくる。


「そのユートサンって、何者なのよ?」


 素知らぬ顔だけど、内心きっと面白がっているにちがいない。


「別に。ただの知り合いですよ」

「巨人をあやつるマセトヴォのも、カナにとっては『ただの知り合い』か」


 ユウトさんがこの世界でなにをしたのか謎だったけど、真相は意外な形で明かされた。


 エフェネヴィクさんが言うには、ある日突然「巨人」に乗ったユウトさんが登場、ラスヴァシオの船に攻撃されたマセトヴォの輸送船を守り、多くの命と積み荷を救ったのだという。


 もちろん「巨人」というのはGLBα5、というか、そののこと。昨日のユートサン・コールも、ユウトさんが帰ってきたと思いこんだ市民たちがはじめたんだろう。


 GLBα5に乗っていた――それはつまり、ユウトさんも使ということだ。


 事実、エフェネヴィクさんによると、ユウトさんは人々の前で何度かその力を披露した。おかげで、マセトヴォの「救世主」あつかいされるようになったらしい。


 そのことを好ましく思わない勢力もいることを知らずに――


「まあ、まさかあの人が同じ世界に来てるなんて、思いませんでしたけど。とにかく、救世主なんかじゃない。いたって普通の人ですよ」

「キミの国じゃ、いたって普通の人が、巨人に乗って空を飛ぶのかい?」

「あ、えーと、それは……」

「ででで、でもでも! 心配ですね、そのユートサンさんのこと!」


 私が答えに困っていると、マテ君が助け舟を出してくれた。


「心配?」

「だってほら、エフェネヴィクさんが、ユートサンさんは長いこと行方不明になっているって」

「ユウトまでが名前なので『さん』はひとつでいいと思う」


 たしかに、心配といえば心配だ。ユウトさんは、その後もマセトヴォのために何度か戦ったのだけど、ある激しい戦闘の後、「巨人」とともに行方がわからなくなったのだという。


「だいじょうぶ。きっと無事だよ」


 私は、心配そうな顔のマテ君にそう言った。無事だと思うのは、ユウトさんから来たKNOTノットのメッセージを読んでいたから。さすがに「なりすまし」とは思えない内容だったし。


 ただ、例の「HELP!」の文字だけは気になっていた。


     ◇


「ミズゥミー!」


 うれしそうな声をあげながら、ミチャが水上を飛んでいく。


 たしかに、目の前に広がるのは、巨大なプールというより「湖」と呼びたくなる光景だ。ホンモノの湖の地下にもうひとつ湖を作るとか、マセトヴォ人、意味わからん。


「ここに、王女殿下のたくわえられているのですか?」


 ペト様が、エフェネヴィクさんに尋ねる。


「はい、そのとおりでございます」


 エネルギーの貯蔵ならぬ貯蔵ってか。


「ただ、力を貯えるのは水そのものではなく、水面下の設備です。それをこれからお見せしたいのですが……」


 エフェネヴィクさんは、目でミチャを探した。いつの間にか、ずっと遠くまで飛んでいる。


 ちょうど空飛ぶ大型スクーターに乗った警備兵がやってきて、岸にスクーターを停めると、私たちに手で合図する。


 ほんとうは、王女様ミチャも一緒に乗っていく段取りだったんだろう。途方にくれた女官さんたちが、困り顔でエフェネヴィクさんを見る。エフェネヴィクさんは、やれやれという表情で言った。


「殿下も、みなさんを早くご案内したくてたまらないようです。お待たせしないようにいたしましょう」


 滑空するスクーター。揺れもなく快適といえば快適だけど、すぐ下は水面だと思うとなんだか落ち着かない。


「冥界の川の渡し守ってのは、てっきりヨボヨボの爺さんだと思っていたな」


 操縦する若い警備兵を見ながら、ぽわ男がまたなにか言っている。


「不吉なこと言うのはやめてください。そもそもこれ、川じゃありませんし」

 

 アル様がたしなめると、ぽわ男は肩をすくめた。


「あの……エフェネヴィクさん」


 どうしても気になったので、ハナムラさんに通訳をお願いする。


「この見学って……摂政のファレア様は、ご存知なんでしょうか?」


 エフェネヴィクさんの表情が曇った。でも、すぐに笑顔を取り戻す。


「カナ様、どうかご心配なく。みなさまの安全は、私どもがきっとお守りいたしますから」


 ああ。エフェネヴィクさんとしては、安心させようとして言ってくれてるんだろうな。でも、裏をかえせば、私たちを「守る」必要があるってことなのね。



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