第107話:夢で逢えたら

「アルフォンソさん!」


 廊下の角を曲がると、見慣れた修道服姿が目に入ったので声をかけた。アル様が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「ああ、カナさん。おはようございます」


 アル様は、軽くひざまずいて私の手の甲にキスした。ただのあいさつとわかっていても、やっぱりドギマギしてしまう。


「リプシウスさん、ご一緒でなかったのですか?」

「え?」


 言われてみると、たしかにペト様がいない。


「えっと……今まで一緒だったんだけど。先に行ったのかな?」

「おや。やっと再会できたのだから、見失わないようにしないと」


 そう言いながら、アル様はちょっと意地悪そうに目を細める。


 もう。ひと言多いんだよね。そんなの言われなくたって――。


「そんなこと言われなくても、と思っている顔ですね」

「いえ、すこしも思ってませんよ!?」


 私の様子を面白がって眺めるアル様。気まずいので、急いで話題を変える。


「そう言えば、昨日の歓迎会、どうかされたんですか? お腹も空いてたでしょう?」

「ご心配かけて申し訳ない」


 立ち話にならないよう、歩きはじめるアル様。


「やはり歓迎会があったのですね。お恥ずかしい話ですが、部屋に着いてすぐ眠りこんでしまいました」

「お疲れが出たんでしょう。無理もないです」


 私だって、歓迎会が終わりのほうは、睡魔と戦っていたしな。


「夜もふけてから、侍女たちに起こされまして。扉をたたく音がするので招き入れると、食べきれないほどの料理を盛った皿を運んできたのです」

「ああ」


 情景が目に浮かぶ。昨晩は、お開きのころになっても、会場にまだかなりの食べ物が残っていた。


「歓迎会から運んできたんでしょうね。美味しかったですか?」

「ええ、そうですね。ただ……」


 アル様が言いよどむ。


「ただ?」

「いえ、大したことではないのですが。食事の前、みなが無事に再会できたことを神に感謝して、祈りをささげたのです」

「はい」

「侍女たちがそのまま帰らないので、私が食べ終わるのを待っているのかと思ったのですが、どうやら私の祈りに興味を持ったらしくて……」

「というと?」


 アル様の顔に見とれていた、とかでは?


「下がってもらおうとすると、侍女たちがのです」

「まねる?」

「はい。祈りをささげる私のしぐさを」


 反応をうかがうように私の顔を見るアル様。


「なるほど。で、どうされたんですか?」

「仕方がないので、しゅの祈りだけ教えてお引き取りいただきました」


 異世界の女官さんたちにお祈りを教えるアル様の様子を想像すると、なんだか微笑ましい。


「ちょうどいい機会じゃないですか」

「いい機会?」

「ええと、信仰を広める的な?」

「ああ」


 なんかアル様、テンション低いな。


「たしかに、福音を広めることは私の使命です。神の御心にかなうのであれば、この星でそうすることにやぶさかではありませんが……」

「なにか気がかりなことでも?」

「教団や仲間たちと連絡もとれないまま、そうした活動をはじめてもよいものなのか」


 マジメか。


「はじめるにしても、ここには礼拝所はおろか、聖書すらありません」

「ふーん。もし聖書があったら、なんとかなります?」

「え? まあ……そうですね。なにもないよりは――」

「アルフォンソさん、カナ! おはようございます!」


 声のするほうに目を向けると、マテ君とレオ様が歩いてくる。


「おはよう! マッテオ、レオンハルト」

「なにやら深刻なお話のようですね」


 ほがらかな顔でマテ君が言った。


「おはようございます。いえ、ちょっとした世間話を。お二人は、よくお休みになられましたか?」

「リーチャのことが気がかりでしたが、ゆっくり眠れました」


 レオ様が答える。


「フェリーチャさんが、どうかされたのですか?」

「いや。ただ昨晩は、ミチャ殿と一緒に寝ることになったもので」

「二人は仲がよくていいですね」

「ききき、気がかりといえば、私たちの輸送船も、光学迷彩をつけて停めたままですよね?」


 マテ君が私に尋ねた。


「うん、そのはず」

「巨人も、直立不動の状態だ」


 レオ様が付け足す。


「しばらくに乗るのは、御免こうむりたいものだが」


 やっぱりみんな、気になってたのね。あのままにしておくと、いろいろ後が面倒そうだしな。


「α5の操縦なら、私が」


 背後から響く、聞き覚えのある声。え?


「それなら、ぜひ殿にお任せしよう」


 驚く私の隣に、国連防衛機構軍の制服を着たユウトさんが立っていた。


 レオ様の言葉に賛成して、マテ君とアル様もうなずいている。みんな、いつからユウトさんのこと知ってるんだ?


奥菜おきなもそれでいいかな?」

「え、私? まあ、ユウトさんがいいなら……」

「あまり悠長にかまえてもいられませんよ。α5の情意感受性駆動システムが、また勝手に作動しないともかぎりません」


 アル様までそんなことを――。


「ええ、すぐに外へ出ましょう」


 ユウトさんがみんなをうながした。


「だったら、あのバスに乗らないと間に合わなくね?」


 校門前に停車するバスを指さして、ナギちゃんが言う。


「ちょっと待ってよ! まだ全員そろってない!」

「心配すんなし! ミチャもフェリーチャも、先に乗ってるよ」


 そう言いながら、ナギちゃんが私の腕を引っぱった。


「ちがう!」


 まだ全員そろっていない。私は、あたりを見回した。


「ほら、ペーターが、まだあそこに!」


 ペト様は、こちらに気づいていない様子だ。このままだと間に合わない。


「ペーター!!」

「カナ、無理だってば! 『チェリせん』八巻、売り切れちゃうよ!」

「ちがうの! ペーターが!」


 みんなが、私を無理矢理バスのなかに引きずりこんだ。目の前で、乗降口のドアが閉まっていく。

 

「ダメだって! 運転手さん、待ってください!」

「走行中は運転手に話しかけないで下さい!」

 

 私の声が届いたのか、ようやくペト様が気づいたようだった。バスはもう動き出している。


「ペーター!!」


 こんな別れ方、ダメだ。


「イヤだよ! 絶対イヤ!」


 私は、声をふりしぼって叫んだ。ペト様があっという間に遠くなる。


「ペーター! お願い、そばにいて!」

「はい。ここにいますよ」


 至近距離で聞こえるペト様の声。


 驚いて目を開くと、ペト様が微笑んでいる。


 え? ひょっとして……。


 私は飛び起きた。昨日の晩、お風呂に入った後、速攻で寝てしまったらしい。


 まさかの——夢オチ?


 いやぁ、なんとなくそんな気はしてたんですよね。しかも、推しご本人を前に爆睡しながら、推しの夢を見るという……。


 こんなところで、運を使ってどうするよ、私。



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