第102話:お会いしたことはございません

「私が日本語を学んだ場所でございますか?」


 歓迎会の会場に向かうあいだ、気になっていることをハナムラさんに尋ねてみた。


「ええ。日本に来たこととか、あるんですか?」


 見た目はまったく異世界人のハナムラさん。どうやってこんなに日本語を話せるようになったのか、ぜひ聞いておきたい(ついでに、ハナムラ・ヨシオなんて昭和なネーミングを考えたのが誰なのかも)。


 あのアル様だって、ミチャと簡単な会話をするのに、あれだけ苦労したわけだし。


「日本には、一度も行ったことがございません」


 さも当然とばかり、素っ気ないお返事。まあ、想定内だけど。


「じゃあ、この世界で覚えたってことかな?」

「覚えたと申しますか……」

「はい」


 ハナムラさんは、説明に困ったという顔をした。


「気がついたら話せるようになっていた、と申し上げるのが、最もわかりやすいお答えかと思います」


 いや、まったくわからないです。


「そもそも日本語はどなたにおそわったんでしょう?」


 やりとりを聞いていたペト様が、ナイスな助け舟を出してくれる。


「教わった?」

「はい。先生は誰だったのですか?」

「教わった……教わった……教わった……」


 言葉の意味を思い出そうとするかのように、繰り返すハナムラさん。


「あの、全然違うかもしれないんですけど」


 めんどくさいので、ダイレクトに質問してみる。


「ひょっとして、松谷まつたに雄途ゆうとっていう人じゃないですか?」

「マツタニ・ユウト?」

「ユートサン!」


 すかさずミチャが反応した。案内係の女官さんたちも、足を止めて振り返る。ペト様は、ユウトさんの名前に不意をつかれたような表情を浮かべた。


「そう。松谷雄途。会ったこと、ありませんか?」


 ハナムラさんは足を止め、真剣な顔でじっと私の目を見つめたまま、黙っている。え、なに? 私、告白される?


「いいえ。お会いしたことはございません」

「ですよね」


 まあ、そうか。点と点がつながってきたりするかなあって、ちょっとだけ期待したんだけど。


 ハナムラさんがミチャと話しはじめたのを見ると、すっとペト様が隣に来てくれた。


「ユウトさんというのは、たしか、ナギさんがおっしゃっていたかた、カナのセンパイですよね?」

「あ、はい」


 すごい。覚えてたのね。


「やはり、そのユウトさんも来ているのですか、こちらの世界に?」

「まだよくわからないんですが、そうらしいです」


 ユウトさんがこの世界にいるんじゃないかとナギちゃんは言っていた(らしい)。それは推測にすぎなかったけど、GLBα5を見た人たちが一斉に「ユートさん」コールをはじめたとき、私は確信した。


 この街の住民たちは、ユウトさんの存在を知っているにちがいない。


「あ、そうだ。さっきユウトさんからメッセージが来てたんです」

「メッセージ?」


 そういえば、すっかり忘れていた。あれ、なんだったんだろう? 


「ピエーロさん!」


 ペト様に見せようと、スマホを取り出したところで、呼びとめられた。右手の通路から、マテ君が手を振りながらやって来る。ジャコちゃんと案内役の女官さんも一緒だ。


「マッテオ! ジャコモ!」

「すすす、すごい部屋でしたね! あんなに豪華な部屋を一人で使ってしまって、いいんでしょうか?」


 興奮気味のマテ君。


「いやあ、くつろぐもなくお迎えが来たから、部屋割りに手違いでもあったのかと思ったよ」


 すこしおどけた口調で、ジャコちゃんが続ける。


「やっぱり手違いでしたと言われる前に、満喫しておくにかぎるよ。こんなの最初で最後だろうからね」


 ペト様が答えた。


 手違いってことはないにしても、あんなに立派な部屋に泊まれるのは、一生に一度だろうな。多分、私たちの部屋のほうが広いから、マテ君たちが見たらびっくりするかも。


「これからどこへ連れていかれるんだろうね?」


 ジャコちゃんが、キョロキョロしながら尋ねた。


 そうか、ジャコちゃんたちは女官さんたちに身ぶり手ぶりで部屋から連れ出されただけで、行き先は知らないんだな。


「歓迎会だそうです」


 私が説明すると、ジャコちゃんは目を丸くして驚いた。


「ほう! 歓迎会って、食事も出たりするのかな?」

「出ると思うけど。聞いてみましょうか」

「ああ、うん、そうだね……え、いや。聞くって、誰に?」

「もちろん、主催者さんに!」

「?」


 私は、ハナムラさんと話しているミチャに声をかけた。


「ねえ、ミチャ。歓迎会って、食べ物も出るの?」


 ハナムラさんが、すぐに通訳してくれる。


の料理人らが腕をふるって、そなたらをもてなすゆえ、心ゆくまで堪能するがよい——と、王女殿下のお言葉でございます」

「ヨノ料理人?」

「私の、つまり、ミチャの料理人っていう意味らしいです」

「ああ、なるほど」


 私の説明にうなずくジャコちゃん。


「それはありがたい。朝食を食べたきりだったからね」

「はい。手持ちの食べ物は、船に置いてきてしまいましたし」


 マテ君があいづちをうった。


 ああ、そうか。「貴族の館」号、光学迷彩オンのまま、広場に置きっぱなしなんだ。一般人は立ち入り禁止っぽいから、だいじょうぶだろうけど、不慮の事故とか起こる前に、なんとかしないとね。


「ところで、ピエーロ」


 ジャコちゃんが、ペト様に話しかける。


「今の人、誰?」

「ハナムラ・ヨシオさん」

「いや、名前じゃなくてさ。いったい何者なの?」

「見てのとおり。通訳をしてくれるんだよ」

「どどど、どうして日本語の通訳がこんなところに!?」


 丸い目を大きく開いて、マテ君が尋ねた。うん、ごもっともな疑問。


 ペト様は、声を落とすよう手ぶりでうながすと、ハナムラさんのほうを見ながら、声をひそめて言った。


「それはわからない。でも、この街に来てから、ハナムラさんにはいろいろ助けてもらった。私たちがミチャを誘拐したわけじゃないと、説明してくれたのも彼だしね」

「そうだったんだ」


 私のあいづちにペト様がうなずく。さっきの警備兵たちのふるまいを考えると、連行されてきたペト様だって、けっこうヒドいあつかいを受けたのかもしれない。


「ただ、彼の様子には、どうもいろいろ不思議なところがあって……」

「というと?」


 ペト様につられたのか、ジャコちゃんも小声で尋ねる。


「たとえば……なぜか、いつもお腹を空かしている、とか」


 なんだそれ。


「私が捕まっている間も、食事はたっぷり出ていたので、よく食べきれないことがあってね。そんなとき、ハナムラさんが訪ねてくると、その食べ残しを見てソワソワしだすんだよ」


 ミチャといい、ハナムラさんといい、この星の住人は大食いなのか?


「手をつけていないパンのようなものがあったから、試しに差し出してみると、むさぼるように食べたので、それ以来、最初から彼の分を取り分けておくようにしてね」


 そっか! さっきペト様が、ハナムラさんも歓迎会に誘ったのは、きっと彼がお腹を空かせているからだったのね。あんなにうれしそうだったのも納得がいく。


 ていうか、優しいなあ、ペト様。


 気がつくと、行く手にとても広そうな部屋が見えてきた。いや、部屋というより、ホールか。さっき通ったエントランスより大きそうだ。


「ミチャー! 先生ドットーレ!」


 フェリーチャの明るい声が聞こえてきた。レオ様とぽわも一緒だ。


 きっと死ぬほど豪華な食事なんだろうな。せっかくの機会だし、楽しまないと!



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