第100話:まじヤバくね?

 宮殿は、想像以上にデカかった。上空から見ても、あんなに目立ってたしね。


 敷地入口の両脇には高い塔が立っている。正面に見える宮殿への道は、道路というより縦長の広場という感じ。宮殿まで歩いたら、五分くらいはかかりそうだ。


 ここでも道の両側には警備兵がビッシリ並び、私たちを出迎えている。なんだかものものしすぎて、歓迎されてる感がない。気づくと、上空に護衛の船が何機も飛んでいた。


「みみみ、見てください!」


 突然、マテ君が叫ぶ。


 指さすほうに目を向けると、この街を壁のようにぐるりと取り囲む水の壁が、動きはじめていた。


 私たちの上空で全方位から湖水が中心に向かい、水あめみたいにグニョーンと伸びていく。遠くから見るとゆっくりした動きだけど、相当なスピードのはず。


「何度見ても気のふさがる光景です」


 ペト様がつぶやいた。


「これって、湖をもとに戻しているのかな?」

「ええ。ラスヴァシオの攻撃から、この街を守る自然の防壁だそうですが……」

「ラスヴァシオ?」

「あの不吉な星が、ここではそう呼ばれているのですよ」

「へえ」


 五百円玉星のことをペト様はよく不吉な星と呼んでいた。湖面がバリアになっているっていうのは、想像していたとおりだ。


 湖の表面はすぐに閉じた。空が曇りガラスに覆われたように乳白色の光を放つ。


 私たちを乗せたドデカ山車だしは、まもなく宮殿前にたどり着いた。


     ◇


「ミチャん、まじヤバくね?」


 たしかに、ヤバい。語彙をなくすレベルで、ヤバい。


 エントランスのホールは、イベント会場並みの広さ。パーティーの準備なのか、たくさんの人が出たり入ったりしていた。


 ときどき、とっても美味しそうな匂いを漂わせながら、配膳用カートの隊列が通っていく。そういえば、お腹すいたな、ものすごく(五・七・五)。


 そんな光景に気を取られていると、さっきのスレンダー女官さんが近づいてきた。今度はミチャじゃなく、なにやらペト様に伝えることがあるらしい。


 なんだろう? ていうか、あなたたちの言葉は通じ……通じ……あれ? 通じてる!?


 なんと、ペト様がスレンダーさんと普通に会話している! ただ、隣で聞いていても、なんの話か全然わからない。


「待って、ペーター! すごい!」


 用件だけ伝えて下がっていくスレンダーさんを横目に、ペト様に話しかける。驚く私の様子に、むしろペト様のほうが驚いた様子。


「ええと、なにがでしょう?」

「いつのまに話せるようになったの、この国の言葉?」

「私もぜひ伺いたいですね」


 そう言いながら、アル様が近づいてくる。


「お久しぶりです。デ・トレド神父様」

「堅苦しいあいさつはぬきにしましょう。アルフォンソでけっこう」


 ペト様は黙ってうなずいた。


「ちょうど今、エフェネヴィク様が知らせてくださったのですが」


 スレンダーさんが去っていった方向を示しながら、ペト様が説明する。あの人、そんな名前なのね。


「今日も通訳の方が来られているそうです。言葉は、その人に教えてもらいました」

「通訳!?」


 私より先に、アル様が驚いて声をあげた。


「そんなものが、この世界に?」

「ええ、間違いありません。まあ、私はまだ簡単なことしか言えませんが」


 ペト様の予想外の答に、私も頭が混乱する。


「ちょっと待って。通訳って、日本語の?」

「はい、そうです。ええと、名前は……」


 まさか。この世界で日本語を話す人といったら――


「ハナ……ムラ……うーん、どうも覚えにくい名前で」


 やっぱりちがうか。ユウトさんの名前じゃなかったことに、なぜだかちょっとだけ安心した。


「そうだ。思い出しました。ヨシオさん、ハナムラ・ヨシオさんです!」


 私(と多分ユウトさん)以外にも、この世界への転移者がいる? しかも、日本人?


 まあ、あらためて考えてみれば、そんな人がいたっておかしくない。ずっと前に転移してきて、独力で言葉を習得したんだとしたら、すごい人だな。


 長い廊下を案内されるあいだ、アル様はペト様を質問攻めにした。ミチャとの会話で推測した言葉が合ってたのかどうか、答え合わせをしたいらしい。研究熱心だなあ。


 しばらくすると、天井が吹き抜けになったタマゴ形の空間に通された。建物のなかだけど、植え込みや噴水もあり、屋内公園のようになっている。


 感心して見ている私たちのところに、また女官さんたちがやってきた。カーブのついた壁沿いに並ぶ部屋に、一人ずつ案内していくらしい。


 マテ君、ジャコちゃん、そして、アル様。部屋に通されたぽわが、開けたままのドアの向こうで、室内の豪華さに驚きの声をあげているのが聞こえる。フェリーチャは、もちろんレオ様と同じ部屋。


 そして最後に――私とペト様とミチャだけが残った。


 またまたスレンダーさん(エフェネヴィクさん、だっけ?)があらわれると、小声でミチャになにか言っている。ミチャは無言でうなずくと、ペト様と私の手をとり、自分で部屋に案内してくれた。


「フターリー!」


 ちょっと、声が大きいよ。わざわざ言葉にされると、なんだか恥ずかしい。ペト様と二人、同じ部屋だなんて……。


 小柄な若い女官さんが、部屋の前でドアを開けたまま、待機している。


「これは、想像した以上に立派な部屋ですね」


 部屋に入ったペト様が、驚きながら言った。立派というか、なんというか。これ、テニスコート三つ分くらいの広さない? ほかにもまだ部屋ありそうだし。


 正面には大きな窓がいくつもあって、これまた大きな庭に通じている。圧倒される私たちに、ドヤ顔のミチャ。


 そのとき、部屋の奥のほうのソファーから、見知らぬ誰かが立ち上がるのが見えた。







 






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