第103話:マセトヴォを治める者

 めちゃくちゃ広い歓迎会の会場。


 私たちのほかにも、おおぜいの人が集まっていた。女官さんたちだけでなく、身分の高そうな招待客(?)も続々と到着している。


「にぎやかですね」


 隣に立つペト様がささやいた。そう言いながら、そっと私の手をとって引き寄せる。


「ですね」


 ペト様のそばにいる安心感にひたりたくて、ひと言だけ答えた。


 会場のあちこちには、立派な植え込みがある。見たこともない色鮮やかな花がとてもきれいだ。広間というより庭園のような雰囲気。


 天井がガラスみたいに透明な材質なので、ところどころに取りつけてあるライトがなければ、屋内だと気づかなかったかもしれない。


 もう日は暮れてかけていて星が出ている——はずなんだけど、見えるのは、この湖底都市をおおう水のバリアだけ。


 ときおり、頭上をゆっくり旋回しながら飛ぶ青白い機体が見える。警備艇のパトロールとかかな?


美味うまそうだけど、空腹にはこたえる匂いだねえ」


 ぽわがボソッとつぶやく。


 そう。


 さっきから、食欲をそそる香りが漂っていた。私たちが来たときには、もう死ぬほど料理が並んでいたけど、その後もひっきりなしに新しい皿が運ばれてくる。


「ミッミミミ!」


 マテ君の声がした。なにごとかと思って指さすほうを見ると、ハナムラさんと話すミチャがいる。


「?」

「ミ、ミチャさんが、食べ物にまったく手をつけていません!!」


 ああ、そういうこと。


 たしかに、お腹を空かせているミチャが、目の前の美味しそうな料理に手を出さないなんて、はじめて見る。


「人目を気にしているんでしょうか?」


 ペト様が、私に小声で言う。


「そうかも」


 ときどき来客が、ミチャのところにあいさつをしに来た。華やかなドレスに身を包んだ貴婦人もいれば、いかつい制服を着た軍人らしい人もいる。その度にミチャは、ハナムラさんと話すのをやめて応対していた。


 こんなゴージャスな宮殿で王女様として育ったミチャ。私たちとの暮らしで不自由なこともあっただろうけど、のびのびできたし、それはそれで悪くなかったのかもしれない。


「ミチャ、まぢ姫じゃん!」


 その様子を見ていたフェリーチャが言う。うれしさに、ちょっぴりさびしさの混じった口ぶりだった。


 新調した立派なドレスを着ていても、ミチャはミチャなんだけど、オーラが増量している気がする。やっぱり、ただの美少女じゃないってことか(ただの美少女とは)。


「はじまりそうですね」


 ペト様が、一段高くなった舞台のような場所を指さした。招待客というか、この世界のセレブたちが集結している感じ。女官さんたちに導かれて、ミチャもそちらに移動していく。


 誰もがミチャの姿を目で追っていた。どこからともなくミチャ・コールが起こる。


「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」

「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」


 長い名前だけど、さすがに何度も聞いたから覚えたぞ。


「『マセトヴォを治める者、無類の力をもつミチャ』」


 不意にペト様がつぶやいた。


「え?」

「そういう意味なんだそうです。ハナムラさんに教えてもらいました」

「へえ! そうなんだ?」


 ミチャがステージに上がったので、ひとり取り残されたハナムラさんも、ミチャ・コールに加わっている。


「でも、マセトヴォってなに?」

「この世界がそう呼ばれているのです」

「ああ、なるほど……。えっ! てことは、ミチャってこの世界の支配者なの!?」

「もうまもなく、というべきか、今のところまだ、というべきか」

「それは、どういう……?」


 話の続きを聞こうとしたところで、舞台のほうに動きがあった。ミチャの前に立っている長身の女性が、なにやら大きな声で話している。


「ハナムラさんに通訳してもらいましょう」


 ペト様に手を引かれ、ハナムラさんのそばに移動した。


「今、ファレア妃殿下があいさつをしておられるところです」


 ハナムラさんが小声で説明する。ファレアって、あの背の高い女の人かな。


「ファレアさんって、どういう人なんですか?」

「亡き女王陛下の義理の妹君です。王女殿下の義理の叔母おばにあたる方。マセトヴォ王国の摂政せっしょうを務めておられます」


 気のせいか、やたらと「義理の」を強調するハナムラさん。


「ええと、セッショウって?」

「ミチャはまだ成人前なので、ファレア様が代理をされているそうです」


 ペト様が、かわりに説明してくれた。


 ああ、だからミチャは「もうまもなく」、つまり成人したら、女王に即位するってことか。それと「亡き女王」っていうのは、ミチャの実のお母さん、だよね?


 ハナムラさんの訳してくれたファレアさんのあいさつは、ミチャが無事に戻ってきたことを喜ぶものだったけど、彼女の表情や口調はちっともうれしくなさそうに見えた。


 もともとの顔立ちが冷たい印象だ。ある意味、クールビューティー? ミチャとは血がつながっていないと聞いて、妙に納得する。


「カナ様、リプシウス様」


 ファレアさんに答える形でミチャが話しはじめてまもなく、ハナムラさんが言った。


「王妃殿下を救ったみなさんにも、壇上に来ていただきたいそうです」

「え、私たち!?」

「はい。お待たせするのはよくありません。どうぞお急ぎください」


 ハナムラさんに促されて、私たちは(近くにいなかったアル様以外の全員で)そそくさと舞台にあがる。


「客人たちよ」


 壇上でミチャ本人から紹介をうけた私たちに、ファレアさんが語りかけた。ハナムラさんが通訳する。


「そなたらはマセトヴォ王国の未来を救った英雄である。そなたらを心より歓迎する。今日は、心ゆくまで宴を楽しまれるがよい」


 会場は、大きな喝采に包まれた。上機嫌の来客たちは、思い思いに食事や飲み物をとりに行く。


「それにしても」


 私にだけ聞こえるような小声でペト様が言った。


「私たちと一度も目を合わせませんでしたね、ファレア様は。ああいうものなのでしょうか」

「やっぱり? それ、私も思いました!」


 うーん。言葉は優しかったけど、ぶっちゃけ、あんまり歓迎されてなくね?


 まあ、いいや。ひとまず――食事だ!



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