第106話:やっと言えた

「オヤスメー!」

「おやすみ、ミチャ、フェリーチャ!」


 ミチャとフェリーチャが、お供のエフェネヴィクさんたちに連れられていく。王女様の部屋は、上の階にあるらしい。


 私たちも、案内役に付き添われながら、部屋に向かった。みんな、口々に歓迎会でのいろいろな出来事を話している。


 突如、ファレアさんの高慢そうな話ぶりをモノマネしてみせるぽわ。けっこう似てるんだけど、女官さんたちの手前、笑うに笑えない。


 それぞれの部屋の前で「おやすみ」を言ってみんなと別れる。最初にレオ様、次にぽわ男、それからマテ君とジャコちゃん。そして——ペト様と私が残った。


「デ・トレド神父は、最後まで姿を見ませんでしたね」


 ペト様が心配そうに言う。アル様がいないのは私も途中で気づいたけど、会場が広いから、どこかにいるんだろうくらいに思っていた。


「はい。体調でも悪かったのかな」

「疲れてお休みになられただけなら、よいのですが……」

「そういえば、ハナムラさんも、いつの間にかいなくなってました」


 あれだけガッツリ食べておいて、あいさつもせずに帰っちゃうなんて。


「ああ……ええ、そうでしたね」


 ペト様は、あまり気にもとめていない様子。まあ、大したことじゃないか。


 話しているうちに、部屋の前に着いた。見送ってくれた二人の女官さんにお礼を言う。彼女たちはペト様が気になるのか、ときどき名残惜しそうに振り返りながら、帰っていった。


「長い一日でしたね。特にカナにとっては」


 そう言いながら私の顔をのぞきこむペト様。その瞬間、反射的にさっと目を伏せてしまう。


「はい。いろんなことが一遍いっぺんに起こって、頭がパンクしそうです。ああ、あとお腹も」


 そう言ってお腹をさすりながら、作り笑い。私、メッチャ緊張してるの、バレてるかな?


 ペト様とは(マセトヴォ時間で)九日ぶりの再会だ。しかも、ミチャもいない、完全に二人っきりの状態なんて、いつぶりだろう?


「これでもかというほどの料理でしたからね」

「う、うん」


 ダメだ。なんだか意識しすぎて、まともに会話できる気がしない。防音がしっかりしているせいか、二人っきりになるとほんとうに静かだ。


 気まずい沈黙――


「カナ?」


 ペト様が、顔を伏せたままでいる私の正面に立つ。


「ひょっとして、なにか怒ってますか?」


 そんな! 怒ってるなんて、とんでもない!


 思わず顔を上げると、ペト様が私の目をのぞきこんでいる。


「やっと目を合わせてくれましたね」


 やられた! ちょっとイタズラっぽい表情を浮かべるペト様。


 こんな顔を見たら、たとえほんとうに怒っていたとしても、怒りなんかどっか行っちゃうよ。スマホに残ったわずかな動画を再生しながら、何度この瞬間を夢見たことか!


 ん?


 いや、待てよ。動画と言えば……。


「そう! そうなの、私、怒ってるの!」

「申し訳ないと思っています。心配をかけてしまいましたね」

「ちがうよ! 心配は、もちろん、したよ。言葉にできないくらい。もう、生きてるのが怖くなるくらい、ね」


 思い出すだけで、涙がこみあげてきそうになるけど、ぐっとこらえる。ペト様はなにも言わず、うなずきながら手を握ってくれた。


「私が怒ってるのは……あんな動画だけ残して、消えちゃうなんて!」

「観てくれたんですね。よく気がつきましたね」


 もう! あなたが急にいなくなって、私がどれだけ必死で手がかりを探そうとしたか、小一時間ほど――いや、それはもういい。


「すぐ気づきましたよ。でもね、私が怒ってるのは……」


 ペト様が、ちょっと心配そうな目で私の顔を見つめる。


「怒ってるのはさ」

「はい」

「ええと……」

「なんでも言ってください」


 うながされるまでもなく、再会したら最初に言おうと思っていたのが、このことだった。でも、いざその場になると――。


「やっぱり、いい」

「そんな!」


 ヘタレかよ、私!?


「言いたいこと、言うべきことは、遠慮せずに聞かせてください。どんなことでも受けとめますから」


 そんな風に言われたら、ますます話しにくくなるじゃない。


「動画の最後で言ってたこと」


 私は、自分でもかろうじて聞き取れるくらいの小さな声で言った。


「動画の……最後? ああ」


 いや、ああ、じゃないですって。


「まさか、忘れてないですよね?」

「もちろん、忘れたりしません」

「あんな言葉だけ残して、いなくなるなんて……。ペーター、ズルいです」

「カナ」


 ペト様がそのまま抱き寄せようとするので、私は両手でつっかえ棒をするようにして、ペト様を遠ざける。


「あの言葉、聞きたくなかったですか?」


 ペト様の質問に、私は無言でうなずいた。


「だって!!」


 顔を上げて、ペト様の顔をしっかり見つめる。


「あんなこと言われたって、ペーターに答えることができなかったら、余計につらくなるじゃないですか!」

「あのときは私も動転していて、そこまで考えが――」

「だから、言わせてもらいます!!」

「はい」

「あなたに出会えてよかった。一緒にいてくれて、ありがとう」


 驚いた様子のペト様の顔。気のせいか、すこしだけ赤い。


「ペーター、あなたのことが……大好きです!」


 やっと言えた。たぶん耳まで真っ赤になっているはず。恥ずかしくてたまらないので、今度は自分からペト様の腕のなかに飛びこむ。


「カナの気持ち、聞かせてくれて、ありがとうございます」


 ビデオ・メッセージのセリフを、ほとんどそっくりお返しただけだけど。


「うん。聞いてくれてありがとう」


 私たちは一瞬目を合わせると、なぜだか急に可笑しくなって、二人で声をたてて笑いだした。



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