第109話:私の口からはとても!
食事が終わると、女官さんたちは台車とともに引き上げていき、エフェネヴィクさんだけが残った。
入れ替わりで、みんなが私たちの部屋に入ってくる。エフェネヴィクさんにお願いして呼んでもらった。でも、フェリーチャだけは、まだミチャのところにいるはず。
「ももも、ものすごい広さですね!」
驚きの声をあげるマテ君。
「この部屋だけで、ボクたち全員、寝泊まりできそうじゃないの」
ぽわ
「失礼ながら、ジョフロワさん、それは野暮というものですよ」
真顔のアル様が追い討ちをかける。ぽわ男は「どうして?」と尋ねるように首をかしげた。
もう。この人たち、こうやって素知らぬ顔でひとのことイジるんだから。
「あ、あの……おはようございます!」
恥ずかしいから、早速だけど本題に入らせてもらう。
「ええと、みんなのおかげで、無事ペーターと再会することができました! ほんとうにありがとう!」
みんなの拍手が起こった。
昨日はあれよあれよという間にことが進んで、言いそびれてたんだよね。ちゃんと言えてよかった。
「この世界でどうやって暮らしていくかってことは、これから一緒に考えていきたいと思ってます。でも、その前に……」
私が目くばせすると、ペト様が話を続ける。
「私たちのいるこの国、マセトヴォの現状について、エフェネヴィク様からお話があるそうです」
「ペーター殿。今さらで恐縮だが、そちらはミチャ殿のご側近ということで相違ないか?」
レオ様が尋ねる。ハナムラさんが通訳すると、エフェネヴィクさんはうなずきながら、ニッコリ微笑んだ。美しいというか、ほとんど男前と言いたくなるような気品あふれるスマイル。レオ様でさえ、ちょっとドギマギしている。
「ええ、そうです。エフェネヴィク様は、この宮廷で王家にかかわる一切のことを取りしきっておられます」
やっぱり偉い人だったんだ。だろうとは思ってたけど。
「そのようなお方が、昨日やって来たばかりの私たちよそ者を相手に、わざわざお話されるということは……つまり……」
そう言いかけたアル様が言葉を選んでいるすきに、ジャコちゃんがおどけた調子で先を続ける。
「聞かなかったってことには、できないんだろうね?」
ハナムラさんが訳すと、すぐにエフェネヴィクさんが答えはじめた。
「まずお話したいのは、みなさんの身の安全にかかわることです」
「身の安全、ですか?」
私は聞き返した。エフェネヴィクさんがうなずいて話を続ける。
「私どもの国が敵の攻撃にさらされていることは、みなさまもご存知かと思います」
「ええと、ラスヴァシオでしたっけ? 空に見えるあの大きな星ですよね?」
「はい。ラスヴァシオは、私どもの暮らすラスヴ・マセトヴォの『双子の星』でございます。もともとあちらの住民の祖先は、何世代も前にこちらから移住した者たちでした」
「えっ!?」
突然の新情報に思わず声を上げる。連中は、かつての故郷を攻撃しているってこと? 私は、
「だが、いったい」
レオ様が口を開く。
「なんのために攻撃してくるのであろうか? 見たところ、ここには
エフェネヴィクさんは悲しげな顔で、ゆっくり首を振った。
「ご明察のとおり、侵略が目的ではありません」
そこまで通訳したハナムラさんが急に口をつぐむ。見ると、びっくりして口を開けたまま、エフェネヴィクさんの顔を凝視していた。
「そのようなこと! 私の口からはとても!」
「どうかされましたか?」
ペト様がハナムラさんに尋ねる。激しく首を振るハナムラさん。
なんだろう? ペト様は、困った顔をしているエフェネヴィクさんと話しはじめた。
「正しく理解できたか、自信ないのですが……」
そう前置きして、ペト様が説明する。
「敵はミチャさんを殺害しようとしているそうです」
「さささ、殺害!?」
マテ君が大声で叫ぶ。
「ハナムラさん、それで合ってますか?」
ペト様の質問に、ハナムラさんは首を振りながら、目をつぶり両耳もしっかり手でふさいでいる。
つまり……そういうこと?
信じられないと思う一方、やっぱりそうかと納得できる気もする。そう。思いかえせば、攻撃対象はいつもミチャだった。
「しかし、ミチャさんの命をねらうのは、なぜでしょう?」
今度はアル様が尋ねる。エフェネヴィクさんが答えると、ハナムラさんは泣きそうな顔でほとんど叫ぶように言った。
「これは私が言うのではありません! エフェネヴィク様のお言葉をお伝えするだけですから!」
「うんうん、わかったよ。わかったから、さっさと訳してね」
ぽわ男が催促する。こいつ、面白がってやがるな。
「ラスヴァシオが手に入れたいのは、王女殿下のお
だだっ広い部屋のなかが、水を打ったように静まりかえる。
チカラ? ミチャの超能力みたいなエネルギーのこと?
「ええっと……」
メチャクチャな話すぎて、頭が追いつかない。
「仮にミチャの力が目当てだとして、ミチャが死んじゃったら、意味なくないですか?」
ハナムラさんが、すごい目つきで私をにらむ。おまえはなんてこと言うんだ、とでも言いたそうな様子。それでも諦めたのか、しぶしぶエフェネヴィクさんに訳している。
めんどくせえ通訳だな。
「王族のお身体に宿る力は、天に召された後、何年もの間、消えないのです」
「は?」
「まるで
ジャコちゃんがつぶやくと、隣にいたアル様が顔をしかめた。
「つまり、ラスヴァシオにとって生死は問題でないということですね?」
ペト様が質問する。
「ええ、そのとおり」
「先代の女王の
先代って、ミチャのママのこと?
ダメだ。朝からとんでもない話を聞かされて、なんだかめまいがしてきた……。
「あ、あ、あの!」
今度は、マテ君が質問する。
「私たちの身の安全にかかわるお話だとおっしゃいましたけど、どういう意味でしょう?」
ハナムラさんの通訳を聞くと、エフェネヴィクさんは大きくうなずいた。
「王女殿下を守っていただいたみなさまには、安心して暮らせる場を提供したいと考えています」
「この街に住んでいいってことかな?」
ジャコちゃんが尋ねる。
「はい。お望みなら、この宮殿でお過ごしいただいても」
「実にありがたいお申し出だね。ここは侍女が多すぎて、バランス悪いよ」
ぽわ男が口を挟んだ。
「つまり、私たちの家には帰らないほうがいいってことでしょうか?」
気になったことを質問してみる。ぼんやりだけど、ペト様(たち)とあの家で一緒に暮らすことを思い描いていた。
「もちろん、お引き留めはしません。必要なものを取りにいかれるだけなら、護衛もおつけします。ただ、攻撃される危険が高いので、もとの家に住むことはおすすめできないのです」
「ミチャが一緒でなくても?」
「ええ。王族のもつお力は、長い間その場に痕跡を残すのです。今こうしている間にも、攻撃を受けているかもしれません」
なんだよ、それ。
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