第101話:ハナムラ・ヨシオさん

 その人は、まっすぐ私たちのほうに近づいてきた。


「おかえりなさいませ、リプシウス様」

「ああ、ハナムラさん。ここでお待ちでしたか」


 あいさつしながら、ペト様が握手を求める。


 え? これが「ハナムラさん」なの?


 顔立ちは――ちっとも日本人に見えない。さっき見た警備兵たちによく似ている気がする。外見からすると異世界人、つまり、この世界の住人だ。


「はい、先に待たせていただきました。そちらは、オキナ・カナエ様でしょうか?」


 そう言って、今度は私に話しかけてきた。言葉を聞くかぎり、まったく自然な日本語。でも、なぜか表情がものすごくとぼしい。


「はい。でも、カナでいいです!」

「かしこまりました。とてもオキレイナかたですね」

「は?」

「お綺麗な方だと申しました」

「……キレイ? 誰が?」

「もちろん、カナ様がでございます」

「いや、それはないと思います!」


 われながら、きっぱり否定しちゃうのは悲しいよな。それにしても、ここまで気持ちのこもってないめ言葉もめずらしいのでは?


「カナは、綺麗ですよ」

「ゴメン! ペーターにまで気をつかわせて」

「気をつかっているわけじゃないですから!」


 容姿については自己評価めちゃ低め人間だから、褒められても素直によろこべない。お世辞くらい、サラリと流せばいいんだけど……。


「ええと、ほら! 綺麗っていうのは、こういうのを言うんですよ」


 気まずいので、私は思わずミチャのほうを指さした。見知らぬ相手に警戒するミチャ。


 ハナムラさんは、ミチャの前に進み出ると、片膝をつきながら胸の前で両手を組み、敬礼をする。そして、こちらの世界の言葉で早口に話しはじめた。


 そういえば、この人、通訳さんだった!


 会話の内容はわからないけど、間違いないのは、ハナムラさんが異世界こっちの人だってことだ。


 最初は怪訝けげんそうな顔をしていたミチャも、ウンウンとうなずきながら、ハナムラさんの言葉をうれしそうに聞いている。ときどき挟まれるミチャの返事には、私やペト様の名前も混じってるっぽい。


「カナ、ありがとう」


 二人のやりとりを聞いていると、突然、ハナムラさんが言った。


「え、なにがですか!?」

「いえ、私の言葉ではございません。王女殿下のおっしゃったことを通訳させていただいております」

「ああ」

「ペーター、そなたにも礼を言う」

「光栄です」


 うーん、これはすごい違和感。


 私の脳内ミチャは、「オナタ、スイテニョー!」みたいなセリフしか言わなくなっている。「そなたにも礼を言う」なんて、一番使いそうにないフレーズだ。


「でも、ミチャ、どうしたの? 急にお礼なんて」


 私が尋ねると、ハナムラさんが訳してくれた。すぐにミチャが答える。


の船がラスヴァシオの攻撃により大破したおり、命を救ってくれたのは、そなたらであった。余ばかりでない。余の王国の名においても、そなたらには礼を述べねばならない」

「ヨノ王国?」

「私の王国、という意味でしょう」


 首をかしげる私に、ペト様が説明してくれた。


「ああ」


 どうも翻訳がバグってる気がするけど、言葉が通じるのは新鮮だし、ありがたい。せっかくなので、ハナムラさんにいろいろ通訳してもらおう。


 ミチャたちが受けた「攻撃」というのは、どうやら私とペト様が宇宙船同士の撃ちあいを目撃した、あの晩の出来事だったらしい。


 ラスヴァシオ、つまり、五百円玉星の部隊に襲撃されたミチャの船は、航行不能になって不時着した。ミチャは、運よく一命をとりとめたものの、仲間とはぐれてしまい、あの森のなかを一晩中さまよい歩いたのだという。


 そしてその翌日、たまたま様子を見にやってきた私たちと遭遇したらしい。道理で、お腹をすかしていたわけだ。


 こんな風に、出会った日のことを懐かしがっていると、部屋の入口で呼び鈴が鳴る。ドアの前には、三人の若い女官さんが、うやうやしく控えていた。


「歓迎会の準備が整ったそうです」


 ハナムラさんがすぐに通訳してくれる。


「わかりました。すぐ行きます――と、伝えてもらえますか?」

「かしこまりました。ただ……」

「……ただ?」


 ずっと無表情に近かったハナムラさんが、急に気まずそうな顔でモジモジしはじめた。私がうながしても、なにやら言いにくそうにしている。


「ハナムラさん」


 その様子を見ていたペト様が、ハナムラさんに話しかけた。


「よろしければ、歓迎会にもご同席願いたいのですが。言葉がわからないのも、心細いので。きっと王女殿下も同意してくださると思います」


 その言葉を聞いたとたん、パッと表情が明るくなるハナムラさん。


「そ、そうでしょうか?」

「ええ。私たち二人の要望ということで、頼んでみていただけませんか?」


 ペト様の言葉に励まされるように、ハナムラさんは、おそるおそるミチャにこの「要望」を伝える。ミチャがOKすると、はじめてハナムラさんが笑顔を見せた。


 そんなに歓迎会に出たかったの? まあ、ペト様の言うとおり、通訳がいてくれたら安心だけど。


 とっても上機嫌なミチャが、ペト様と私の手をとって連れていこうとする。三人で暮らしていたときに戻った気分だ。


「オナタ、スイテニョー!」


 うん、ミチャさん。やっぱりそれよね。


「余は大変空腹である、とおっしゃっています」


 すかさずハナムラさんが付け加えた。いや、それは訳さなくてもわかります。




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