第97話:誰もがミチャの名を
苦しそうな表情のまま固まったフェリーチャが、アル様と一緒に連行されてきた。すぐに駆け寄っていきたいけど、私もまだ身体が動かない。
「ミチャさんは、来ていませんか?」
開口一番にアル様が尋ねた。
「えっ!? アルフォンソさん、ごご、ご一緒ではなかったのですか?」
マテ君が聞き返す。私も一緒だとばかり思ってた(けど、口が開けない)。
「はい、その……はぐれてしまいまして」
アル様が、低い声で答える。
「私がついていながら、申し訳ありません。地下ガレージに逃げようと相談していたのですが、ミチャさんはとても興奮していて、フェリーチャさんがいくら止めても、外へ出ようとするのです」
たしか最後の通信のときも、アル様、そんなこと言ってたな。
「それで、はなればなれに?」
「はい。ちょっと目を離しているあいだに」
さっきフェリーチャが言おうとしてたのは、このことだったのね。
フェリーチャのしぼり出すような泣き声。あまりに悔しそうなので、こちらまでもらい泣きしてしまう。
「同じ型の船がすくなくともあと三隻見えました。どれかに乗っているのかもしれません。とにかく、あっという間に大勢の兵士に囲まれたので、状況がよくわからないのです」
アル様が話すあいだ、ジャコちゃんがフェリーチャをなだめていた。警備兵たちは、私たちが逃げだす心配はないと判断したのか、いつの間にかまた身体の自由がもどっている。
私たちを乗せた特大型スクーターは、マザーシップの手前で停まったままだ。操縦する警備兵が、上官らしき人となにやらむずかしい顔で相談している。
そうする間にも、広場の外の群衆は増え続けているらしかった。人々の繰り返すコールが、だんだん大きくなっている。
「わわ、私たち……どど、どうなるんでしょうか!?」
みんなが気になっている疑問を、マテ君はストレートに口にした。
「まあ、まずはあの宮殿で歓迎会ってところだろうね」
さも当然といった口調で、ぽわ
「か、かか、歓迎会!?」
「シーッ! 連中はボクたちを驚かせたくて、コッソリ準備してるんだ。気づかないフリしてやらないと!」
いつもならうっとうしく感じるぽわ男の軽口も、こんなときには、ちょっとありがたい。泣き続けるフェリーチャまで、小声で「バカ」とツッコミを入れた。
それにしても――どうしてこうなっちゃったのか。
あの晩、ペト様は言っていた。この世に偶然なんてないのかもしれない、私たちの運命は、生まれる前から決まっているんじゃないかって。
本当にそうなら、これが私の――私たちの――運命? ペト様のいう「星の
ふと空を見上げた。昼間だから、星は見えない。五百円玉星も、まだしばらくは昇ってこないだろう。
いや――明るい星がひとつ、高い空に輝いている。昼間でも見えるような星があるんだ?
「カナ、あれって」
私に釣られて空を見上げたフェリーチャがつぶやく。
「もしかして……おじさまじゃね?」
「え?」
光はどんどん大きくなっている。ああ、ほんとうだ。星じゃない。
それは、ほぼ天頂から急降下してくるGLBα5の姿だった。
レオ様は、家に誰もいなくなっていたので、こちらに向かったのだろう。α5が上空から「貴族の館」号を探知したにちがいない。
α5は一気に高度を落とすと、マザーシップの上あたりで静止した。独特の飛行音に、異世界人の警備兵たちもすぐに気づいたらしい。周囲から、どよめきの声が上がる。
この距離なら、α5がすぐに私たちを見つけるだろう。
でも――その後は?
幸か不幸か、今のα5は通常の武器をまったく装備していない。でも、『ギルボア』初回のフィクレットは、いわば丸腰のα5一機だけで正規軍の一部隊を壊滅させたのだった。レオ様もその気になれば、この湖底の街を廃墟にすることだってできるだろう(α5のサポート次第だけど)。
ただ、私たちが人質(?)にとられている状況で、
「な、なんか、変わりましたね?」
「?」
なにが「変わった」のかと思ったら、広場を取り囲む人々のことらしい。言われてみると、さっきとはちがうコールがはじまっていた。
「今度は、なんて言っているんでしょうね?」
そんなの、異世界人の言葉だから、どうせわから……。いや、わかるわ。
「ユートサーン! ユートサーン! ユートサーン! ユートサーン!」
まじかよ。
ユウトさんがこの世界にいることは、やっぱり確定っぽい。それにしても、ここであの人、なにしたの!?
α5は、マザーシップの上で静止している。レオ様もどうしたものか、困っているにちがいない。地上の警備兵たちは、α5を警戒しているようだった。
重苦しい空気。
沈黙を破ったのは、α5だった。マザーシップと特大型スクーターの間あたりへと、ゆっくり降下してくる。
レオ様、やる気なのか? まさか強行突破するつもり?
異世界人たちも、即座に臨戦態勢を取りはじめた。一挙にものものしい雰囲気が広がる。
「カーナーッ!!」
不意にマザーシップのほうから、私の名を叫ぶ声が聞こえた。
思わずフェリーチャと顔を見合わせる。間違いない。
「ミチャーッ!!」
私たち二人は同時に叫んでいた。その途端、近くの警備兵たちが駆け寄ってきた。なぜか私たちをスクーターから引きずり降ろそうとしている。
「離せよ、コラ!」
フェリーチャが叫ぶ。警備兵を止めようと、ジャコちゃんたちが割って入った。でも、またあの警棒を使って、逆に動きを止められてしまう。
「リーチャーッ!!」
ミチャの声だ。マザーシップのほうからはっきり聞こえてくる。その手前に整列した異世界人たちもざわついていた。人ごみの向こうの様子は、わからない。
警備兵たちは、私たち二人をその場から連れ去ろうとしている。そのとき、マザーシップのほうから大きな号令が響きわたった。
着陸直後と同じように、警備兵たちは「気をつけ」のような姿勢をとって立ち止まり、次の号令に合わせてマザーシップ側に向き直ると、胸の前で手を組む不思議なポーズを作った。
この世界の敬礼かな?
私たちも釣られるようにマザーシップのほうを向く。見ると、隊列はふたたび二つに分かれていた。でも今度は左右の間が十メートル以上開き、整然と並ぶ隊列が互いに向き合っている。
もう一度、ひときわ大きな号令が響いた。
一瞬だけ静まった後、異世界人たちは、口々に同じ言葉を唱えはじめる。広場の周りに集まった大勢の人々も加わり、あたりを包む大合唱になる。
目の前にいる警備兵たちの声で、私はその意味をようやく理解した。
「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」
「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」
まるでその声に出迎えられるかのように、警備兵たちの隊列と隊列の間から、美しく着飾った少女が、全速力で飛び出してくる。
「カーナーッ!! リーチャーッ!!」
はじめてミチャと出会った日に着ていたのとよく似た服。でも、これはきっと別の服だ。あの日の服はちゃんと洗ってしまってあるけど、破れたり擦れたりしたところはそのままになっているし、ミチャもあの日以降、一度も着たことがない。
ミチャは泣きながら笑顔を浮かべて、一直線に私たちのほうに走ってくる。
飛ばないだけ、まだマシだったんだろう。これまた華やかな服を着た美しい四人の女性が、必死にミチャの後を追いかけている。
「ミチャ!!」
フェリーチャがミチャに向かって走り出そうとした瞬間、警備兵の一人が彼女の動きを止めた。宙に浮いたまま止まるフェリーチャの身体。
それを目にしたミチャは、フェリーチャのもとに駆け寄ると、警備兵に向かって烈火のごとく怒りはじめた。
警備兵は即座に片膝をつき、両手で「敬礼」のしぐさをする。早口で怒りをぶちまけるミチャを前に、やや年配らしいこの警備兵の顔は、見る見るうちに青ざめていった。
どうかお手柔らかにね、ミチャさん。
「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」
「マセトヴォー! ネヤー! スクウェゴラーミチャー!」
異世界人たちの誰もがミチャの名を唱えるなか、ミチャとフェリーチャは、まるで何年ぶりかの再会みたいに、オイオイ涙を流しながら抱き合った。
ほんとうにここは、ミチャの故郷だったんだね。でも、白い湖の上なら何度かペト様と一緒に飛んだのに、どうして教えてくれなかったんだろう?
ああ……そっか。
考えたら、すぐわかる単純な理由だ。PY37γ5でここの上空を飛んだとき、ミチャはいつでも爆睡してたにちがいない。
「いったい、なにがどうなっているんでしょう?」
当惑したアル様の声が聞こえたので振り向いた。マテ君、ジャコちゃん、ぽわ男も特大型スクーターから降りて近づいてくる。警備兵たち、さっきのミチャのお怒りを見て、私たちを拘束してはならないと悟ったんだろう。
「私もよくわからないんですけど……どうやらミチャは、この国の王女様のような存在らしいんです」
「なんだって!?」
ぽわ男が大声をあげた。
「異世界人たちがさっきから唱えてるこれって、ミチャの正式な名前なんです」
「そそそ、そんなの、聞いてないです!! ミミミ、ミチャさんが王女様だなんて!」
たしかに、この名前、はじめて会った日に言わされて以来、一度も使ってなかったもんね。
「なるほど。つまり、私たちは」
アル様が言った。
「あやうく王女様の誘拐犯になるところだったのですね」
「そういうことになるのかな」
気がつくと、優雅な衣装を身にまとった何十人もの女性が、すこし距離をとりつつもミチャを取り巻くように集まってきている。
「今晩は、歓迎会じゃなく、刑務所で過ごしていたかもしれないのか」
「いや、これで歓迎会は確定だよ。ボクの言ったとおりだったろう?」
ジャコちゃんとぽわ男も話に加わった。
「くれぐれも美しいご婦人を誘拐などなさらぬよう」
釘を刺すアル様の口調が、本気で心配そう。
「リーチャ!! カナ殿らも、ご無事か?」
声のほうを向くと、仁王立ちするGLBα5の前で、レオ様がうれしそうに手を振っていた。
「おじさま!!」
フェリーチャがまっすぐに駆けてゆく。
「カナ!!」
すっかり王女様らしい装いのミチャが、私の名前を呼んだ。マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ。あの日、ミチャの名前を正しく言えるまで、何度も繰り返して練習させられたのがちょっと懐かしい。
「ミチャ! やっとお家に帰ってこられたね」
私は、ミチャに向かって両手を広げた。
「カナ―ッ!」
私の腕をめがけて、ミチャが元気よく走ってくる。
「ミチャ!」
「ペーターッ!」
いや、ちがうでしょ、それは――
広げた両手をかすめて、ミチャは私の背後に走っていく。
「ミチャさん!!」
「ペーターッ!!」
その声を耳にして、私の身体は固まった。あの日からずっと待ち続けたその声。でも今は、記憶とか、スマホの動画に残された音声とかじゃなく、私の鼓膜にダイレクトに響いている。
私は、ゆっくりと振り向いた。夢か幻だったときのショックに、あらかじめ備えるかのように。
「カナ」
よかった。無事でいてくれたんだ。見たことのない新しい服を着て、とても元気そう。
ほんとうによかった。どこかに捕らわれているあいだ、つらい目にあってないか、想像するだけで身体が震えるのだった。
「ペーター」
ゆっくりとペト様のほうへ歩いていく。ミチャは、私に遠慮したのか、ペト様の一歩手前で止まって脇に寄り、「どうぞ」とでもいうかのように道を譲ってくれた。
「たくさんの仲間を連れてきたのですね。それに……巨人まで」
「そうだよ、ペーター……あなたを探すためにね」
目の前のペト様が、なるほどという感じで軽くうなづく。
「カナには、いつも驚かされてばかりです」
その言葉を聞き終えるより先に、私は温かい笑顔で迎えるペト様の両腕に飛び込んだ。
【第二章「ハーレム?」編 終わり】
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