第104話:エフェネヴィクさんの話

「いやもう、驚きの連続です!!」


 あちこちのテーブルに所せましと並べられた豪華な料理。マテ君は、いろいろ試食しては、そのたびに感激している。


「マセトヴォの人たちは、味にうるさいようだね」


 マテ君の大げさなリアクションに苦笑しながら、ペト様が答えた。


「マセトヴォ?」

「この国ね、マセトヴォって名前なんだって」


 ペト様にかわり、私が説明する。


 食事はほんとうに美味しい。


 ヴァリエーションもびっくりするくらい豊富だ(私的に苦手な味もあったけど)。宮廷料理人たちが腕によりをかけて作っただけのことはある。


「でで、では、私も、マセトヴォ料理を学ばないといけませんね!」

「ん、どうして?」


 私の質問に、マテ君は逆に驚いたような顔をした。


「いや、どうしてって……ようやくピエーロさんも見つかったわけだし、この先、私たちがどうやって暮らしていくか、考えないといけませんよね?」

「ああ、うん」

「ヴェネツィアに帰れないのなら、まずはこちらの生活になじまないと」

「ごもっとも」


 まあ、しらばくの間、この宮殿でお世話になるにしても、ずっとここで暮らすわけにはいかないもんね。さっきのファレアさんの様子を考えると、あんまり長居しないほうがよさそうだし……。


「オイシーカ!!」

「?」


 振り返ると、いつの間にか、ミチャが貴賓席(?)からこっちに戻ってきていた。


「あ、うん。美味しいよ!」


 私の返事を待たずに、ミチャはフェリーチャのところに行って楽しそうに話しはじめる。この二人は、ハナムラさんの通訳がなくても問題ないらしい。


 ミチャさん、来客たちのお相手、しなくていいんでしょうか?


 ハナムラさんはといえば、すこし離れたテーブルで夢中になって食べ続けている。


 そのとき、十人ほどの女官さんが、まるでミチャを追いかけるかのように、料理を載せた皿を運んでやってきた。


 早速、ミチャは好きなものをつまみはじめる。さっきも相当食べていたはずなのに、まだまだ行けるっぽい。


「オイシーカー!」


 あれ? これって、疑問形じゃなかったのか。


 ふと気がつくと、女官さんたちのなかに例のスレンダーさんがいた。私たちのほうに近づいてきて、ペト様に話しかける。


 見とれてしまうほどの美人。驚いたことに、スレンダーさんは私の顔を見ると、ニコリと微笑んだ。


 え、すごいうれしいんですけど?


 会話の内容はわからない。ハナムラさんのほうをチラチラ見ているってことは、通訳が必要なのかな。


「エフェネヴィク様からも、カナにお礼を述べたいようです」


 ペト様が説明する。


 そうそう。スレンダーさん、エフェネヴィクって名前だった。


「お礼? 私に?」


 エフェネヴィクさんも、そうです、というかのようにコクリとうなずく。


 ちょうどハナムラさんが、別の女官さんに呼ばれて戻ってきた。両手に一本ずつ、串料理をもっている。めっちゃ食うな、ハナムラさん。


僭越せんえつながら、お話を要約いたしますと」


 エフェネヴィクさんが「お礼」をのべる間、口をモグモグさせながら聞いていたハナムラさんは、ナプキンで口元をぬぐうと、こう言った。

 

「王女殿下が空腹にさいなまれることなく過ごせたこと、カナ様には心より感謝しております、とのことです」


 いや、要約しすぎじゃね? もうちょっといろいろ言ってた気がするよ?


 ていうか、一番の感謝の理由、それなの?


「ええと、それなら私より、ここにいるマッテオに言ってください。いつも食事を作ってくれたのは、彼なので」

「ととと、とんでもない! カナが魔法でたくさん食べものを出してくれたおかげです!」


 ハナムラさんが通訳すると、突然、エフェネヴィクさんが私の手をとって、なにかを訴えかけるように話しはじめた。


 なになになに!? 至近距離の美人はうれしいけど、ドキドキする。


「その『魔法』の件ですが、ぜひ内密にしていただきたいのです」


 ハナムラさんが言う。いや、エフェネヴィクさんがそう言ってるのね。でも、なんで「内密」にしないといけないんだろう?


「エフェネヴィク様、すこし事情をお話しいただけないでしょうか」


 首をかしげる私の様子を見て、ペト様が提案する。エフェネヴィクさんはうなずくと、声をひそめて説明をはじめた。すぐにハナムラさんが通訳する。


「王女殿下の行方ゆくえがわからなくなった後も、私どもは殿下がご無事であることを承知しておりました」

「?」

「王族のみなさまには代々、事物を思いのままに操る力がそなわっております。おそらくカナ様もお気づきでしょう」


 私はうなずいた。「王族のみなさま」ってことは、マセトヴォの住民なら誰でもってわけじゃないのか。


「王族以外で、その力をもっている人はいないのですか?」


 ペト様が、私の聞きたいことを尋ねてくれた。


「皆無ではありません。ただ、そういう方はまれですし、力も微弱であったり、不安定であったりするのが常です。王族のなかですら、力の弱い方はめずらしくありません」

「ミチャは、力が強いほうなのかな?」


 今度は私から質問してみる。


おそれ多くも、絶大な力をおもちです。これほどのお力は、過去幾代かの女王にも見られなかったと言われております」


 なるほど。でも、そのことと私の魔法って、どういう関係があるんだろう。


「王女殿下がご不在の間も、そのお力はまったく衰えず、この王都にまで届いておりました。だから、殿下がご無事であると、私どもも安堵していたのです」

「ミチャの力が『届いていた』って……?」


 この湖底都市と私たちの家、まちがいなく何十キロも離れているはず。ミチャの能力、すごいのはわかってたけど、ちょっと想像を超えたレベルみたい。


「ミチャさんの居場所、つまり、私たちの家ですが、ミチャさんから発する力のおかげですぐに突きとめられたのだそうです」


 ペト様が、説明をおぎなってくれた。


「すぐにって言っても、ミチャがうちに来てから何日も経っていなかった?」

「ええ、ラスヴァシオの攻撃を受けない日を待っていたのですよ」

「ああ」


 つまり、五百円玉星に攻撃されないタイミングを選んで、ミチャを探しにきたってことか。


「王女殿下のお力が届いていたおかげで」


 ハナムラさんが、エフェネヴィクさんの話の続きを訳しはじめる。


「私どもも変わらずに生活できました。王都で必要な動力は、みな王女殿下のお力をお借りしているのです」


 それ、まじすか?

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